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走れ!バカップル列車
第34号 寝台特急はやぶさ



   三

 窓の外には東京国際フォーラムの照明が輝いている。
「きょうは寝台特急『はやぶさ』『富士』号にご乗車くださいまして、ありがとうございます」
 車掌がこの先の停車駅と到着時刻の案内をはじめた。
 時刻表通りに走れば、「はやぶさ」の熊本到着は11時49分。走行時間はじつに十七時間四十六分にもなる。走行距離は一三一五キロ(営業キロ)。実質的には大阪〜札幌間を走る「トワイライトエクスプレス」が一番なのだが、毎日運転の「定期列車」としては日本一の長距離列車になる。
 熊本に着くのが昼近くになってしまうのだが、私は寝起きが悪いので、朝ごはんのあとにもゆっくり一眠りできる昼到着の列車が大好きである。同じ夜行列車でも早朝に目的地に着いてはなんだか物足りない。私にとって汽車旅の醍醐味とは、二度寝だといっても過言ではない。こんな素敵な列車が乗車率の低迷とかいう理由で廃止されてしまうのは、本当に悲しいことである。
 まだ先は長いとおもいのんびり窓の外を眺めていたら、品川の車庫の脇でぴたっと停まってしまった。防護無線が作動したとかで停まったきりだ。こんなところで停まっては先が思いやられる。なんの音もしなくなり、車内がしんとする。
「たべよう」
 動かない景色に飽きたのか、それともたんにおなかが減ったのか、みつこさんが油淋鶏弁当のフタをあけた。私もシウマイ弁当と焼き鳥を食べはじめる。
 四、五分ほど停まってから列車はふたたび動きだした。
 寝台特急は夕闇の東海道本線を快走する。京浜東北線の電車が横を並んで走る。こちらは寝台にゆったり腰掛けて弁当を食べているが、あちらは家路を急ぐサラリーマンたちでぎゅうぎゅう詰めだ。焼き鳥をほおばっていたら、何人かのおじさんにじろじろと見られてしまった。そうこうしているうちに京浜電車を追い抜いてゆく。
「はやぶさ」「富士」は、京浜東北線の駅にはホームもかすらないまま次々と通過する。多摩川、鶴見川と鉄橋も次々渡って横浜には七分遅れて到着した。横浜駅はラッシュアワーで大混雑だ。いちばん山側にある横須賀線のホームでは乗客がホーム一面を埋め尽くして危うくあふれてしまいそうだ。
 横浜を過ぎたあたりで弁当を食べ終わってしまう。
「満腹、満腹」
 みつこさんが満足げにおなかをさすった。

 腹ごなしも兼ねて、車内探検に出かけることにする。きょうはみつこさんも一緒だ。
 三号車の前の二号車はA個室寝台、一号車は開放型B寝台である。後ろの四〜六号車も開放型B寝台である。六号車と七号車の間が熊本行き「はやぶさ」と大分行き「富士」の連結部分だ。まずこの「はやぶさ」と「富士」の境界に行くことにした。
 開放型B寝台は進行方向の左窓側に通路があって、右側に枕木方向に上段、下段の寝台が並んでいる。乗車率は二○〜三○%ぐらいで、下段寝台を座席代わりにして弁当を食べる乗客がまばらにいる程度だ。
 四号車、五号車と通り過ぎて六号車のいちばん後ろにきた。ここが七号車との連結面で、互いの車両に通り抜けられるよう貫通扉が手前に引かれている。七号車の貫通扉も同じでこちらから見て向こう側に押してある。
「あ、はやぶさって書いてある!」
 みつこさんが貫通扉にあるテールマークを見つけていう。鳥のハヤブサをかたどったイラストに「はやぶさ」の文字が入ったデザインだ。
「こっちは富士だよ」
 七号車の貫通扉には「富士」のマークが出ている。
「ほんとだね」
「はやぶさ」と「富士」、両方のテールマークを確認して、二人は勝手に満足する。
 こんどは三号車を通り過ぎて二号車と一号車のほうに行ってみる。車内探検のもう一つの目的は、自動販売機を見つけてみつこさん用の飲み物を買うことである。ところが三号車より後ろには自販機がなかった。二号車の通路をとおって熊本寄りの車端部分にようやく自動販売機をみつけた。
「あんまり種類がないね」
 狭い車内に設置されているので小型の販売機である。
「クリスタルガイザーがあるからいいじゃん」
「一五○円もする! 高いね」
「しょうがないよ。ないよりいいでしょ」
「まあそうだけど」
 みつこさんはしかたなさそうに一五○円でクリスタルガイザーを買った。そうして三号車上段一八番の寝台に戻る。ぼんやりしていたら熱海を過ぎた。
「夜寝しようかな」
 夜は寝るのが当たり前だから「夜寝」なんていう言葉があるのかどうか知らないが、みつこさんはそういうと服を着たままゴロンと横になってしまった。おなかも満たされたし、適度な揺れが眠りを誘う。
「沼津まで寝よう」
 毛布をもぞもぞと引き寄せながら、みつこさんがいう。
「静岡までいいよ」
 そういって私も横になる。一人分の寝台だがなんとか場所をやりくりして二人で横になった。ウトウトしたり、また覚めたりする。
「気持ちいいねえ」
 声をかけたら、返事がかえってきた。
「いいねえ」
「やっぱ列車は寝て乗るに限るね」
「そうだねえ」
 静岡を出たあたりでみつこさんは自分の寝る一七番の寝台に戻った。私も顔を洗いにいく。通路に出たら隣の一六番から小学生らしき少年が出てきた。
「こんばんは」
 あいさつをする。どこまで行くのか尋ねたら、「小倉」と答えが返ってきた。親戚のところにいくのだという。彼の発する単語から察するにかなりの鉄道好きである。
 二一時を過ぎると車掌の今夜最後の案内放送があって、通路の照明が暗くなる。個室内の明かりも消してしまった。
 金谷を過ぎ、列車は牧之原台地に差しかかった。上段個室の窓は曲面ガラスでできていて屋根のほうまでせり上がっている。窓の近くに頭を近づけて寝ていると、ちょうど真上のところに満月がみえた。ブルートレインと一緒に牧之原を駆け抜けている。しばらくの間そうして一緒に走っていたが、列車が大きくカーブすると、まん丸い淡いひかりは窓から見えなくなってしまった。



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