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走れ!バカップル列車
第35号 博多南線



   一

 東京駅を昨夕発車した寝台特急「はやぶさ」が秋晴れの熊本駅に到着した。すでに昼も近い11時49分。はるばる十七時間四十六分の旅であった。
 下関、門司など機関車交換シーンを熱心に撮影していた鉄道おたくたちでさえ、さすがに終着の熊本まで乗り通す人は少ない。熊本到着後、赤い機関車にカメラを向けているのは私たちを含めて十数人程度。考えてみれば、水色ランニングの少年も小倉で下車してしまった。
 熊本駅構内は新幹線駅建設工事の真っ最中である。工事のためホームが一面まるごと撤去されている。かつてホームの裏手(西側)にあった車両基地には熊本発着のブルートレインが休んでいたものだが、その線路はすでになく、その跡地に将来新幹線駅になるであろうコンクリートの塊がそびえている。
「みちゃん」
「なに」
「『はやぶさ』が車庫に回送されるところを見たいんだ。もうちょっとここにいていい?」
「いいよ」
 赤い機関車周辺で写真を撮っていた鉄道おたくのおじさんやおにいさんたちも、私たちがねばり強く撮影のタイミングを待つ間に次々といなくなってしまった。そうして十五分ばかり「はやぶさ」の前にいただろうか。正午を何分か過ぎたころ、赤い機関車と青い客車の七両編成は車庫に向かって静かに動き出した。回送「はやぶさ」を見送ったのは、結局みつこさんと私と近くの喫煙所でタバコを吸う地元の高校生ぐらいであった。
 ここから先のバカップル列車はおよそ次のような旅程で走ることになっている。

 十一月十四日(今日) 豊肥本線乗車、黒川温泉泊
    十五日     昼まで黒川温泉滞在、豊肥本線、鹿児島本線乗車、博多泊
    十六日     博多南線・山陽新幹線0系乗車、帰京

 次に乗る豊肥本線の鈍行列車は13時24分発の肥後大津行きである。発車時刻までが昼ごはんの時間だ。一時間ちょっとだからお昼を食べるには充分な時間だが、ここから約一キロほど離れた熊本の中心街まで行くには時間が足りない。駅前に手ごろな定食屋でもないかと歩きはじめたところ、ちょうど駅の脇のビジネスホテルの一階に、夜は居酒屋になるであろう食堂があって、ランチメニューを出していたので入ってみた。定食を頼んだら、ごはんといいおかずといい、「これでもか」ぐらいにてんこ盛りに来た。それらを夢中で食べてるときに、ふと同級生Y君のセリフを思い出した。
「黒川温泉の晩ごはんはかなり量が多いから、お昼は軽めにしといたほうがいいよ」
 もう手遅れだ。出された料理はすでにほとんど平らげている。思わずみつこさんにも言ってしまう。
「そういえば、Y君に昼は軽めにしておけって言われてたんだよ」
「なんで」
「旅館の晩ごはん、かなり多いらしいんだ」
「へえ、そうなんだ……」
 みつこさんは考え込みながら、なにか言おうとしている。
「でも……」
「でも、なに?」
「たぶん、大丈夫じゃない? 夜は夜でなんだかんだ食べられるとおもうよ」
「そうかなあ」
「Yさんはわしらの胃袋を知らないんだよ」
 みつこさんはやけに自信ありげだ。
「うーん」
 私は不安になりつつ店を出た。

 豊肥本線の鈍行列車は熊本駅0A番線から発車する。
 0A番線なんて呼び方はなんとなくイギリスの魔法使いの小説みたいだが、熊本駅にはおもに豊肥本線の列車発着のために0A番線と0B番線なるものがある。
 旧国鉄では駅のホームは、駅長室に近い順から一番線、二番線……と付けていくのが通常のルールだった。ところがローカル線が分岐していて、改札口を抜けてすぐ目の前のホームが一番線になっているような駅では、その一番線の先端部分の駅舎側、つまり駅舎の脇に位置する部分をローカル線などの発着に使うことがあった。すでに一番以降の番号は使われているので、そのホームを一の手前という意味で0番線と呼ぶのである。
 本来的に0番線はかなり規模の小さなホームであるはずだが、熊本駅のばあいは、豊肥本線がローカル線と呼ぶにはなかなか本数も多いし、特急列車も走るような亜幹線なので0番線ひとつでは足りず、さらにホームを増設して0A番線と0B番線の二つを設けたのだろう。
 13時24分発の肥後大津行きは銀色車体に赤のアクセントカラーが入った二両編成の電車である。私たちが0A番線に着いたときにはすでに入線していて乗客も乗り込んでいた。進行方向横向きに座るロングシートは適度に埋まっているが、満席というほどではない。二人並んで座れて、それぞれの横に荷物を置けるぐらいの余裕があった。
 出発時刻になり銀色の電車は発車した。しばらくは平坦な熊本の街中を走る。
 大都市近郊の電車なら始発ターミナル駅から遠ざかるにしたがって乗客は減っていくものだが、この豊肥線鈍行電車は、途中駅南熊本、新水前寺などからも乗客が続々乗ってくる。熊本駅は駅そのものが町はずれにあるから中心駅としての機能は中途半端なのだろうか。
「荷物、横に置いといて大丈夫かな?」
 途中駅から乗客がやってくるたびに、みつこさんは横の荷物に手をやりおどおどする。乗ってきた人たちが座るだけの空席はまだあるから、そんなに慌てて荷物をどかさなくてもいいはずだが、隣の一席に荷物を置いているだけでみつこさんは心配になってしまう。
「まだ大丈夫だよ。もう少し混んできたら網棚に載せよう」
「わかた」
 駅で言えば竜田口、武蔵塚あたりまでが市街地なのだろう。武蔵塚で大半の乗客が降りてしまい、それ以上増えることはなかったので、横の荷物は網棚に載せずに済んだ。
 武蔵塚を過ぎると少しずつ登り坂になる。三里木、原水あたりからは家が少なくなり農村の雰囲気になる。右窓にはぼてっとした杉の木がずっと並んでいる。
 14時ちょうど、この電車の終点肥後大津に着いた。電化区間はここまでなので、すべての電車はこの駅停まりとなる。荷物をまとめ、ホーム反対側に停車している白いディーゼルカーに乗り換える。14時04分発の普通列車宮地行きだ。



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