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走れ!バカップル列車
第36号 寝台特急あけぼの



   一

 私がはじめて津軽鉄道に乗ったのは、中学二年生の夏であった。
 人生最初の東北地方は目に入るものほとんどが初めて見るものだった。そんな物珍しいもののなかに津軽鉄道のディーゼルカーもあった。金木駅から少し離れた田んぼの中で、盛り土を走るディーゼルカーの写真を何枚か撮った。
 すべては鉄道研究会の先輩が計画してくれた旅程のとおりだった。じつを言えば、先輩のお膳立てに頼るあまり、いま自分がどんなところに来ているのかも正確にはわかっていなかった。
 昼ごはんを食べた金木の食堂でやたらとなにかを熱く語っている旅行者が多いのが不思議だった。しかも食堂に備え付けられた思い出ノートみたいな帳面にいろんな人がなにやら熱心に書きこんでいる。多くは「ついに金木に来ました!」みたいな内容だったとおもう。どうやらすごい作家の故郷らしいということまではわかったが、それが太宰治だということはその半年後か、一年後だったかにようやく知った。中二の私にとっては小難しい小説よりも鉄道のほうが感動が大きかったのだから無理もない。
 夏だったからストーブ列車には乗らなかった。もちろんそのとき津軽鉄道にストーブ列車が走っていることすら私は知らなかった。
 その後、津軽鉄道に乗る機会はなんどかあった。前に訪れたのは「走れ!バカップル列車 第10号」(二○○五年六月)のときである。そのときも訪れたのは初夏だったので、ストーブ列車には乗れなかった。ストーブ列車はいつか乗りたい列車であった。
(こんどこそ、ストーブ列車に乗ろう。)
 つねづねそう思っていたから、昨年の秋、「はやぶさ」と「0系」の旅行から戻ったあとは、ストーブ列車に乗ることを第一の目標に次の旅の計画を練った。出かける時季としては冬本番になる二月上旬がいい。
「みちゃん」
「なに」
 ぼんやりとお茶の間でテレビを見ているとき、みつこさんに話しかけてみた。
「ストーブ列車の旅なんだけどサ……」
「うん」
「往きは『あけぼの』に乗ろうかとおもうんだけど、いいかな?」
「あけぼの? なにそれ」
「寝台特急なんだ。前に五能線に乗ったとき、弘前の駅でブルートレインが来たのおぼえてる?」
「ああ……来た……かな」
「来たんだよ。上野から日本海側を回って青森まで行く列車なんだ」
「それに乗るの?」
「うん、朝に青森に着くんだ。あのときも朝に見たでしょ」
「ああ……朝……だったね」
「朝だったんだよ。上野を夜の九時過ぎに出て、翌朝に弘前や青森に着くんだ」
「それは……」
「ん?」
「個室なの?」
「うん、『あさかぜ』のときみたいな開放型寝台もあるし、A寝台の一人用個室、B寝台の一人用個室があるよ」
「二人用個室はないんだね」
「それはないねぇ」
「それなら、B寝台の個室でいいんじゃない?」
「A寝台じゃなくていい?」
「いいよぉ。B寝台の個室って、『はやぶさ』のときのと同じでしょ?」
「間取りがちょっと違うみたいだけど、だいたいあんな感じだよ」
「じゃあ、それで行こうよ」
 そんなわけで往きは寝台特急「あけぼの」に乗ることになった。
 帰りはどうするか。
 こちらは思案のしどころであった。
 弘前周辺から、青森、八戸などを経由して東京に戻る方法もあるし、秋田まで戻って秋田新幹線で帰京する方法もある。悩みながら時刻表巻頭の地図を見ていたところに目に入ったのが秋田内陸縦貫鉄道だった。
 秋田内陸縦貫鉄道の秋田内陸線は奥羽本線の鷹ノ巣から秋田新幹線(田沢湖線)の角館まで走る第三セクター鉄道である。まだ乗ったことがないので、ぜひ一度乗っておきたい。
 時刻表を見ると、ストーブ列車に乗った翌日ならば、秋田内陸線と秋田新幹線を乗り継いでその日のうちに東京に帰り着けることがわかった。
 出発日は二月最初の金曜日、二月六日に決めた。これらの旅程をおおまかにまとめると、次のようになる。

 二月六日 上野より寝台特急「あけぼの」乗車
 二月七日 「あけぼの」で青森着、津軽鉄道ストーブ列車乗車、弘前泊
 二月八日 秋田内陸線乗車、角館より「こまち」で帰京

 つぎにこの旅程をおトクにまわるための切符探しをしなければならない。同じところを頻繁に行ったり来たりするわけではないから、単純に往復する切符を買ってもいいが、少しはあちこちを廻るので、ルート通りに運賃や特急料金などを計算すると割高である。やはりなにかの割引きっぷを利用するのがいい。
 時刻表をぱらぱらめくり割引きっぷのページを見たが、青森と角館を両方廻れるフリーきっぷは存在しなかった。
 かつては週末二日間にJR東日本全線がフリーになる「ウイークエンドフリーきっぷ」(一万六千円)というのがあって、自由席なら新幹線にも乗れるので重宝したのだが、いつのまにか廃止されてしまった。代わりに三連休に限って使える「三連休パス」が発売されるようになったが、今回私たちが出かけようとしている二月には三連休がなく、使うことができない。
 どうにか使えそうな割引きっぷが「青森・函館フリーきっぷ」(二万九千百円)と「秋田・大館フリーきっぷ」(二万八千百円)だ。どちらも「あけぼの」のソロ(個室)を含むB寝台に乗車できるところがいい。「青森・函館」は、津軽鉄道の始発駅である五所川原や弘前、青森のほか北海道の函館付近までがフリー区間に設定されている。ただし、この切符では秋田新幹線には乗れず、角館に行くこともできない。「秋田・大館」のほうは五所川原、弘前から秋田、田沢湖までカバーしているので、津軽鉄道に乗るのもちょうど良いし、角館にも行ける。
「秋田・大館フリーきっぷ」なら弘前まで「あけぼの」にも乗れるし、津軽鉄道の出る五所川原、秋田内陸線が発着する鷹ノ巣や角館にも行ける。ふつうだったら「秋田・大館」で文句はいわないだろう。ところが私たちバカップル列車は、乗りたい列車の始発駅から終着駅まで全区間に乗ることを目標にしている。だから上野発青森行きの「あけぼの」には、青森まで乗りたい。
 なんとかしてこのフリーきっぷを使いつつ、青森まで「あけぼの」に乗車する方法はないだろうか。
 考えたのは、寝台券というのは寝台ごとの発売になるという点だ。仮に私が明け方の途中駅で下車したとしても、その後、同じ寝台に別の乗客がくることはない。弘前で降りても、青森まで乗っても、正規の特急券・寝台券はともに同額である。ならば、「秋田・大館フリーきっぷ」で、青森までの寝台券を発券してもらえないか? 正規で買うとき値段が同じなら、そんな操作もできるのではないか?
 そう思い、御茶ノ水駅のみどりの窓口で訊いてみた。
「うーん……」
 窓口の駅員はただ唸った。やはりそんな無茶な注文をする客はいないらしい。マニュアルをいろいろ調べたり、ほかの駅員に聞いてまわったりしてくれたが、結局、フリー区間を飛び越えて青森までの特急券・寝台券をつくることはできないということだった。
 冷静に考えれば当たり前である。そこで私はダメと言われたときのために用意していたセリフをいってみた。
「では、弘前までのB個室寝台券のほかに、別料金で同じ列車の弘前から青森までの立席特急券をください」
「立席特急券ですね」
 それはできた。上野〜弘前間の特急券・寝台券と弘前〜青森間の立席特急券が二枚ずつ出てきた。一つの列車に乗るのに切符が二枚に分かれている。体裁はあまりよくないが名より実をとったということで納得した。



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