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走れ!バカップル列車
第34号 寝台特急はやぶさ



   四

 寝台特急「はやぶさ」は、夜明け前の瀬戸内を走っている。
 オルゴールが鳴り、車掌の案内放送がはじまった。午前六時だから岩国を発車してしばらく走ったあたりだ。
 昨夜は22時56分発の豊橋を出たあたりからぐっすり寝てしまった。途中3時16分ごろの岡山で一回起きて、また熟睡してしまう。車掌の放送がはじまったので起きあがり、外の通路に出た。列車は岩国から四駅ほど先の由宇付近を走っている。
 昨日の少年が窓の外を見ている。
「海が見えた」
 山陽本線の線路は、街に入るといったん海から離れ、街を抜けるとまた海沿いに出る。東の空が白んできたが、海はまだ濃い青色に沈んでいる。
「富海(とのみ)とか大畠でも海は見えるよ」
 私は富海付近の景色が好きなので、そうこたえると、少年はまたもいう。
「あそこは壁が高い」
 だから海が見えにくい、という。たしかに壁で視界が遮られるところもあるが、見えるところだってある。そうは思ったが、すぐには言い返さないでおいた。すでに秋は深く朝晩はかなり冷え込むが、少年は水色のランニングを着ているだけだ。隣の部屋から少年のお母さんが出てきて、「そんな格好だと風邪ひくよ」とダウンコートを持ってくる。少年は嫌がってなかなか着ようとしない。
 大畠瀬戸の向こうに周防大島があって、その島へ通じる大島大橋の下をくぐる。大畠を通過してさらに走って柳井に停車した。
 みつこさんの一七番のドアをノックすると、みつこさんはすでに起きていた。
「朝ごはん、たべよう」
 そう言いながらおにぎりとパンを出してきたが、みつこさんは突然「顔がぱさぱさする」といって化粧をはじめてしまった。私だけ先におにぎりを食べることにする。みつこさんは顔の制作に余念がない。下松を過ぎたらこんどは眉毛を描きはじめる。おにぎりはもう食べ終わってしまった。
 徳山を発車し、三つ先の戸田を通過してしばらく走ると山陽線の線路はまた海沿いに出る。由宇のあたりも海沿いだが線路はほとんどまっすぐである。こちらは小さな半島と湾とが作り出す複雑な海岸線をカーブで律儀に回るので、顔を窓に近づけると前の機関車や後ろにつながるブルーの客車が見渡せる。
 山の陰から太陽が昇り、周防灘は淡い橙色に染まっている。明るくなりはじめた朱い空の下に、向かいの島々の影が黒くはっきりと浮かぶ。太陽の光は寝台車の通路にも差しこんで、乗客たちはみな目を細めて朝の瀬戸内を眺めている。
 富海の駅は湾の奥にあって、その前後の線路は海のすぐ近くを走り、駅の前の線路と後の線路は湾を挟んで互いが見渡せる。富海の手前ではこれから走る線路が見え、富海通過後にはさきほど走ってきた線路が見える。
 通路を行き交う人が増えてきたのは、徳山から車内販売が乗り込んだからだ。寝台の前まで巡回が来るまで待てないから、自分から車内販売のワゴンを追いかける。窓の外を見ていた少年の姿が見えないとおもったら、弁当を手に握って帰ってきた。
「あなごめし、ゲット!」
 そういって自慢げに私に弁当を見せる。おにぎり三個ですませてしまった私はちょっとだけ後悔する。
 一七番の寝台に戻る。みつこさんは眉毛もバッチリ決めて、パンをぱくぱく食べている。線路が高架線になり、やや大きめな街に入った。
「ここ、どこ?」
 みつこさんが訊く。
「防府だよ」
「大きいとこだなとは思っていたんだ」
 定刻より四分ほど遅れた7時21分ごろに防府を発車し、その後も新山口、宇部に停まる。パンを食べ終えたみつこさんは再び寝台に横になった。

 下関が近づいたので、一号車のいちばん前に来た。みつこさんも誘ったがまだ寝ていたいようなので一人である。
 車掌室前のデッキは隣の少年はじめ二、三人のちびっ子たち、そして鉄道おたくと思しきおじさん七、八人で埋め尽くされている。ちびっ子たちは互いになにか話しているが、おじさんたちはみんな黙って前を凝視している。こちらが圧倒されるほどの真剣な眼差しだ。
 車掌室の向こう側はもう機関車で、貫通扉の窓からはEF66の鼻先が見える。列車が揺れるたびに、窓の向こうの鼻先も右に左に、上に下に揺れている。
 下関に着いた。デッキに集っていたちびっ子もおじさんも一斉にホームを走って機関車の写真を撮りに行く。
 下関から次の門司までのあいだに関門海峡の海底を走る関門トンネルがある。この一駅区間だけを行き来する海底トンネル専用の機関車に交換するのだ。
「EF81の410か411がくるよ」
 少年がいう。「EF81」という機関車の機種ならまだしも「410」とか「411」といった番号までなぜわかるのか?
 東京からはるばる千キロもの道のりを走ってきたEF66が切り離され、入れ替わりに濃いピンク色の機関車が近づいてくる。運転台の窓下のプレートをみると本当に「EF81 410」と書いてある。見事に当たったことに驚いているうちに連結作業は瞬く間に完了し、すぐに発車時間になった。少年も見失い、急いで二号車のドアから列車に乗り込む。
 いったん三号車に戻る。トンネルをくぐり、九州に入った。
 門司到着は何分か遅れていた。門司では機関車のつけ替えと「はやぶさ」「富士」の分割作業をするため、「はやぶさ」は十三分、「富士」は二十四分停車する。ある程度の遅れは門司の停車時間で吸収できるのだろう。
 再びいちばん前の機関車と客車の連結部分にくると下関と同じように人だかりがしている。隣室の少年もいた。
「なんで、さっき410か411番ってわかったの?」
 疑問に思っていたところを訊いてみた。
「だいたい『はやぶさ』は410か411なんだ」
 ひょっとして車両運用などの情報をつかんでいるのかとおもったが、そういうことではないらしい。客車列車がほとんどない現在、機関車の数も減ってきているので、出番のある機関車は限られているのだ。これから連結する九州内の機関車も、ED76形の何番か、90番か、94番だと少年はいう。
 関門トンネル専用のピンク色の機関車が機関庫に去り、こんどは九州内を走る真っ赤な機関車がやってきた。車体に貼られたプレートをみるとたしかに「ED76 90」と書いてある。
「当たった!」
 少年は喜んでいる。そうこうしているうちに機関車の脇につかまってきた作業員がホームに登ってきて、旗で機関士に合図を送っている。「ビョウ」という汽笛とともに機関車はゆっくり近づいて、あっという間に連結は完了した。
 編成の真ん中付近では「はやぶさ」と「富士」の分割が行われる。そうはいっても六号車と七号車の間の連結器をはずしておくだけで、あとは「はやぶさ」が熊本へ向かって走り出せば分割は完了である。「はやぶさ」が発車したあとにもう一両赤い機関車をつければ残された「富士」も大分に向かって走り出す。
 停車時間が十三分もあったのに門司は二、三分遅れて9時すぎに発車した。門司からは赤い機関車に青い客車六両という身軽な編成になっている。
 小倉では少年がお母さんと一緒に降りていった。茶色いダウンコートを羽織ってリュックをしょっている。一七番の窓からホームの少年に向かって手を振ると、最初にお母さんが気づいて、教えてもらった少年も手を振り返した。
 個室の窓からみつこさんと二人でぼんやり窓の外を見る。時刻表では小倉を出ると博多までノンストップだが、実際は福間で運転停車して電車特急「ソニック10号」に追い抜かれる。
 眠くなって来たのでまた一八番の部屋に戻って横になる。思わず熟睡してしまい、目を覚ますと大牟田だった。博多も、鳥栖も、久留米も寝ているうちに過ぎてしまった。
 終点熊本までみつこさんのいる一七番にいようと思い、荷物をまとめて一八番を出る。一七番に入るとみつこさんが話しかけてきた。
「博多ってサ、ホームに立ち食いラーメンがあるんだよ」
「へえ、そうなんだ。俺も食べたいな」
「あたしも惹かれたよ。おすもうさんがね、二人たべてたよ」
「いま九州場所やってるから」
「あ、そっか」
「それにしても、よく寝たな」
「うん、寝た寝た」
 いちばんしたかった朝寝を思う存分できたので大満足である。
 列車は玉名を通過し、景色は次第に山深くなる。青空は高く、どこまでも澄んでいる。寝台特急「はやぶさ」は田原坂へと向かう登り坂をぐいぐい登ってゆく。終着熊本はもうまもなくだ。



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