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走れ!バカップル列車
第33号 EL&SL奥利根号



   四

 まだ十五時にもなっていないが、「SL奥利根号」の改札がはじまっているので、橋を渡って二番線に行くことにした。青い客車はドアも開いていて乗車もできる。発車は15時20分でまだ時間があるので乗客はまばらだ。
 指定された座席は「4号車9番B・C席」。四人がけのボックスシートなので、ボックスごとに番号が振られ、AとDが窓側、BとCが通路側である。進行方向右側のボックスだ。窓側の乗客はまだ来ていない。
 みつこさんに留守番をお願いすることにして、私だけD51が客車と連結するところを見に行くことにした。
 また橋を渡り一番線から二番線を見る。しばらくするとターンテーブルの脇にいたD51が一番線を通過する。
 シリンダーの脇からシューッと蒸気を吐き出し、ボッ、ボッ、ボッと音を立てて、すぐ目の前をゆっくりと進んでゆく。車輪を回すロッドの金属音が耳元でカチャンカチャンと鳴っている。
 機関車はいったん上牧側に引き上げる。汽笛が聞こえてしばらくするとD51が後ろ向きに戻ってきて、こんどは二番線に入る。いったん停止、ゆっくり後進、そしてまた停止を繰り返しながら客車に近づき、がちゃんと客車と連結をする。
 乗り遅れてはいけないので、二番ホームに戻り、連結の終わったD51を近くまで見にいく。鉄道おたくのみならず、ふつうのおじいさん、家族連れなどがわあわあと群がって、たいへんな騒ぎになっている。
 白い制服の駅長が「まもなく発車しまあす!」と乗車を促す。
 ほんとうにギリギリになったので一番前のドアから乗り込む。乗り込んだデッキは客車の先頭で、まさにD51との連結部分である。せっかくなのでしばらくここで窓の外を見ようとおもう。
 いよいよ「EL&SL奥利根号」が発車する。ドアが閉まった。ボウオゥオォーッと汽笛が長く響き渡り、列車はゆっくり加速する。正面の窓には炭水車が見えていて、ポイントをガタンガタンと渡ると「D51 498」のプレートも右に左に揺れる。炭水車の上にわずかにのぞく空には、煙突から放たれた黒い煙が漂っている。
 みつこさんの待つ四号車に向かう。座席はほぼ満席だ。四号車にくると、みつこさんが通路側の後ろ向きの席に座っていた。
「みちゃん、こっち側でいいの?」
 みつこさんは進行方向を向いているほうが好きだから、訊いてみる。
「うん、いいんだ」
 窓側には三十ぐらいの夫婦が向かい合って座っていて、顔を寄せ合い車内のどの部分にも関係ないという雰囲気でなにやら話し込んでいる。
 通路を挟んだ向かい側(左側)には、ひとつのボックスを一人で占拠している中年のおじさんがいる。足を向かいの席に投げ出して、さっきからひたすらとうもろこしをがっついている。驚く私を見て、みつこさんが笑っている。
 このおじさんはすごい。一本食べ終わったら、背中からもう一本とうもろこしが出てきた。このあともじっと見ていたら、リュックから氷に焼酎、きゅうりもでかいのが二本出てきた。酒をちびちびやりながら、きゅうりである。さらにみつこさんを感心させたのは味噌も持っていて、きゅうりにつけていることだ。
 四人分の座席を占拠して、右側に帽子、前に足を投げ出し、斜め前にでかいリュックを置いている。この堂々たる雰囲気からして、一人で四人分の座席を買い占めているに違いない。快速列車の指定券は一人五一○円、四人分買っても二○四○円だから、それほどの額ではない。
 このもろこしおじさんの前側のボックスには、二十代の男女五人組のグループがいる。男二人と女二人が左側のボックスに座り、あまった男一人は通路を挟んで向かい側(みつこさんの背中側)の席に座っている。五人グループだから通路を挟んで座るのはしかたないが、このグループは私が席に着いたときからずっとトランプをしている。通路をとおる乗客はいちいちカードのやりとりの中を横切らないといけない。
 私の座っているところからは通路側で進行方向反対向きに座っている女の子がよく見える。色は地味だがかわいい系の服を着ていて、おでこの出っ張り具合がなんとなく永作博美に似ている。
 そうしていると、みつこさんが神妙な面持ちでいう。
「ひろさんにね、伝えておきたいことがあるんだ」
 何ごとかと耳をすませていると、みつこさんが続ける。
「赤シャツさんたちもね、同じ車両だよ」
「ええっ!?」
 ずいぶん大きな声を挙げてしまったが、周りも賑やかだしお隣さんも自分たちの世界に入り込んでいるのでそれほど迷惑にはならなかったようだ。
「ど、どこにいるの?」
「こっち側の一番うしろ」
「ホ、ホント?」
「四人でね、こぢんまりと一つのボックスに座ってるよ」
「そ、そう……」
 私はなにげない感じで立ち上がり、網棚の荷物を取るフリをして、横目でうしろのほうを見る。いくつもの座席の向こうにあの赤シャツがちらりと見えた。
「本当だ。そんなに騒いでないな」
「こんどはね、けっこう大人しくしてるんだ」

 車掌らしきおじさん三人とD51のキャップをかぶった若いおねえさんがなにやら賑やかにやって来た。ジャンケン大会をするという。四号車の全員でジャンケンをして勝った人に記念品をプレゼントするらしい。トランプばかりしているような人たちにはいいのかも知れないが、落ち着いて蒸気機関車の旅をしたい私にはちょっとだけはた迷惑な企画だ。
 それでもいちおう参加して、三回とも負けて終わった。みつこさんも最初の一回はいいところまで行ったが結局負けてしまった。
 後閑、沼田と停車して、列車は緑深い上越線をひた走る。しばらくすると車掌一人ともうひとりのキャップをかぶった若いおねえさんがやってきて、記念乗車券とパンフレットを配りにくる。その二人が去ったかと思うとまた別の車掌が二人来て、記念乗車券にスタンプを押しに来る。
 ふと窓の外を見ると津久田を通過するところだった。
「あ!」
 つい叫ぶ。
「どしたの? どしたの?」
 みつこさんがびっくりした様子で訊いてくる。
「過ぎちゃった……」
 鉄橋を渡るとそのまま崖の中腹のトンネルに突っ込むあの瞬間を見落とした。帰りこそはみつこさんに見てもらいたいと思ったのだが、記念乗車券だのスタンプだといってるうちに過ぎてしまった。まぁ、そんなものか。
 私たちの座っている席の二つ前のボックスは、まだ乗客が来ていないのか、四人分が丸々あいている。自分たちの席の窓側は夫婦がいるので勝手なことができない。ちょうどいいので、あいているボックス席まで行ってみた。ほかに乗客がくる気配もないので、みつこさんを呼んで、窓を開けて利根川沿いの田園風景を眺める。天気は快晴といって良く、むこうに綿雲がぽつぽつと浮かんでいる。
 D51がいくら馬力のある蒸気機関車だといっても、やはり電気機関車や電車の力にはかなわない。スピードはそこそこ出るが、客車を引っ張る力に蒸気機関車独特のやさしさがある。
「風が気持ちいいねえ」
 みつこさんが窓の外を見ながらいう。
 窓から入り込む風はそれほど強くなく、ほど良いそよ風だ。ほんのり漂う煤のにおい。機関車が放つ煙が畑や林の中をそよそよと漂ってゆく。
 そのまま列車は右にカーブして、利根川を渡る渋川の鉄橋に向かう。右に曲がるので前のD51とその後ろにつながる青い客車がよく見える。鉄橋が見えてきた。線路はふたたび直線になって鉄橋を渡る。川の向こうには榛名山が見えてきた。
「奥利根号」は渋川で二十三分停まる。機関車を交換するわけではないから、そんなに停まる必要はないのだが、イベント列車なので、乗客がD51を見学する時間をつくっているのだろう。
 ホーム前方に来てみると、機関室の前には行列が出来ている。機関室に入れて記念写真が撮れるようだ。子供だけが並ぶのかと思って遠巻きに見ていると、大のオトナも並んでいる。銀座のおねえさんみたいな人まで機関室からピースしているからびっくりした。
 赤シャツさんたち四人組も出てきた。若い夫婦は写メをして、赤シャツさんは機関車の動輪や機関室の下についているプレートなどを熱心に見ている。みつこさんはその様子をみてちょっとだけうれしそうである。
 渋川からあいているボックス席に別のおじさん四人組が乗ってきたので、みつこさんと私はまたもとの席に戻る。
 渋川を発車すると上越線もだんだん平地に降りてくる。
 高崎では十八分停車する。こんどは本当の機関車の交換で、ここでD51は切り離されて、代わりにEF60という青色の電気機関車がつく。
 高崎発は17時34分。線路はつながっているがここからは高崎線と路線名が変わる。EF60も電気機関車としてはいまや旧型だが、それでもSLに比べればはるかに馬力は強い。いかにも電機という牽引力で高崎線をぐいぐい走る。
「やっぱり、SLのほうが引っ張る力がやさしい感じだな」
 私がいうと「そうかい」とみつこさんが答える。
「電気機関車はぐいぐいって感じだけど。あのゆるゆると進む感じは、蒸気機関車ならではの味わいだね」
「SL、乗れて良かったね」
「うん、良かった」
 前の五人組は乗っている間じゅう、ずっとトランプをやっている。負けた人がカードを切って配るルールになっているようだが、負けた男が切ってるカードを一枚手に持ち、ふざけて隣の永作さんのおでこにぺたんと貼り付けた。
 誰もがおでこのカードははらりと落ちると思っていたが、どういう訳かカードは永作さんのおでこに貼り付いたままだ。四人は大爆笑で、永作さん一人が恥ずかしそうに苦笑いをしている。何食わぬ顔をしてその様子を見ていた私も思わず笑いそうになるが、必死に我慢する。調子に乗った隣の男は、二枚目もぺたんと貼り付けた。これもまたおでこに貼り付く。
 ダメだ。もう我慢できない。目をそらして窓のほうをみる。
「どうしたの?」
 みつこさんが不思議そうに訊いてくる。それに答えようとするだけで笑ってしまいそうだ。
 窓の外はすでに淡い茜色。西に傾いた晩夏の太陽がまっすぐ車内に差してきて、ちょっとばかり目に眩しい。



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