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走れ!バカップル列車
第36号 寝台特急あけぼの



   四

 車内アナウンスのオルゴールが鳴り、目を覚ます。「あけぼの」はまもなく秋田に到着する。
 昨夜は1時15分ごろに小出を通過するのを見たのが最後だった。秋田到着は6時45分だから五時間以上も目を覚ますことなく熟睡してしまった。その間、列車は上越線から信越線に入り、いまは羽越線を走っている。
 秋田には四分停車する。向こう側のホームに停車している鈍行電車の顔に雪が少しだけ積もっている。地面にはあまり雪が積もっていない。どんよりとしたねずみ色の雲が低く垂れこめている。
 秋田からは青森まで奥羽線を走る。目を覚ましてもまだ自分の寝台でごろごろしていたが、秋田を発車してしばらくしてから洗面所で顔を洗い、みつこさんのいる15番の部屋に行く。みつこさんも起きていた。
 雪のまったくない褐色の八郎潟を窓の外に眺めながら、朝ごはんのおにぎりを食べる。森岳に停車したあたりで食べ終わり、狭い寝台の上に二人でごろごろと寝そべる。北上するにつれ、田んぼにはうっすらと雪が積もりはじめ、池は凍結しているものも現れた。
 左から五能線の線路が寄り添ってきた。線路上には朱色のディーゼルカーが留置されている。線路が合流すると東能代である。7時48分着、下車する客が十人くらい。この周辺は秋田空港などから遠いためか鉄道の利用客は多いようだ。
 奥羽線の線路は東能代を出ると針路を東にとり、内陸に入る。五能線は海岸沿いを北上し風光明媚だが、ローカル線なので長距離列車は通らない。
 列車は米代川に沿って山に挟まれた平地を奥へと進んでゆく。線路の周りの雪は次第に深くなり、列車は雪煙を巻き上げながら走るようになる。二ツ井あたりでは雪がちらつくようになった。粉雪が絶え間なく真横に流れてゆく。
 鷹ノ巣に停車した。明日乗る秋田内陸縦貫鉄道はここから出発する。左側の窓なので秋田内陸線の列車は見えないが、ホーム反対側に停まっているディーゼルカーの顔に雪がべったり貼りついている。
 14番の自分の寝台に戻ってごろごろする。大館を過ぎたあたりでうとうとしてしまったようだ。
 突然「ぼうっ」というトンネルに入る風の音がして目が覚める。矢立トンネルだ。秋田・青森県境の矢立峠を越えるトンネルで、現在のトンネルが開通する前は蒸気機関車が黒い煙をもうもうとあげて登る奥羽本線最大の難所だったという。トンネルを抜けたところが津軽湯の沢という小さな駅である。鈍行しか停まらないためかホームのほとんどは一メートル近い雪が積もったままだった。
 峠を越えた直後はまだ雪が深い。レールは雪に埋もれ、田んぼは白いベールをかぶったようである。心なしか日が差してきて、ベールの田んぼがきらきらと光っている。さらに坂を下って碇ヶ関に停車するころは雲も切れて青空が見えてきた。
 家並みが増え、だんだん町になってきた。弘南鉄道弘南線が右から近づいてきて、9時18分、弘前に着いた。

 私たちの寝台券はここ弘前までである。だからここで寝台を出なければならず、それでも居座り続けるとしたら不正乗車になる。それでも青森まで「あけぼの」に乗るために買っておいたのが「立席特急券」である。
 寝台列車には国鉄時代からの名残りで開放型のB寝台を昼間だけ座席として利用できる制度がある。鉄道おたくの間では「ヒルネ」などと呼ばれているもので、夜が明けてだいたい七時以降の停車駅から終点までの末端区間をふつうの特急列車として利用できるのである。「あけぼの」の場合、6時7分発の羽後本荘からこの立席特急券の発売がある。「立席」といっても本当に立っていなければならない訳ではなく、実際は座っていい。自由席とほぼ同じ扱いだが、だいたいは乗車する車両を指定される。秋田からの車内アナウンスでも「立席特急券でご乗車のお客様は、四号車の空いている席をご利用ください」などと放送されていた。
 弘前に着く前に四号車の様子をうかがってみたら、四つの寝台で区切られたボックスにはそれぞれ一人、二人と先客がいた。一人で一つの寝台を占拠するのは贅沢な使い方だが、空いているとだいたい乗客はばらけてしまうものだ。そんな中に大きな荷物を持った二人が割り込むのも迷惑な話だから、車掌になにか言われるまではもとの個室に居続けようとおもう。
 いや、白状すれば、さいしょから弘前で個室を出るつもりはなかった。それでも「秋田・大館フリーきっぷ」では青森までの寝台券が買えないとなれば、建前ではB個室寝台を利用するのは弘前までで、弘前〜青森間は車両を移動して立席特急券と普通乗車券でB寝台に乗るというのがいちばんだと考えたのである。
 正面切って「立席特急券でB個室に乗り続けることはできますか」などと訊けば、「できます」とは答える駅員は一人もいないだろう。しかし途中駅で下車客もいて、ある程度ゆとりが出てきた車内で、「B個室の寝台券は弘前までですが、弘前からの立席特急券があります」といえば、現場の車掌は十中八九「そのままいていいよ」というはずである。弘前に着く前に四号車を偵察しにいったのは、その答えの引き出しやすさを確認するためでもあった。四号車ががらがらで誰もいないなら、「四号車に移動してください」といわれる可能性もあるだろうが、あれだけ乗客がいればそうはいわれないだろう。
 弘前を発車して、そんなことをぼんやり考えていたら、個室のドアががらっと開けられた。車掌だ。焦ってがばっと起きあがる。
「あれ、いたの?」
 車掌もあっけにとられている。たしかに検札時のチェックでは14番と15番の客は弘前で下車しているはずだから、ここは空室のはずなのだ。
「弘前からは立席特急券なんですが……」
(いまから移動します)と言おうとしたら、車掌は手を振って出ていこうとする。
「いや、失礼。弘前で降りたひとの忘れ物探してただけなんだよ。居ていい、いていいから」
 そういうと車掌はドアをパタンとしめた。ずいぶんあっけなかったが、これでこの個室には青森まで乗り続けて良いことになった。
 15番のみつこさんの部屋にきた。
「車掌さん、来た?」
「うん、居ていいって言ってた」
「そうか、よかたね」
「うん」
 そうして二人で寝台に座ってぼんやり外を眺めた。
 雲一つない青空の下を寝台特急「あけぼの」は終点青森めざして快走する。
 津軽平野のかなたには、雪をいただいた岩木山が悠然と浮かんでいる。田んぼはいちめん雪に覆われて、白い世界が目にまぶしい。



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