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走れ!バカップル列車
第35号 博多南線



   二

 銀色電車からバトンタッチした白い旧型のディーゼルカーが引き続き豊肥本線を東へと走る。二両連結でエンジンを震わせ、阿蘇山に続く坂道を登ってゆく。
 山は次第に深くなる。熊本市内では一、二キロ程度だった駅間距離はぐんと広がり、肥後大津と次の瀬田までのあいだは五キロ、瀬田と立野のあいだは五・六キロにもなる。瀬田で別府から来た「九州横断特急3号」とすれ違う。
 瀬田からはいよいよ勾配がきつくなる。一般的な鉄道路線としてはギリギリいっぱいの三三・三パーミルという急勾配でぐいぐいと高度を稼ぐ。豊肥本線はこのあと阿蘇山の外輪山を越えてその内側に入り、阿蘇谷と呼ばれる阿蘇山北側にある火口原(カルデラ盆地)へと通じている。
 ふと右窓をみると田畑の広がる平野はいつしかはるか眼下にあって、ディーゼルカーは阿蘇外輪山のかなり高いところまで登り詰めている。線路は外輪山が途切れた谷の北側を走っているので、すぐ左は山が迫り、右は谷だ。眼下の平野には白川が流れていて、その向こう側にも山の稜線がぐるりと巡っている。あちらは南側の外輪山である。
 左上から一本線路が降りてきて、こちらの線路と同じ高さになる。二本の線路が並んで走り、ポイントで渡り線が交差すると立野である。
 立野は阿蘇外輪山の途切れた火口瀬にあり、火口原を流れるいくつかの川がここで合流し、白川となって外輪山の外へ流れ出る。外輪山が途切れているとはいえ険しい地形であることに変わりはなく、この山を超えるために立野駅はスイッチバック構造になっている。さきほど左上から降りてきた線路はスイッチバックの引き上げ線からの線路で、大分方面へ行くにはこのスイッチバックを通らなければならない。
 宮地行きの鈍行列車は14時20分に立野に到着した。反対方向の肥後大津行きの列車とすれ違うため七分ほど停車する。
 しばらくするとスイッチバックの線路を下って真っ赤な新型のディーゼルカーがやってきた。この列車とここですれ違う。赤のディーゼルカーが到着するとまもなくこちらの宮地行き列車が出発する。
 みつこさんはいつのまにか頭を左右に大きく振って熟睡している。ここからが見せ場なのにとやきもきするが、おかまいなしにぐーぐー寝ている。よっぽど起こそうかとおもったが、あまりにも気持ちよさそうに寝ているので、そうっとしておく。
 白いディーゼルカーは走ってきた方向とは逆向きに動き出す。運転士はすでに後方に移動して、反対側の運転席からディーゼルカーを動かしている。ここから一キロほど西へバックしていったん引上げ線に入り、そこからまた東向きに進行方向を変え、ポイントでさらに左に分かれて宮地へと向かうのである。立野駅と引上げ線とで進行方向を変えるジグザグの線路は真上から見ると「Z」の文字を左右反転させたようなカタチをしている。高低差もあるので真横から見ても左右逆の「Z」である。
 バック運転で走るディーゼルカーはポイントで渡り線を通過し、引上げ線へと向かう。駅と引上げ線までの線路も三三・三パーミルの急勾配で、段々畑や草むらなどに覆われた斜面をゆっくりと進む。
 大分方面からの線路が北側から合流し、背の高い草むらに囲まれた引上げ線に入って一旦停止。運転士はまた前方の運転席に戻ってくる。ポイントも大分方向に切り替わった。準備が整い再び東に向かって走り出す。
 大分方面の線路も相変わらずの急勾配だ。ポイントで分岐したさきほどの線路が着実に低くなっていく。こちらは少しずつ坂を登っていて、右窓を覗けば立野の駅がものすごく下に見える。
 ディーゼルエンジンは大きな音を立てているが、スピードはなかなかあがらない。線路は北側をぐるりと回る外輪山に沿って進行方向を北に変え、阿蘇谷に入り込んでゆく。右下を流れる川は白川の支流、黒川だ。トンネルを抜け、黒川の鉄橋を渡るうちに眼下に見えた谷は次第に浅くなり、だんだん線路と同じ高さになってくる。
 谷がひらけたぶん太陽が明るくなったように感じる。ディーゼルカーはいつのまにか広大な阿蘇谷の真ん中を走っている。勾配もゆるやかになったのだろう、スピードも出てきて、軽やかなジョイント音が心地よい。赤水、市ノ川と停車するうちに線路も阿蘇谷の形に沿って再び東に向きを変えている。みつこさんもようやく目を覚まし、右窓にそびえる阿蘇山を眺めている。
「またスイッチバックで寝てたよ」
 私としては、エンジンを唸らせて登るスイッチバックのシーンを見てもらいたかった。
「猛烈に眠かったんだ」
 みつこさんは、景色とかスイッチバックより、食と睡眠である。
「みちゃんはいつもいいところで寝るよね」
「へえ、そうなんだ」
 内牧で熊本まで直通するディーゼルカーと交換して、14時58分、阿蘇に着いた。列車は阿蘇谷東端の宮地まで行くが私たちはここで下車する。

 阿蘇の駅前でレンタカーを借り、一時間ほど走って黒川温泉に着いた。
 黒川温泉は阿蘇外輪山のさらに北の山深いところにあって、近くに国道442号線が走っているが温泉街はやや外れたところにある。クルマがぎりぎり通れるくらいの細い道路の左右に温泉宿がいくつか並んでいて、その何軒目かにきょうの宿「御客屋」がある。かつては肥後細川藩の御用宿だったという歴史ある旅館で、むかしながらの和風建築は心を落ち着かせるのにちょうどいい雰囲気だ。玄関前にはもみじの木が一本立っていて、燃えるように紅葉している。
 温泉は、混浴露天風呂、立ち湯・寝湯のある風呂、女子専用の風呂、家族風呂などいくつもある。みつこさんは女子が入れるところはぜんぶ、私も男子が入れるところはぜんぶ入るのが今回の目標だ。
 部屋で一休みして落ち着いたところでまずは家族風呂に入ってみた。お湯の色は褐色に濁っている。ややぬるめのお湯だが、夫婦二人だけで入れるので落ち着いて湯船につかることができた。
 晩ごはんはY君の予告通りこれでもかというくらいたくさんきた。肥後牛・肥後赤鶏は陶板焼きで食べる。このほかに馬刺、紅鱒のお刺身、山菜の天ぷら、岩魚の塩焼きなどなどテーブルに載りきらないほどの品数だ。
「すごいよ。Yさんがいったとおりだね」
 みつこさんが顔を輝かせながらいう。
「おひる食べすぎたのは失敗だったかな?」
「でも、おなかすいてるでしょ」
 みつこさんは、晩ごはんは晩ごはんでまた食べられるといっている。
「うん、すいてる」
 たしかにあれも食べたい、これも食べたいといっているうちに結局残ったのは皿だけだった。あとでごはんと味噌汁、さらにデザートまでついたが、それもぜんぶ食べてしまった。
 食後に混浴露天風呂に入ってみた。ほかに誰も入っていなかったが、なんとも落ち着かないのでものの一、二分で出てきてしまった。



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