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走れ!バカップル列車
第32号 ゆいレール



   二

 沖縄の梅雨が明けたというニュースが入った。
 開けたのは六月十七日で、観測開始以来三番目に短い、わずか二十六日間の梅雨だったという。
 ところが出発前日の六月二十八日の天気予報では、翌二十九日の那覇の天気はくもりのち雨となってしまった。しかも東京は一日雨の予報である。やっぱり傘を持ち歩かなければならない。
「そういうもんだよな」
 私が言うと、みつこさんが答える。
「いや。わしらは晴れ夫婦だから、大丈夫だよ」
 みつこさんは心配してない様子である。
「沖縄行けば、きっと晴れるよ」
 その自信の根拠を知りたいところではある。
 六月二十九日、朝五時に起きた。明け方からアパートの前をクルマが通ると、水しぶきのあがる音がしていた。「雨なんだろうな」と思いながら窓を開ける。雨がしとしと降っている。夜は明けているはずだが、空は暗い。
 荷物を背負って、傘をさして、歩き始める。
 京浜東北線で浜松町へ。モノレールの窓には雨が叩きつけている。レインボーブリッジは霞んでいて、いつもより遠くにあるように見える。
 那覇行きの飛行機は、8時5分発のJAL903便である。さいきんではめずらしいジャンボジェット機だった。二時間半乗って那覇空港に着陸した。
「ひろさん、晴れてるよ」
「ホントだ」
「やっぱりわしらは晴れ夫婦だな」
 みつこさんは得意げである。
 飛行機を降りると通路の中がすでにもわっとした空気につつまれている。
「暑いね」
「沖縄だね」
 青い空に白い入道雲がもこもことそびえている。沖縄はもう夏だ。

「ゆいレール」は那覇空港から出ている。すぐにでも乗りたいところだが、今回は三日目に乗ることにしている。
 二泊する宿は北部の名護市にある。きょうはまずレンタカーで宿に行き、荷物を置いてからまたクルマに乗って、海洋博公園にある「沖縄美ら海水族館」を見学する予定である。
 空港のレンタカー受付はカウンターもなにもなく、バス乗り場に係の人が立っているだけだった。マイクロバスに乗ってくださいと言われ、十五分ほど南へ向かうと巨大なアウトレットモールの脇に、こちらも巨大なレンタカーセンターがあった。
 飛行機も遅れ、手続にもいろいろ時間がかかったので、レンタカーで走りはじめたのは十二時近かった。
 レンタカーセンターは豊見城にあって、そこから那覇市内に入り、国道58号線を北上する。
「普天間基地って広いんだね」
「広いねえ」
「嘉手納基地って広いんだね」
「どこまで続くんだろう」
 那覇市内から片側三車線で続いていた国道58号線は嘉手納ロータリーを過ぎると片側二車線になる。市町村でいうと、那覇市、浦添市、宜野湾市、北谷(ちゃたん)町、嘉手納町と通ってきた。
 嘉手納弾薬庫の丘を越え、恩納村にはいると海沿いに出る。
 仲泊という交差点近くの「シーサイドドライブイン」に入る。もう午後二時近い。ようやく昼ごはんにありつける。二人でなんとかランチというのを頼んだら、ビーフカツ、ミートローフ、白身魚のフライ、エビフライ、ベーコン巻きソーセージ、ケチャップにまみれた骨付き肉、そしてポテトがてんこ盛りになってでてきた。
「すごい量だね」
 さっきまで、「おなかすいた」とつぶやき続けていたみつこさんも、さすがにいっぱいいっぱいのようである。
「やっぱ、アメリカンだなぁ」
 妙に感心して店を出た。
 恩納村から名護市にかけてのこの区間、左には東シナ海が広がる。珊瑚礁の海はエメラルドグリーンだ。水平線の上からは入道雲がわきあがっている。
 沿線の看板を見ていると、ムーンビーチ、タイガービーチといった海水浴場が続く。道路はいつしか片側二車線から片側一車線になっていた。
「万座毛」という看板がみえたので左に曲がってみた。観光は美ら海水族館だけのつもりだったが、早速観光である。
 万座毛というのは半島状に海に突き出た海蝕崖で、古くからの景勝地である。横の展望台からみると岩に穴が開いていて、残った部分がゾウの横顔のようにみえる。波がけっこう高く、ざぱーんざぱーんと波が叩きつけられ、しぶきが飛んだ。
 展望台の海に向かって左側が万座毛だが、右側は「万座ビーチホテル」である。
「あれが万座ビーチか」
 白い砂浜だが遠くから見ると案外小さい。
「ここからみるとしょぼいな」
 みつこさんは辛口モード全開である。むかしは憧れの的だったんだから、などとなだめながらクルマに戻る。名護のはずれにある宿には、十五時半ごろに着いた。

 部屋で一休みしてから、ふたたびクルマで出発。
 美ら海水族館は、名護市街からさらに北の本部(もとぶ)半島の先端にある。
 さらにその先の備瀬というところにフクギ並木があるというので行ってみた。なんだかんだと観光してばかりいる。
 少し戻って美ら海水族館に到着。入館したときに十八時のチャイムが鳴っていた。
「沖縄美ら海水族館」は、一九七五(昭和五○)年の沖縄国際海洋博覧会の跡地に「国営沖縄記念公園水族館」として開園したもので、二○○二年十一月に新しい建物がオープンしたのを機にいまの名称になった。
 建物は海に面した傾斜地にあって、ゲートを抜けると東シナ海を一望できるエスカレーターを下る。途中階に入口があって、そこから入館する。
 館内は、浅瀬、珊瑚礁、黒潮の海、深海という順に、水面から水深千メートルぐらいの海を再現している。見学ルートは斜面にある館内の階段を下るようになっていて、展示されている水槽も進むにしたがって深い海のものになる。
 入館するとすぐにあるのはイノーと呼ばれる浅瀬の海で、上から見下ろせる水槽にヒトデやナマコが横たわっている。
「さわってみてもいいですよ」
 飼育係のおねえさんがいう。
「ヒトデさわるのはちょっと……」
 そうは思ったが、周りのひとはきゃーきゃーいいながらさわっている。自分もちょこっとさわることにした。ざらざらしたオブジェのようだ。
「お、ひろさん、すごいな」
 みつこさんが私がヒトデを触るところをビデオに撮っている。
「ナマコの感触がけっこう評判なんですよぉ」
 飼育係のおねえさんがけしかける。おそるおそるさわってみる。
「ひろさんがナマコを触っています」
 みつこさんが実況中継する。
「ぎゃー!」
 なんだか毛深いスポンジのようだった。
 珊瑚礁の、青や黄色やオレンジの魚を見て、さらに階段を降りていくと、最大の目玉である黒潮大水槽が見えてきた。
「すごいねえ」
 薄暗い大きな部屋に、大水槽の水が青く光っている。水槽のアクリル板は高さ八・二メートル、幅二十二・五メートル、厚さ六○センチと、とてつもなく大きい。水族館の展示窓としては世界最大だったようで、ギネスブックの認定証が水槽の横に掲げられていた。
「すごいよお。あんな大きいジンベイザメが、二匹もいるよお」
 畳二帖分はありそうなマンタや、マグロ、カツオのような魚もいる。暖かい海だからか、おいしそうな魚はあんまり多くなかった。
 水族館を出たら、西の空が赤く染まっていた。
「みちゃん、夕焼けだよ」
「ホントだ」
 すでに夜八時近かったが、太陽の動きは東京の七時くらいだ。夕空の下に見える島は伊江島だろうか。出口に続く上りエスカレーターを昇っている間にも、空の表情は刻々と変わってゆく。
「どんどん赤くなってくね」
「この一瞬、一瞬で違ってくるんだよ」
 駐車場に戻ってクルマを出したときには、外はもう真っ暗になっていた。



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