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走れ!バカップル列車
第37号 津軽鉄道ストーブ列車



   三

 ストーブ列車はだだっ広い雪原を機関車に引かれてトコトコ走る。
 客車にはエンジンもモーターもないから、レールのつなぎ目を通過するときのカタンコトンという音が聞こえてくるくらいだ。踏切のカンカンカンという警報機の音が近づいては過ぎ去ってゆく。騒いでいたおっさんとおばさんたちも少しずつ落ち着いてきて、ストーブの網の上でするめを焼きながら笑っている。「フォワン」という機関車の汽笛があたりに鳴り響いた。
 それにしても年季の入った客車だ。壁や座席の枠、窓枠などは木製で、ニスで丁寧に塗られて飴色に光っている。頭上の網棚は緑の紐で編まれた本当の網の棚だ。天井は屋根の裏側そのままのカーブを描いた白塗りで、丸い蛍光灯が点々と据えつけられている。
 客室の端からだいたい三分の一のあたりと三分の二のあたりの二箇所にダルマストーブが千鳥になって置かれている。ストーブからは煤けた煙突がそれぞれにょきりと出ていて、天井を突き抜けている。するめがだんだん焼けてきて、車内にするめの匂いが充満した。帽子の紐をあごにかけた若い車掌が検札とストーブ列車券の販売を兼ねて乗客たちの間を行き来している。おばさんの一人が焼けたするめを周りの人たちに気前よく配っている。隅っこのボックスでぼんやりしていたみつこさんと私も、するめのひとかけらをいただいてしまった。するめはあっつあつで、食べるのに少々難儀した。
 ボランティアだろうか、絣模様の上っ張りにもんぺを履き、真っ赤な前掛けをつけたおばちゃんが二人でやって来て、津軽の民謡を歌ってくれた。おばちゃんの拍子に合わせて乗客たちが手拍子をおくる。おばちゃんたちの仕事はさまざまで一人は歌の合間にストーブに石炭をくべたりしている。
「おばあちゃん、かわいいねえ」
 みつこさんが手拍子をしながらいう。歌のうまいおばちゃんはちっちゃくて笑顔がかわいらしい。今年で八十になるといっていたが、そうは見えないほど若々しくて元気だ。興が乗ってきて、おばちゃんは二曲目も歌ってくれた。
 窓の外は田んぼがどこまでも続いていて、一面に雪が積もっている。雪はあまり深くはなくあぜ道のところだけ盛りあがっているのがわかる。その雪も積もってからしばらく経っているような雪だ。地吹雪が名物といわれる土地柄だが、きょうはなんだか穏やかだ。ここ数日、雪は降っていないのだろうか。空には厚くて暗い雲が漂っているが雪はいまも降っていない。
 おばちゃんの二曲目が終わったところで列車は金木に着いた。
 金木着14時38分。五所川原から約十二キロほどの距離を三十分以上かけている。ずいぶんなスローペースだ。ここでストーブ列車の乗客がごっそり降りた。民謡のおばちゃん二人も降りてしまった。満席だった車内は四人がけのボックスに一人、二人がぽつぽつ乗っている程度になった。ひとつストーブに近いほうのボックスがまるごと空いたので、私たちもそちらの席に移ることにした。
「ひろさんも、するめ焼きなよ」
 みつこさんがいう。車内も空いてストーブの網にも余裕ができたので、用意したするめを焼こうというのである。網の上に手を出したがかなり熱い。
「はやく焼きなよ」
 みつこさんにけしかけられるが、もぞもぞとためらっていたらストーブの前に座っていたおばさんが割り箸を貸してくれた。
 自分のが焼けるのをじっと待っていたら、隣の団体車両からやたらと元気のいい大阪のおばはんがどかどか乗り込んできて、特大のするめを焼きはじめた。どうも隣はいまだに満員で、こちらが空いているのを見てやってきたらしい。私のするめが端っこに追いやられていく。

 ストーブ列車は金木から津軽中里までの約八キロを十七分かけて走った。14時55分に着いて、折り返しの津軽五所川原行きは15時17分発である。
 車内を清掃するというので、いったんホームに降りなければならない。若い車掌が帰りのストーブ列車券は改札を出て駅の窓口で買ってくれといっている。たんじゅんにストーブ列車で往復する観光客にしてみれば、駅の窓口までいくのは手間なのだがしかたがない。みつこさんはそう言われて窓口まで券を買いにいった。ところがどこかのグループのおっさんたちは荷物を車内に放置していただけでなく、券も買わずに再び車内に乗り込んでいた。
 発車までの二十二分の間に機関車のつけ替えをする。それまで前方にいた茶色い小さなディーゼル機関車は、客車の脇の線路を通って五所川原側にやってきた。いったん停止してから方向を変え、客車に近づいてくる。
 驚いたことに、さっきのてきぱきとした若い車掌が機関車のデッキに乗り込んでいる。小さな私鉄の車掌はたいへんだ。車掌業ばかりでなく、機関車の誘導までする。きっと別の日にはディーゼルカーの運転士もこなすのだろう。車掌は前方をしっかり見ながら機関士に合図を送り続ける。機関車はロッドをくるくると回転させながらこちらに近づいてくる。ある程度のところまで来ると車掌はホームにひらりと飛び降り、こんどはディーゼルカーと機関車の距離を見ながら、あとどのくらい進んでいいか合図を送る。機関車はスピードを徐々に落としディーゼルカーに近づくと、一時停止もないまま「がちゃん」と見事に連結してしまった。機関士と車掌の鮮やかな連携プレーが冴えている。
 帰りの車内は中央にロープが張られて半室が団体専用になっていた。ただでさえ一両しかない一般客のスペースがさらに狭くなった。そうはいっても津軽中里からの乗客はそれほど多くなく、みつこさんと私も四人分の座席を二人だけで座ることができた。
 機関車をつけかえ、進行方向を逆にしたストーブ列車が走り出す。津軽中里15時17分発、津軽五所川原16時6分着。帰りもまたのんびりとした旅である。
 傍若無人のおっさんたちはこんどは生のイカを焼きはじめた。するめならともかく生はやり過ぎだろう。珍しいからやってみたかったのか、しなくてもいいのにストーブに石炭までくべている。もうやりたい放題である。
 金木から半室を占拠する団体客がどやどや乗ってきた。一般の乗客もちらほら乗ってきた。列車が発車した。田んぼの中の盛り土の上をゆっくりと走りはじめる。金木の街が次第に遠ざかっていく。ふと右後方を見ると、斜陽館の赤い屋根が見えた。
 来るときは民謡を聴いていたから気がつかなかった。そういえば今回は金木は素通りで斜陽館にも行っていない。
 太宰治の『帰去来』の一節を思い出した。津軽鉄道の「ガソリンカア」で帰郷するシーンだ。
《はるか前方に、私の生家の赤い大屋根が見えて来た。淡い緑の稲田の海に、ゆらりと浮いている。》
 いまストーブ列車は、この逆の風景を眺めている。



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