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走れ!バカップル列車
第31号 東京地下鉄副都心線



   一

 明け方、みぞおちあたりの痛みで目が覚めた。キリキリと痛みが増していき、吐き気まででてきた。口の周りによだれがたまってくる。
 がまんできないほど痛むようになった。よろよろ歩いてかかりつけの医者に行った。待合室で順番を待っていたら地震が来た。ビルの四階なのでゆら〜りゆら〜りと船のように揺れる。岩手・宮城内陸地震だった。
 きょうは二○○八年六月十四日、東京地下鉄副都心線開業の日なので乗りに行こうと思っていたのだが、腹も痛いし、地震も心配なので、がまんして家で寝ていることにした。
 副都心線には、開業初日に乗ることができなかった。それはそれでしかたがない。そのまましばらく様子をみることにしたが、次の日曜日には腹の調子もだいぶおさまってきた。
「みちゃん」
「なに」
「副都心線、乗りに行く?」
「ひろさん、おなか大丈夫なの?」
「だいぶおちついてきた」
「それなら、いいけど」
 だらだらしていた日曜の午前中だったが、出かけることを決めてから、いそいそと準備をはじめて、昼ごろ家を出た。こんかいは長旅ではないし、乗る列車は頻繁に運転する地下鉄だから、予定もかなり適当である。
 くもり空の下を歩いて王子の駅前まできた。
 王子からはJR京浜東北線と地下鉄南北線が出ている。みちゃんがいう。
「和光市から乗るんだよね?」
「そうだよ」
 副都心線の始発は和光市からになっているから、今回開業した池袋〜渋谷間だけでなく、和光市からの全線に乗りたい。
「和光市までどうやって行く?」
「そうだなぁ……」
 ここは思案のしどころである。できれば、和光市にたどり着くまで副都心線には乗らずにとっておきたい。副都心線以外の鉄道で和光市にでかけるには、池袋から東武東上線に乗るか、地下鉄有楽町線に乗る方法がある。
 みつこさんが、副都心線を紹介する東京メトロのパンフレットを見ながらいう。
「メトロの一日乗車券てのがあるよ」
「へえ」
「七一○円だよ。お得じゃない?」
「四回乗れば元がとれるね」
「お得じゃない? お得じゃない?」
「はいはい、お得だね」
 そこで考えた。
「じゃあ、きょうは一日、ずっと地下だけとおって副都心線に乗って、それでまた帰ってくるってことにしようか」
「いいねえ。いいねえ」
「てことは、南北線だね」
 そう言いながら、階段を降りて、地下鉄南北線の乗り場に向かった。
 一日乗車券には、券売機で売るふつうの切符とさほど変わらない素っ気ないものと、窓口で売るプリペイドカードのものがある。プリペイドカードのほうが、イラストがデザインされているので、そっちの一日乗車券を定期券売り場で買った。

 副都心線は、計画段階では十三号線と呼ばれていた。
 その建設は、一九八○年代にまでさかのぼる。そんな昔から建設をはじめて、二十年以上も経ったいまになって開通とはおかしいと思うかもしれない。しかし実際、十三号線の建設は長い道のりだった。
 副都心線の列車が走る区間で、もっとも早く開業したのは営団成増(現地下鉄成増)〜小竹向原(こたけむかいはら)間である。一九八三(昭和五八)年六月のこの開業は、一般的には有楽町線の営団成増〜池袋間の延伸開業として知られている。
 計画段階では、営団成増〜小竹向原間は十三号線(のちの副都心線)、小竹向原〜池袋間は八号線(有楽町線)であったが、すでに池袋〜新富町間で有楽町線が運転をはじめていたので、有楽町線に吸収されてしまったのである。
 同じ年の八月には西武有楽町線(小竹向原〜新桜台間)が開業している。
 その後、一九八七(昭和六二)年八月に和光市〜営団成増間が延伸開業し、東武東上線との直通運転がはじまった。
 七年後の一九九四(平成六)年十二月には、有楽町線の線路とは別の複線の線路が「有楽町線新線」(あるいは「新線」)として、小竹向原〜新線池袋間に新規開業した。これが独立した十三号線としては最初の開業である。しかし、このときも有楽町線の一部のような扱いであり、とても華やかとはいえない、ひっそりとした開業だった。JTB時刻表では、地図にも載っていなければ、時刻欄にも「新線池袋」発着の初電・終電の時刻や「新線池袋発着は要町・千川通過」などの文字が申し訳程度に標記されているのみであった。
 残る池袋〜渋谷間は二○○一年六月になってようやく着工された。池袋〜渋谷間はほぼ全区間が明治通りの地下を通ることになり、明治通りでの大規模な工事がはじまって自動車の渋滞が激しくなった。
 池袋〜渋谷間の地下鉄線は七年の工事を経て、ついに完成した。二○○七年一月には路線名が「副都心線」と決まっている。東京地下鉄は「副都心線」の開業を大々的に宣伝し、メディアもこぞって東京のあらたな地下鉄の登場を歓迎した。
 開業の日は二○○八年六月十四日に決まった。有楽町線の兄弟として、まるでさなぎのような暮らしをしていた十三号線は、ここに至ってようやく華やかな蝶としてはばたくことになったのである。
 池袋〜渋谷間の開業にともない、小竹向原〜新線池袋間の「有楽町新線」は、路線名称を「副都心線」に変更し、「新線池袋」という駅名は副都心線の「池袋」に変更された。同時に、それまで通過していた要町、千川も副都心線の駅として開業した。
 和光市〜小竹向原間は有楽町線との共用区間として、旅客案内上、運転系統上、副都心線にも組み入れられた。この区間はもともと十三号線だったのだという副都心線のささやかな自己主張のようだ(路線としての副都心線は小竹向原〜渋谷間の一一・九キロである)。
 今回の副都心線開業は、突如として池袋〜渋谷間の地下鉄が誕生したようにいわれているが、和光市〜小竹向原〜池袋間の有楽町線・有楽町新線とされていた経緯を含めて考えれば、実態としては延伸開業である。
 副都心線は、計画段階だけでなく、開業後も有楽町線とは兄弟の関係を続けている。
 和光市を発車した列車には、小竹向原から有楽町線に入って新木場に向かうものがあれば、副都心線に入って渋谷に向かうものもある。和光市始発の列車もあり、また東武東上線川越市方面から直通してくる列車もある。
 さらに小竹向原には西武有楽町線も乗り入れており、西武線飯能方面から有楽町線や副都心線へ直通する列車も登場する。小竹向原は四方向からの列車が複雑に交差するジャンクションになる。
 二○一二年度には渋谷で東急東横線とも接続する予定で、埼玉・東京西部・神奈川をむすぶ新たな流れが生まれると期待されている。



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