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走れ!バカップル列車
第38号 秋田内陸縦貫鉄道



   一

 目を覚まして窓の外を見たら、街は白一色になっていた。
 六時を回ったばかりの空はまだ明け切っていない。その空の下には弘前の駅構内と街並みが広がっている。昨日まで茶色い砂利が丸見えだった線路は真っ白なベールをまとい、薄緑の丸い石油タンクも綿帽子をかぶって夜明けの街に佇んでいる。
 こんな景色のなかをストーブ列車で走りたかったところだが、きょうもストーブ列車に乗るわけにはいかない。きょうはきょうの予定がある。
 二○○九年二月八日、私たちは弘前駅前の宿で朝を迎えた。きょうは奥羽線の上り列車で鷹ノ巣(たかのす)に向かい、秋田内陸縦貫鉄道に乗って角館(かくのだて)まで。角館では街を少しだけ見て歩き、その日のうちに秋田新幹線「こまち」で帰京する。
 みつこさんと私は出発の仕度をすませ、七時四十分ごろ宿を出た。朝ごはんは食べておいたが、おやつのためにミスタードーナツに再び入り、ドーナツを何個か買っておく。
 ホームには屋根があっても雪がうっすらと積もっている。風に吹かれて飛んできたのだ。積もったといっても一、二センチほどだが、このくらいの雪は意外に滑りやすい。
「みちゃん」
「なに」
「すべりやすいから気をつけて」
「わかた」
「ずいぶん降ったね」
「すごいね」
 荷物を持ちながら、二人でよちよちと歩く。
 ホームの向こう側には側線が何本も敷かれていて、北側には鈍行用の電車や除雪用のラッセル車が留置されている。南側の一部は弘南鉄道の乗り場になっていて、むかしの東急の電車が停まっている。
 構内アナウンスが大阪発青森行きの寝台特急「日本海」は五十分遅れていると伝えている。沿線がよほどの悪天候だったのだろうか。
 7時50分、青森から来た大館行きの列車が三番線に入線してきた。銀色の車体には降ってきた雪がこびりついている。その雪をワイパーで掻きよけて走ってくる電車の顔はすごい形相だ。
 この列車は青森から弘前までは快速だが、弘前からは各駅停車になる。四分停車して7時54分に発車した。
 車内は高校生でごった返している。きょうは日曜だが部活があるのか。先生らしきおばさんも乗っていて生徒たちがあいさつしている。この混雑の中、大館まで乗り続けるのは少々きついと思っていたら、高校生は次の石川でごっそり降りた。その次の大鰐温泉で残りの乗客もほとんど降りて、みつこさんと私のほかに一人、二人がぽつぽつ乗るばかりになってしまった。列車は線路脇の雪を舞いあげながら走っている。視界の下半分は雪煙に遮られている。
 大鰐温泉の駅にはJRのほかに弘南鉄道大鰐線が乗り入れていて、東急の銀色の電車が雪の中で静かに停まっていた。

 大鰐をすぎると次第に線路は山の中へと分け入ってゆく。雪も少しずつ深くなる。向かう先は青森・秋田の県境となる矢立峠。東は奥羽山脈、西は白神山地に挟まれた山深い峠だ。私たちはちょうど一日前に上野からの「あけぼの」で越えているが、雪が降ったおかげで昨日ときょうとでは景色がだいぶ違う。
 碇ヶ関で席を立つ。みつこさんに「前をみてくる」とことわって、運転席の後ろから矢立越えの様子を眺めることにする。
 山も雪もいよいよ深くなる。左右の杉の木は平地では黒々とした葉を見せていたが、山に入るにつれ、葉は雪をかぶって樹氷になりかけている。街中では寂しげな枝を見せていた落葉樹の枝は、雪で白く化粧したようだ。二本のレールはまったく見えず、わずかなくぼみのつらなりがその下のレールの存在を物語るだけだ。頭上の架線も架線柱も、ぜんぶが雪にまみれている。
 津軽湯の沢に停車する。矢立トンネルのすぐ手前の駅だ。駅のホームには雪が一メートル以上積もっている。作業服を着込んだおじさんが除雪作業をしているが、除雪されているのは階段付近を含めたホーム半分くらいでしかない。長編成の列車用につくられたホームもいまは長くて三両編成の電車しか停まらないので、使うところだけ除雪すれば足りるのだろう。雪はあいかわらず降り続け、除雪したばかりのホームにもすでに数センチほど雪が積もっている。
 津軽湯の沢を発車すると五○○メートルほどで矢立トンネルに入る。まっすぐ線路の伸びた先に複線用トンネルの入口が黒々と口を開けている。
 その暗闇のなかから二灯のライトが見えた。
(なんだろう?)とおもっていたらライトが正体をあらわした。「日本海」だ。赤い機関車が青い客車を従えてトンネルから飛び出してきた。機関車も客車も雪まみれだ。機関車前面には丸いヘッドマークが掲げられているが、雪に覆われ文字など読めない。ブルートレインは左右に雪煙を巻き上げ、猛スピードで突進してくる。視界がばっと白くなった。すれちがう瞬間、「日本海」の巻き上げた雪煙の中に突っ込んだのだ。側面まで雪だらけの青い寝台車が次々と脇をすり抜けてゆく。タイフォンが鳴る。こんどはこちらがトンネルに入った。
 三一八○メートルの矢立トンネルを抜けると秋田県に入る。杉林の中を走って陣馬に停車。こちらも雪の中にかろうじて駅が姿を見せているような具合だ。
 鈍行列車は下り坂を軽快に走る。山は徐々に開け、だんだん街になり、8時36分、終点の大館に着いた。こちらはダイヤどおり走ったが、「日本海」はかなり遅れていた。本来なら私たちが乗った列車とは弘前ですれ違ってるはずである。
 私たちはさらに奥羽線に二十分ほど乗って鷹ノ巣までいきたいが、大館から先の列車が10時00分までない。一時間半近くもの待ち時間になるのでいったん改札を出ることにした。改札口のおねえさんに「次の秋田行きは何時ごろ来ますか?」と訊いたら、いま私たちが乗ってきた電車を指して、「これなんですが、いったんドアを閉めるので待合室でお待ちください」といわれた。車両自体は青森から秋田まで走るのだが、大館で一時間半停車するので別の列車に仕立てているということらしい。
 待合室は暖房が効いていた。みつこさんは寒がりなので待合室が寒くないか心配したが大丈夫のようだ。かつて東北の待合室といえば、真ん中に大きなストーブがあって暑いくらいだったが、いまはそんなものはなくて天井のエアコンからぬるっとした温風がくるだけだ。二一世紀の世の中は、列車も待合室もストーブなど流行らないらしい。



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