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走れ!バカップル列車
第33号 EL&SL奥利根号



   三

 目を覚ますと空はからりと晴れていた。
 きのうの夜は長岡駅前のビジネスホテルに一泊した。晩ごはんは駅から徒歩五分ほどの和食屋で、季節のお刺身や野菜の天ぷら、カレイのフライなどなどを注文。寺泊が近いせいか魚が豊富で、サンマのお刺身はひさしぶりにおいしくたべた。
 きょう、八月三十一日もまた「青春18きっぷ」の旅を続ける。
 長岡から東京までおよそ二七○キロを鈍行で帰るのだが、このくらいの距離だと鈍行でもまっすぐ行けば五時間ほどで着いてしまう。
 ネックはむしろ上越国境にある。水上〜越後中里間を通る鈍行列車は一日六往復しかない(そのうちの一往復は季節列車である)。だから帰りのスケジュールはその六往復のうちのどの列車で国境を越えるかでほぼ決まってしまう。
 時刻表を見ると、長岡を10時32分に出る水上行き普通列車なら無理のない時間帯に旅ができそうである。この列車は水上に12時38分に着く。また水上で昼を食べることになるが、指定券さえあれば、水上から15時20分発の上り「EL&SL奥利根号」に乗ることもできる。上野着は19時19分、ちょうどいい時間だ。
 長岡駅のみどりの窓口に行くと、通路側なら二枚とれるという。ほんとうは窓側のほうがいいが、それでも乗れるに越したことはない。その指定券を買って、ホームに向かった。
 十時を少し過ぎたばかりだが、ホームに来てみると、10時32分の電車はすでに入線していた。発車までまだ時間があるので、車内は空いている。三両編成の一番後ろの車両に乗り込み、進行方向右側のボックス席を陣取った。
 私たちの座るボックス席の後ろ側には中年夫婦がいて、一人で一ボックスずつ占拠している。みつこさんの後ろの席にはおばはんが、通路を挟んで反対側(進行方向左側)のボックスにはチョビ髭に赤いシャツのおっさんが、靴を脱いで足を向かいの座席に投げ出して陣取っている。一人一ボックスとはずいぶんと欲張りだが、あとで何人か仲間がくるらしい。日本酒のびんやら紙コップやらを持ち込んでずいぶん楽しくやるようだ。
「どうせすいてるから大丈夫だろ!」
 赤シャツのおっさんはやたら声が大きいから、話していることがぜんぶ聞こえてくる。いまはすいていても、あとから乗客がどんどんくる可能性だってあるだろう。
「人が乗ってきてもさぁ、酒盛りしてれば、みんな避けてくよなぁ」
 そういうのははた迷惑というものだ。仲間があとから乗り込んできたが若い夫婦一組だけだ。自分たちもいまは二人で一ボックスだが、四人で二ボックスはなんともぜいたくな乗り方である。
「早いとこ飲んでよぉ、酔っぱらっちゃえばいいんだよ!」
 赤シャツはなおも大声でそんなことを言っている。みつこさんはヘンな人たちの近所になっちゃったね、と顔をしかめている。
 赤シャツのおっさんは、誰か乗ってくるたびに脇の荷物に手を置き、周りをきょろきょろと見回す。そのたびに席を移動しなければならないか、四人で一ボックスにしなきゃいけないか、びくびくしているのだ。粗野な仕草や乱暴な物言いは、むしろ小心者の虚勢にみえる。はたから見れば、それはまた滑稽な話だ。
「みちゃん」
 小声で話しかける。
「なに」
 みつこさんも小声でこたえる。
「赤シャツさんはサ、ああ見えても人はいい人だよ」
「そうお?」
「だって、誰かくるたんびに、おどおど気にしてるんだよ」
「ハハハ、そっか」
「ホントに悪いヤツだったらさ、誰か乗ってきたって無視するよ。目も合わさないよ」
「そりゃ、そうだね」
 みつこさんは、くすくす笑った。当面の私たちの希望としては、この赤シャツ四人組が少しでも早くこの電車を降りてくれることを願うしかないが、荷物も大きいし、腰の据え方からして、ずいぶん長居しそうである。

 上越線水上行き普通列車は長岡駅を定刻に発車した。電車はしばらく信越線の線路を直江津方面へ走る。次の宮内でポイントをガタゴトと渡り、ここから上越線の線路に入る。路線としての上越線は高崎から宮内までだが、電車はすべて長岡まで乗り入れるから、上越線は運転系統では長岡までと考えていい。
 信越線が右にどんどん分かれて行くと、上越線は広大な田んぼの中を走る。立派な国道が隣を走り、青空に白い雲がぷかぷか浮かんでいる。バターロールのようなふかふかした綿雲。夏休み最後の日だし、暦はすでに秋だが、雲はまだじゅうぶん夏だ。
 小千谷に着いた。織物の縮みで名高い町だが、錦鯉の養殖もしているらしく、ところどころに鯉を飼っている池が見える。ビニールのプールを店先にいくつも置いて、その場で売っているような店もあった。
 長岡から南下してきた上越線の線路は、小千谷を過ぎると東へカーブし、南北に続く魚沼丘陵を東西に横切る。それでも長いトンネルがないのは、信濃川の支流魚野川がこの魚沼丘陵を貫いているからだろう。この付近は信濃川と魚野川が合流するところでもあり、またそれぞれの川がくねくねと蛇行していることもあって、地形がかなり複雑である。
 上越線はしばらく信濃川を右にみて走る。次の越後川口付近が信濃川と魚野川の合流点で、鉄道も信濃川に沿って走る飯山線が越後川口から分岐している。上越線はここから上越国境付近までほぼ魚野川に沿って走る。
 越後川口を発車し、単線非電化の飯山線の線路を右に見送ると、電車はトンネルに入る。出たところは頭上に上越新幹線のコンクリート橋がそびえるところで、その下をくぐったかと思えば、すぐに鉄橋で魚野川を渡り、またトンネルに入る。谷は深く、山は高く、川は狭い。なかなか車窓も忙しい。
 次の北堀之内ぐらいまでくると景色も一段落して、谷あいを川がゆったり流れるようになる。おじさんが何人か川に入って釣りをしている。11時7分、小出に着いた。
「あれ、なあに?」
 みつこさんが、駅の向こう側に停まっている白い一両のディーゼルカーを指さす。
「あれは只見線のディーゼルカーだよ」
「ただみせん?」
 只見線は、小出から会津若松まで走るローカル線である。只見川に沿って山あいを走る景色の良い路線だが、豪雪地帯でもあり人里離れた山奥でもあり、会津若松までの全線を走り抜く列車は一日に三往復しかない。小出を発車する列車もわずか五本で、それも早朝と夕方に集中している。いま乗りかえたとしても次の列車は二時間後の13時17分発である。
「こんどはあれも乗ろうね」
 そうしているうちに小出を発車。谷は次第に広くなり、浦佐を出れば左右には六日町盆地が広がり、いくぶん黄色がかった稲穂が風に揺れている。
 赤シャツのおっさんは、浦佐や六日町など乗り降りの多い駅に停まるたびに、「大丈夫だよな! 誰もいないもんな!」と大声を張り上げている。そんなにびくびくしながら二ボックス占拠するくらいなら、さいしょから四人一ボックスで座っていればいいのに、とみつこさんも笑っている。
 六日町では右上から北越急行ほくほく線が合流する。駅周辺の留置線にはほくほく線の電車が何両か停まっている。ほくほく線は六日町から十日町を通り、信越線の犀潟まで走る第三セクター鉄道である。上越線から北陸方面へのバイパス路線になっていて、越後湯沢発金沢行きの特急「はくたか」が一時間に一本の割合で運転されている。
 電車は水田の中をひた走る。集落も見られるが、人はほとんどいない。ときどき農作業をするおっさんを畑の中で見つけるだけだ。

 11時49分、越後湯沢に着いた。ここで九分停車する。
 赤シャツ四人組はここでも降りない。となると水上までの全区間に乗る可能性が濃厚になってきた。みつこさんもすでに覚悟を決めた様子だ。
 越後湯沢を出ると、いよいよ山越えである。
 岩原(いわっぱら)スキー場前を発車すると、半径五百メートルほどの大きなカーブで、ゆるやかに坂を登りながら線路が半周ほどぐるりと回る。左にはスキー場、右には田んぼが広がり、始まりから終わりまでカーブのほぼ全体を見渡すことができる。列車の撮影地点としても有名で、鉄道おたくの世界では「岩原の大カーブ」と呼ばれている。
「すごいところだねえ」
 みつこさんが目を細めながら、走ってきたところとこれから走るところを眺めている。下り電車とすれ違った。一瞬にして過ぎ去るが、遠ざかる電車がカーブの向こうへ走っていくのがいつまでも見えていた。
 越後中里に停車。左側はすぐにスキー場になっていて、青々とした原っぱが山の上の方まで続いている。越後中里を出て、関越自動車道をくぐると、上下線が離れてゆく。離れながら魚野川の高い鉄橋を渡る。勾配を登りトンネルに入る。トンネルはぐるりと右へカーブするループ線になっている。
「どこにループ線がみえるの?」
 みつこさんが訊くが、新潟県側のループ線はぐるりと一周しているところが車窓からは見えない。
 土樽を発車して、関越自動車道をくぐる。鉄橋を渡ると左に「清水トンネル」と書いた標柱が見える。席を立って左側の窓から覗く。
「みえた?」
「みえた!」
 言っているうちに清水トンネルに入る。
 電車はモーターの轟音をあげてトンネルを突き進む。高速道路ではトンネルといえば速度が落ちて渋滞の原因にもなるが、鉄道ではトンネルはたいてい直線で掘られていて、踏切などの障害物もいっさいないから、最大限までスピードを出す。
 暗闇のトンネル内にポイントの音がガタンガタタンと響く。トンネルが一部だけ広くなっていて、そこだけ複線になっている。茂倉信号場と呼ばれるところで、上越線が単線だったころは、清水トンネル内でも上下列車のすれ違いができるようになっていた。
 十分近く猛スピードで走り抜けてトンネルを出た。出たところが土合である。
 土合の下りホームは新清水トンネル内にあるが、上りホームは地上にある。こちらにも列車に乗らない見学者がホームに溢れている。
 もう群馬県側に出たので下り坂だ。鈍行電車は山の中腹を軽快に走る。右側には谷底がちらちらと見えている。長いトンネルと短いトンネルを一つずつ抜けたところで谷が広がり、眼下に集落が見えてきた。その真ん中に線路が一本まっすぐ伸びている。あれがループ線を下ってこれから走る線路だ。
「みちゃん、あれあれ、ループ線がぐるっと回って下に降りた線路!」
「あ、ホントだ。見えたみえた!」
 線路の途中に細長いホームがくっついている。あのホームが次の停車駅湯桧曽の上り線ホームである。
 鈍行電車は次第に左にカーブして、やがてトンネルに入ってしまう。このトンネルの中でぐるりと回って、眼下に見えた線路にたどり着くのである。
 このループ線の絶景を赤シャツさんたちは見ていない。酒を飲んで騒いでいたから疲れて寝てしまっていた。
 トンネルを抜けて湯桧曽に停車した。左の窓から後ろを見ると山の上に線路が通っているのが見える。
「みちゃん、あそこに線路通ってるの見える?」
「うん、見えるよ」
「さっき、あそこを走ってたんだよ」
「ずいぶん降りて来たんだね」
 この列車の終点、水上が近づいてきた。赤シャツのおっさんたちはようやく目を覚まして、また騒ぎはじめる。
 水上駅の手前で右側にターンテーブル(転車台)が見えた。蒸気機関車D51がテーブルの上に乗っている。ちょうど方向転換をしたところのようだ。
 赤シャツさんもD51を見ている。
「おお、あれだ、あれだ! デゴイチだ!」
 赤シャツさんの興奮は、電車がホームに入ってもおさまらない。隣の二番線に六両編成の青い客車が停まっている。方向幕には「快速・EL&SL奥利根・上野」とある。それをいちいち読み上げる。
「快速『SL奥利根』号だ!」
 そして衝撃的な一言が飛び出す。
「あれにな、あれに、乗るぞ!」
 みつこさんと私は思わず目を合わせ、吹き出してしまう。赤シャツ四人組とは結局、長岡から東京方面までずっと一緒の行程なのだ。しかたがない。あとは「EL&SL奥利根号」では席が離れていることを願うしかない。
 電車は12時38分、水上駅の三番線に停車した。
「SL奥利根号」が発車するまでの三時間弱は、喫茶店でカレーを食べたり、ターンテーブル脇で休憩しているD51を見たりして過ごした。



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