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走れ!バカップル列車
第34号 寝台特急はやぶさ



   二

 十一月十三日、みつこさんと私は東京駅にやって来た。
 きょうから「三泊三日」の旅行に出るのだが、出発前に大事なのは食料の調達である。風前の灯のブルートレインに、食堂車のようにコストのかかるものは連結されていない。
 まず駅コンコースの弁当売り場を物色する。「エキッチン」などと名前ばかりしゃれこんでいるが、とくに目新しいものがないので、大丸のデパ地下を見ることにする。
 八重洲中央口の改札をいったん出る。出たものの正面にあるはずの大丸がない。「あれ? あれ?」ときょろきょろしていたら、警備のおっさんが近寄ってきて、「北口のほうになったの」と大丸の場所を教えてくれた。どうも大丸は新しくなって移転したらしい。
 いままでの大丸地下はごちゃごちゃしていて弁当を見比べるのに一苦労だった。通路も狭いので荷物の大きな旅行者には少々つらかった。ところが新しい大丸地下の弁当売り場は通路も広くなっていて、とても見比べやすいようになっていた。となりに土産物コーナーもあって、旅行者に便利なつくりだ。
「なんだか目移りしちゃうな」
 みつこさんは目を輝かせながら、どの弁当にしようか迷っている。
 私は崎陽軒のシウマイ弁当と別の店で買った焼き鳥四本、みつこさんはさんざん迷って中華の油淋鶏弁当というのを買った。
 旅立ちの準備も万端整って、いよいよ東海道線の一○番ホームに向かう。
 エスカレーターをあがり九・一○番ホームに着いたのは17時21分。秋の太陽はすっかり落ちて空は真っ暗だ。ホーム八重洲側の一○番線には「はやぶさ」「富士」のブルーの客車がちょうど入線したところだった。すでに列車に乗る客や鉄道おたくたちがホームに来ていて、熱心に写真を撮ったりしている。
 乗車できるのは17時45分からというアナウンスがあった。それまでの約二十分間に機関車のつけ替えをするのだろう。品川の車庫から神田側の先頭に立って来た機関車を編成の反対側(有楽町側)に連結しなおす「機回し」という作業をするのである。神田方向をみると機関車はすでに連結器をはずされ、客車から離れてしまっていた。青い車体のEF66を撮ろうにも、もう撮れない。それでも一度はいちばん後ろにいって、客車の後ろ側を見ておくことにした。
 列車の最後尾には方向幕形式のテールマークがあって、富士山のイラストと「富士」の文字が蛍光灯の明かりに浮かんでいる。
「はやぶさ」「富士」はA個室寝台一両、B個室寝台一両、ふつうの(開放型)B寝台四両という組み合わせの客車六両が二組つながった十二両編成で走る。一号車から六号車までの前六両が「はやぶさ」熊本行き、七号車から十二号車までの後ろ六両が「富士」大分行きになる。一番後ろの十二号車は「富士」だからテールマークも「富士」になっている。
 こんどは十二号車側から前の一号車のほうまで客車を眺めながら歩いてみる。
 かつてブルートレインといえば、青い車体に統一された白帯あるいは銀帯、金帯が入っていて編成の美しさを誇っていたが、廃止間もないいまの「はやぶさ」「富士」の客車にはかつての美しさはほとんど残されていない。状態のいい車両をあちこちからかき集めてきたような混結編成になっていて、車体の窓下と裾の部分に入る帯の色も客車によって白帯だったり銀帯だったりして統一感がない。客車の老朽化もかなり進んでいる。塗装がはげてしまったところを応急処置的に似た色のペンキで塗ったところもあったりして、少々かわいそうな状態である。
 しばらくするとEF66が「機回し」のためホーム反対側の九番線を通過した。みつこさんはデジカメで、私はビデオカメラでその様子を撮影する。
 また一○番線側に戻る。三号車は今日私たちが乗るB個室寝台「ソロ」の車両である。いちばん前の一号車までくるとホームは人だかりができている。機関車と客車の連結シーンを撮影するのだ。私たちも負けじと撮影にいそしむ。
 いったん有楽町側に引き上げた電気機関車が「ポウ」と短い汽笛を鳴らしながら近づいてくる。いつものことだが連結の現場は見てるだけでも緊張するし、ワクワクドキドキする。機関車が滑るように近づいてきて客車の一メートルほど手前で一時停止した。ホームに立つ作業員がカンテラを振って少しずつ進めと機関士に合図する。機関車と客車はゆっくりと距離を縮め、連結器と連結器がつながってゆく。「かちゃん」と金属音がすると連結は成功である。作業員がジャンパ栓といわれるホースのようなものをつなげて連結の作業を完了させる。17時45分ちょうど。一号車から十二号車までのドアが開き、乗客が車内に乗り込んでゆく。
 私たちも今夜一晩過ごす三号車に乗車する。切符に指定された寝台は一七番・一八番。いちばん端っこの二部屋だ。ベッドは枕木の方向(レールと垂直の方向)に配置されていて、一七番は下段、一八番は上段である。車両を側面から見たとすると、「凸」の字を片方逆さにして入れ違いに重ね合わせたような配置になっている。一七番のベッドの上がちょうど一八番のベッドだ。一七番でみつこさんが天井をコツコツと叩くと、私のいる一八番のベッドの下がコツコツと鳴る。こっちのベッドをコツコツ叩けば、みつこさんの天井がコツコツ鳴る。
 個室の戸締まりは鍵である。最近ではパスワードを入力するようなロックが増えているが、九州行きブルートレインはキーを鍵穴に差して回す古風な形式を保っている。
 個室にいったん荷物を置いて鍵をかけ、ホームの売店へ飲み物を買いに行く。五○○ミリリットルのペットボトルのお茶とミネラルウォーターを一本ずつ買ってみつこさんの待つ上段一八番に戻る。
「あれ、あたしの分がない」
 手にしたペットボトルを見るなりみつこさんがいう。私としてはお茶を自分用、ミネラルウォーターをみつこさん用として買ったつもりだった。
「ひろさんはお茶とミネラルウォーター両方飲むでしょ。いつもだいたい二本必要じゃん」
 たとえ一晩に二本飲むとしても、いまある二本のうちの一本をみつこさんに分けてあげれば、しばらくは済む話である。なにもいま五○○ミリリットル二本を一気飲みするわけではない。それでもみつこさんはあたしの分がないといってそわそわしている。ところがすでに発車時刻は迫っていて、いまからホームに買いに出ると乗り遅れる可能性もある。
「車内に自販機あるから、もう一本はそれで買えばいいでしょ」
 みつこさんにはそう言って、ミネラルウォーターのほうを渡すと、とりあえずその場はおさまった。
 個室にいるとホームの発車ベルはほとんど聞こえない。いつのまにかドアは閉まったようだ。ガタンと揺れて寝台特急「はやぶさ」「富士」は東京駅を発車した。
 ブルートレインはレールの上を滑るように走り出し、ゆっくりと加速してゆく。発車時刻は18時04分ごろ。定刻より一分ほど遅れての発車だ。オルゴールが鳴り、車掌の案内放送がはじまる。



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