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走れ!バカップル列車
第36号 寝台特急あけぼの



   二

「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。」という『雪国』の冒頭を最初に読んだのは、国語のテストのときだった。
 なんの前触れもなく、なんの予備知識もなく、この文章を読まされた小学六年生の私はかなり面食らった。
「なんで日本語の小説なのに国境があるんだ?」
「それともヨーロッパかどこかの小説を和訳したもの?」
「でも登場人物が島村とか葉子とか日本名だぞ?」
「夜の底ってどこだ?」
「なんで信号所に駅長がいるんだ?」
 読み進めてもそんな疑問が次から次へと湧いてくる。話の本筋を理解する以前に細かいところにいちいち引っ掛かってしまい、いっこうに埒があかない。昔のことだからおぼえていないが、そのときのテストの点数は散々だったはずだ。
 中学生になり、ある程度の予備知識も得てから、『雪国』を読んだ。
「国境」というのは旧国(律令国)の上野と越後の境であって越後山脈を越える上越国境のこと。「長いトンネル」というのは上越線の清水トンネルのことで、トンネルを抜けたところにある「信号所」とはいまの土樽駅のことである……。そんな地理的な知識はついてきても、所詮は中学生、島村と駒子がどんな関係だったかなんてことはさっぱりわからなかった。
 それでも「トンネルを抜けると雪国」という言葉は、強烈な印象として残った。
 ただ、トンネルを抜けたところが雪国であるという感覚がいまひとつわからない。子供ながらにも気候というのは北に向かうほどにだんだんと寒くなるものだから、雪もだんだんと深くなるのだろうと考えていた。それなのに『雪国』の書き方から読み取れるのは急激な気候の変化だ。まるで「ハイ、ここから雪国です」といったそんな印象が読み取れる。
(トンネルの前は雪国じゃなくて、トンネルを抜けるといきなり雪国だなんて、そんなこと現実にありえるのだろうか?)
 その謎が解けたのは中学三年生の冬休みのとき、鉄道研究会の先輩に連れられて、長岡行きの夜行鈍行電車に乗ったときのことだった。
 夜行列車だから水上を発車し新清水トンネルに入るのは夜中の二時すぎである。それでも頑張って起きていた。そうして目の当たりにしたトンネルの先の情景を、私は忘れることができない。
 それまでけたたましくトンネルに反響していたジョイント音とモーター音は、電車がトンネルを出た瞬間に消えてしまった。代わりに伝わってくるのは「ズシン、ズシン」という床下からの鈍い振動だ。結露した窓の外は暗闇でなにも見えない。
 窓に近づいて外をのぞくと、車内からもれた光で外の景色がわずかに浮かび上がってくる。見えたものは雪の壁だった。壁は電車の屋根よりも高く、どこまでも続いている。目を凝らすと粉雪が真横に流れている。
「うわっ、雪だ」
 私が叫ぶと、先輩がにっこり笑ってうなずいた。
 トンネルを抜けた先にあったものはまさしく雪国であった。車輪とモーターが叩き出す騒音は雪の壁が吸収してしまい、ほとんど聞こえない。電車は暗闇の雪国を静かに滑るのみであった。

 二○○九年二月六日夜、みつこさんと私は上野駅十三番線にやってきた。
 私たちが着いたのは二十一時十五分ごろだったとおもう。「あけぼの」はまだ入線していなかったが、ホームには「あけぼの」に乗る予定の旅行客や、手にカメラを携えた鉄道おたくたちがすでに何人もいた。
 時計が二十分を回ったころ、青い客車の「あけぼの」がゆっくりとホームに進入してきた。回送列車はいちばん後ろの車両を先頭に、いちばん前の機関車を後方に据えたバック運転でやってくる。上野駅の十三番線から十七番線までのホームは正面玄関に面した側がすべてつながっている行き止まり式のホームなので、後ろの機関車を前に付け替える「機回し」ができない。そこで尾久の車庫を出るときから、すでに青森まで走れるような状態で回送されてくるのである。
 もちろん機関車はいちばん後ろから押すよりも、先頭で引っ張るほうが走りは安定する。だから車庫からの回送は速度を時速四十五キロに制限してゆっくりと走る。
 到着するとまもなくドアが開き、乗客が次々と乗り込んでゆく。列車は先頭が機関車、二両目以降がブルーの客車で、荷物車、八号車、七号車と続き、いちばん後ろが一号車である。私たちはいちばん後ろから車両を一つ一つ眺めながら前に行き、赤い機関車を確かめてから、自分たちの寝台のある五号車に乗り込んだ。



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