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走れ!バカップル列車
第31号 東京地下鉄副都心線



   三

 ドーナツを食べて、ふたたび和光市の駅に戻っきたのは十四時をちょっと過ぎたころだった。これから地下に入るのに陽がさしてきた。
 有楽町線・副都心線が出発する三番線に来てみると、ホームの電光掲示板には次のような標示があった。
「直通 1355 渋谷 8両」
「始発 1400 渋谷 10両」
 ほどなくして八両編成の7000系電車が、「各停 渋谷」という標示を掲げてホームに入ってきた。これが13時55分発の電車だろう。すでに十四時を四、五分過ぎている。ダイヤは一○分ほど遅れているようだ。
 7000系という車両は、古くから有楽町線を走ってきた車両である。銀色のアルミ車体に有楽町線のラインカラーであるゴールドの帯を巻いていたのだが、副都心線の開業に合わせて帯の色がブラウンとゴールドの二色になった。副都心線と有楽町線の両方を走るので、このように帯の色を変更したのだろう。
 副都心線開業のポスターなどに登場するのは、最新型の10000系である。この車両は、最初から副都心線へ乗り入れることを想定してつくられている。外観はそれまでの東京メトロの車両とは一線を画しており、先頭車両の前部は半球状になっている。いままでにないデザインはまるで未来図から出てきたかのようだ。車体には、副都心線と有楽町線のラインカラーであるブラウンとゴールドの帯が入っている。
 じつは有楽町線には7000系の後継車両として、10000系が登場するまでの間に07系という電車も走っていた。ところが副都心線に7000系と10000系のドア位置に合わせたホームドアが設置されることになり、07系ではその位置がずれてしまうため、昨年までに有楽町線から撤退している。
 和光市の三番ホームにはカメラを持った鉄道おたくたちがたくさんいて、7000系の写真を撮っている。
「乗るの?」
 みつこさんが訊く。
 どうせ乗るなら新型の10000系に乗りたい。次の電車が10000系かどうかはわからないが、少なくとも次の電車は和光市始発だからこれよりは空いているだろう。
「次のに乗ろう」
「わかた」
 一○分近く遅れて7000系の普通渋谷行きが出ると、すぐに次の電車がやって来る。青白い色のライトが遠くからも見える。こんどは10000系だろう。
「これに乗るよ」
「わかた」
 予想したとおり、新型の10000系電車が十両編成で入線してきた。本来なら14時00分に発車する普通渋谷行きである。
「乗ろう」
 一番先頭の車両に乗り込む。ホームにはおたくたちがたくさんいるが、実際に電車に乗る人はなぜか少ない。いざ乗ってみると、乗客は私たちを含めて十二人だけだった。そのうちの三人が運転席のうしろのガラス窓にへばりついている。地下鉄は前方が見渡せる窓が小さいから三人集まれば満員である。
 それを見て、みつこさんが言う。
「激戦区だな」
「すごいな」
 私も驚くほどである。
「ひろさん、行かないの?」
「うーん」
「負けたな」
 みつこさんが負けを宣告する。
「うん、負けた」
 負けは素直に認めて、みつこさんの隣の席に座る。
 すぐにドアが閉まって、渋谷行き電車は発車した。高架線で東武東上線を跨いでから地下にもぐる。梅雨の合間の青空とは、しばしお別れである。

 和光市を出た副都心線の電車は、有楽町線と共用の線路を走り、地下鉄成増、地下鉄赤塚、平和台と停車してゆく。前の電車がつかえているせいか、とろとろと走る。
 氷川台に停まったところでついに動かなくなった。ドアは開いたままである。暗いトンネルの前のほうをみたら、前の電車もトンネルの途中で停まっているのが見えた。前の電車は、さらにその前もつかえていて小竹向原の駅に入れなくなっているのだろう。
 しばらくして動きだし、ゆっくり走って小竹向原に着いた。ポイントはまっすぐ進み、一番線に着く。ぱらぱらと何人か乗ってきたが、それでも一車両二十人もいない。
 小竹向原からは独立した副都心線の線路になる。池袋までは有楽町新線といわれてきた区間である。路線は一九九四(平成六)年に開業し、途中駅の千川、要町は今回の池袋〜渋谷間開業と同時に使用を開始したが、トンネルも駅も一九八三(昭和五八)年には完成していたのだという。
 二○分ほど走っただろうか、渋谷行きの電車はがら空きの状態で池袋に着いた。
 ホームには乗客がたくさんいる。やはりこれまでの駅とはケタが違う。
 ドアが開くとみんなぞろぞろと乗ってきて、ようやく座席がすべて埋まった。立っている客も出て、東京の地下鉄らしくなってきた。
 副都心線の池袋駅は、丸ノ内線、有楽町線の池袋から二百メートルほど西へ離れたところにある。地上だと丸井があるあたりだから乗りかえにはちょっと歩かなければならない。
 渋谷行きの10000系電車が走り出す。ここから先はまさしく新規開業区間(八・九キロ)である。
 レールは丸ノ内線のさらに下をゆく。渋谷までの線路のほとんどは明治通りの下を走るが、池袋から次の雑司が谷までの間だけ明治通りを外れている。
 池袋を出た副都心線の線路は、東口からグリーン大通りの下を南東に向かっている。東池袋の交差点付近で有楽町線と交差しつつ右にカーブして針路を南に変える。雑司が谷霊園の西側あたりで都電荒川線のルートと合流する。もちろん副都心線は地下、都電は地上だから、互いの姿を見ることはできない。都電鬼子母神前電停の下が副都心線雑司が谷駅である。都電には鬼子母神前のひとつ手前に都電雑司ヶ谷という電停があるのでちょっとややこしい。
 雑司が谷を発車して、目白通りと明治通りが交差する千登世橋付近でようやく明治通りの真下にたどり着く。ここから先は終点渋谷までずっと明治通りの地下を走る。
 トンネルは、駅部分は「開削式」という、地上からひたすら掘っていく方式でつくられている。駅と駅の間は「シールド工法」というドリルのような巨大な機械で掘り進める方法をつかっている。トンネル断面が円形になっているから、見分け方は簡単である(雑司が谷駅と西早稲田駅も一部シールド工法)。池袋〜新宿三丁目間は渋谷方面と和光市方面の線が別々のトンネルになった単線シールドである。
 急坂を下って神田川の下をくぐる。このあたりが副都心線で一番深い地点だという。
 東西線の下を通って坂を登り、西早稲田に停車。
 副都心線では東京メトロ初の「急行」が登場した。急行は、和光市〜渋谷間で運転され、途中停車駅は、小竹向原、池袋、新宿三丁目のみ。池袋〜渋谷間を普通(各駅停車)は十六分でむすび、急行は十一分で走る。遅い普通は、次の東新宿で急行に道を譲る。
 東新宿は大江戸線との乗換駅にもなっている。ホームは上下式で、渋谷方面行きが地下五階、和光市方面行きが地下六階である。島式ホームの両側に線路を配置し、急行が普通を追い越せるようにするためで、敷地の狭い場合にこのような設計をする。土地の権利は地下にも及ぶから、勝手に掘って幅を広げるわけにはいかないのである。
 いま乗っている電車は普通なので右にポイントを渡って停車。三、四分ほど停まる。
「あれ、どうしたの?」
 池袋を発車したころからすやすやと居眠りしていたみつこさんがむくっと目を覚ました。電車がしばらく停まっていると目が覚めるようである。
「急行の通過待ちだよ」
「ふうん、そうなんだ」
 みつこさんは、目をとろんとさせたままホームの向こう側をみている。
 するとゴーッという音がしてホーム反対の線路を急行電車が通過して行く。ただしホーム向こうの線路側には壁がつくられているため、通過する電車は銀色の屋根しか見えない。



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