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走れ!バカップル列車
第37号 津軽鉄道ストーブ列車



   二

 津軽鉄道は、津軽五所川原と津軽中里を結ぶ二○・七キロの私鉄である。
 私たちがいま乗ってきた五能線の川部〜五所川原間はもとは陸奥鉄道という私鉄だった。これが一九二七(昭和三)年、国によって買収され国有化されると、買収金を得た株主たちはこんどは五所川原から中里までの鉄道を敷設した。それが津軽鉄道である。五所川原〜金木間が一九三○(昭和五)年七月に、大沢内までが同じ年の十月に、そして中里までが同じく十一月に順次開通していまに至っている。
 みつこさんと私は二○○五年六月に津軽鉄道に乗車している(「走れ!バカップル列車第10号 五能線鈍行列車と秋田新幹線こまち」)。このときは太宰治の生家「斜陽館」を見学するのがおもな目的だったので、ふつうのディーゼルカーで金木まで往復しただけだった。でも、きょうはちがう。前回のようについでの乗車ではなく、津軽鉄道に乗ることが、ストーブ列車に乗ることが、第一の目的である。そもそもストーブ列車に乗るために今回の旅を計画したのだ。
 跨線橋を渡り、津軽鉄道のホームに来た。茶色い凸型のディーゼル機関車、ストーブを載せた客車二両、ふつうのディーゼルカー一両という四両編成だ。四年前はホームの脇に留置されているのを見るだけだった客車についに乗れるので感慨深い。
 客車は戦前生まれの旧型客車で、もともとは茶色だったのだろうが、津軽鉄道カラーのベージュとオレンジのツートンカラーになっている。その塗装もところどころはげたり、錆びたりして、だいぶ疲れた様子である。二両あるうちの一両は団体専用だ。乗ろうとするとき、若くててきぱきした車掌に「ここから先は団体専用なので、手前の車両に乗ってください」といわれた。
 私たちは窓口で乗車券のほかにストーブ列車券というものを一枚三○○円で購入した。このストーブ列車券というのは昨シーズンの二○○七年十二月からのストーブ列車で導入されたもので、その収益は老朽化した車両の維持・整備のために使われるという。
 ずいぶん前から津軽の風物詩のようにニュースなどでもとりあげられ、観光客が多く押し寄せるようになったストーブ列車だから、いままで乗車券だけで乗れたことは、逆に不思議に感じられる。しかし、もともとの考え方からいえば、ストーブ列車は乗車券だけで乗って良いもので、追加料金をとれるものではない。
 それは「なぜそこにストーブがあるのか」という問題にかかわっている。
 かつての旧型客車の暖房は、おもに蒸気による暖房だった。古くは蒸気機関車のボイラーから発生する蒸気を一部わけてもらって暖房に使ったのである。のちにディーゼル機関車や電気機関車になっても、あえて蒸気を発生させる装置を載せたりもしていた。
 ところが津軽鉄道のディーゼル機関車はかなり旧式のもので、動力も蒸気機関車のように車輪の外側につけたロッドと呼ばれる棒によって回す方式である。もちろん蒸気発生装置などはない。それでも冬季は乗客を凍えさせてはいけないから、座席の一部を撤去して石炭ダルマストーブを置き、蒸気に代わる暖房装置としているのである。要するにストーブ列車のダルマストーブは、暖房のためにどうしても必要なものだから設置されているものであって、伊達や酔狂のためにあるのではない。だから、通勤電車に乗るのに暖房料金や冷房料金など払わないのと同じで、本来ならストーブ列車に追加料金は必要ないのである。
 それでも津軽鉄道がストーブ列車券を発売するようになったのは、実質的には観光列車になっているという現実を踏まえてのことだ。ふつうに考えれば、すべて新型のディーゼルカーにしたほうがよほどサービスの向上になる。それなのに十二月から三月まで、わざわざ旧型の客車と機関車を引っ張り出してきてストーブ列車を仕立てていたのだから、実態はすでにほとんど観光列車だったのである。
 津軽鉄道は手間もお金もかかり、車両も老朽化しているストーブ列車を廃止しようとしたが、観光収入をあてにする地元や鉄道ファンたちに反対されてしまった。経営が厳しい津軽鉄道としてもかなり悩んだのだとおもう。それなら、といって登場したのがストーブ列車券なのだ。制度がようやく実態に近づいた感じだが、ストーブ列車券の登場は、ストーブ列車が通勤通学列車から完全な観光列車へ転換したことを意味する。
 いちばん後ろに連結されているふつうのディーゼルカーには乗車券だけで乗れる。あえてストーブ列車に乗る必要のない地元の乗客のためのものである。別の時間に一本増発すればそれだけ人手をかけるから、ストーブ列車に連結させているのだろう。

 五能線を降りてすぐに列車に乗り込んだ人たちに比べ、私たちはだいぶ遅れをとってしまった。ストーブの周りはもちろん、それ以外の座席もおっさんとおばさんで埋め尽くされている。予想を超える混雑ぶりにびっくりしたが、ストーブからは遠いいちばん隅っこにおっさんが一人だけで座っているボックスがあったので、みつこさんと二人、そこに座ることができた。ストーブ列車に乗れて興奮がまだ冷めないのか、おっさんとおばさんがたえず大声ではしゃいでいて、少々騒がしい。
 14時5分、発車時刻になり、ストーブ列車が発車した。
 五能線を左に見送り、列車は右にカーブする。十川、五農校前と停まると、こんどは左にカーブして津軽飯詰からはほぼまっすぐ北に伸びている。すぐ東側には津軽半島の屋台骨である津軽山地の山々が迫り、線路は平野の東端を岩木川になんとなく沿うようにして走っている。



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