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走れ!バカップル列車
第34号 寝台特急はやぶさ



   一

 ときは二○○七年十一月十八日にさかのぼる。
 その日の朝日新聞朝刊にJRブルートレイン廃止のスクープ記事が掲載された。
 寝台急行「銀河」の廃止、寝台特急「なは」「あかつき」の廃止、「北斗星」と「日本海」は二往復が一往復に減便というものだった。
 ここ数年、JRは十二月後半になると翌年春の全国ダイヤ改正の概要を発表している。年を経るごとに減っていく夜行列車廃止の情報が必ず入ってくるので、私自身この時期をやきもきしながら待つようになっている。
 ところがこの朝日新聞の記事はJR発表の一か月も前にでた。JRグループの課長レベルの会議でほぼ決定したという書きかたからして、正式にそういった発表があったわけではなかった。
 一か月も前にそんなスクープ記事がでること自体、かなり異例のことだった。しかしこの記事にはもっと異例のことが書かれていた。
 ダイヤ改正の発表は、年末に翌春の改正内容が発表されるというのが通常のケースである。ところがそのスクープ記事にはさらに一年後、再来年(二○○九年)春のブルートレイン廃止のことまで書かれていた。一年四か月ほど先の改正内容が、しかもスクープ記事というかたちで発表されるというのは異例中の異例といっていい。
 その異例中の異例として公表されたのが、寝台特急「はやぶさ」(東京〜熊本)・「富士」(東京〜大分)の廃止である。二○○九年春のダイヤ改正で「はやぶさ」「富士」が廃止される見込みだという。
 一年以上も先のことだし、あくまで見込みという書きかただったから、この記事がでた直後は半信半疑の鉄道おたくが多かった。しかし、その一か月後にJRから正式発表された翌春の改正内容は、そのスクープ記事とまったく同じだった。
 寝台急行「銀河」の廃止、寝台特急「なは」「あかつき」の廃止、「北斗星」と「日本海」は二往復が一往復に減便……、まさしく朝日新聞の記事通りの発表だ。スクープは信憑性が高いということになる。それまで半信半疑だった鉄道おたくたちも、やはり再来年の春にほぼ間違いなく「はやぶさ」「富士」が廃止される、と認識せざるを得なくなったのである。
「はやぶさ」「富士」が廃止されれば、東京発九州行きのブルートレインがすべてなくなってしまう。いままでの常識からすればそれもまた信じがたい話だが、夜行列車が消えていくのは時間の問題である。
「はやぶさ」は東京から熊本までを東海道、山陽、鹿児島線を通って約十八時間かけて走る寝台特急である。一九五八(昭和三三)年に東京〜鹿児島間の運転で登場した。二年後の一九六○年には青い車体の20系客車におきかえられ(運転区間は東京〜西鹿児島間となる)、「あさかぜ」「さくら」に次ぐ三番目のブルートレインとなった。
 かつて十五両編成で走っていた「はやぶさ」は、いまや六両に減らされている。そのため単独での運転ではなく、東京〜門司間は大分行き寝台特急「富士」との併結運転だ。
 私たちはすでに昨年(二○○七年)十月二十六日に「富士」に東京から大分まで乗車している。残る未乗の九州行き寝台特急は「はやぶさ」のみ。だからことしの秋は「はやぶさ」に乗ろうと思う。「はやぶさ」に乗るために九州にいく。
「みちゃん」
「なに」
「こんどの『はやぶさ』の旅なんだけどさ」
「うん」
「黒川温泉にいくといいよっていわれてるんだよねえ」
「いいんじゃないかぁ?」
 昨年(二○○七年)の年末だったか、同級生のY君に久しぶりに会ったときのことだった。
「熊本いくなら、黒川温泉いっときな」
 Y君は鍋をつつきながらいった。彼は中学からの同級生で私と同じく旅好きである。そのY君がいうのだからまちがいはないだろう。
 黒川温泉の名は以前から聞いてはいたが、鉄道おたくにはなかなか行きにくい温泉である。阿蘇の山のさらに奥の南小国町というところにあって、鄙びた雰囲気が評判を呼び温泉ランキングで全国一位になったこともあるらしい。しかし一番近い鉄道駅(豊肥本線阿蘇駅)でさえ、クルマで小一時間はかかる。熊本からだと一時間半から二時間くらいはかかるといわれている。
 そんな山奥の温泉にいくとなると、ほかの日程がきつくなる。
「黒川温泉に行くのはいいけど、阿蘇山のさらに山奥にあるからさぁ、こっちに行くとほかに行こうと思ってたところが行きにくくなっちゃうなぁ」
「両方は行けないの?」
「行けなくもないけど、朝早く出なきゃいけなかったり、きつくなるんだよ。せっかく黒川まで行くなら温泉でゆっくりしたいじゃん」
「そうだね」
 いろいろな候補を考えた結果、今回は黒川温泉でのんびりすることにした。
「『はやぶさ』の寝台はどうする?」
「うーん」
「『富士』のときみたいなA個室寝台もあるし、B寝台の個室もあるんだ。『あさかぜ』と『さくら』のときみたいなふつうのB寝台もあるよ」
「いままで乗ったことないのがいいな」
「乗ったことないのは……B個室寝台かな」
「じゃあ、それがいい」
「わかた。じゃあB寝台個室をとっとくね」
 出発の日は二○○八年十一月十三日、帰ってくるのは十一月十六日である。まず「はやぶさ」の寝台券だけちょうど一か月前の十月十三日に買っておいた。帰りの新幹線も含めた全体の切符は十月十六日に買う。往復の乗車券は阿蘇駅から乗るレンタカーとセットになった「レール&レンタカーきっぷ」にする。乗車券が二割引(通常の往復切符は一割引)になるかなりお得な切符だ。ただしレンタカーの申込みや新幹線の指定券もあって切符をつくるまでに時間がかかるので、窓口の多い上野駅までいって買うことにした。
 窓口の駅員はにこにこしながらてきぱきと切符をつくってくれた。そして代金を精算して切符を手渡すとき、こういった。
「気をつけておでかけください!」



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