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走れ!バカップル列車
第30号 急行つやま



   四

 急行「つやま」は、大阪方面へ戻るような方向へ走りはじめる。
 頭上の高架橋にはN700系の東京行き「のぞみ16号」がやってきて、みるみるうちにローカル急行を追い抜いて行く。
 津山線を走る列車は、いつしか山陽本線とも分かれ、北に向かって進む。岡山近郊の住宅地が続いていて、最近つくられた雰囲気の建売住宅が並んでいる。
 法界院を通過して、住宅や田畑が混じる平野を走っていると、五、六メートルほどの高さの堤防が右から近づいてくる。堤防は線路から見上げるほどに立ちはだかり、その向こうの旭川はまだ見えない。
 備前原を過ぎ、玉柏(たまがし)の手前くらいで旭川が見えてきた。広くて水のきれいな川だ。津山線は途中の小原付近まで旭川とその支流に沿って走る。
 玉柏と次の牧山の間は、旭川がS字形に蛇行しているところで、津山線の線路もくねくねと曲がる川に忠実に沿っている。左右には山が近づいて、大きな谷を形づくっている。川を右に見ながら軽快に走っていた急行列車も速度を落とし、川のほとりの急カーブをゆっくりと左に曲がってゆく。
「いい景色だねえ」
 みつこさんが言う。
「『つやま』いいねえ。乗って良かったよ」
「そうかい」
 みつこさんは岡山からじっと窓の外を見ている。津山線では居眠りはなんとかしないで持ちこたえている。
 山陽自動車道をくぐると、こんどは右に曲がり、左に山が迫ってくる。列車は崖の上から広い谷と緑色に輝く川面を見おろしながら走る。思わず窓を開けると、まだちょっとつめたい風が気持ち良い。
 キャンプ場の脇を抜けると、線路はいったん川を離れる。やや登り坂になって手立トンネルを抜ける。
 川が作り出す谷の中を進んで、最初の停車駅金川(かながわ)に停まる。特に乗り降りもなく発車。列車はまた川と分かれて山を登り、レンガ積みの箕地トンネルを抜ける。
 山を下り谷が開けると平地が広がってきて、水を張っていない田んぼや家が見えてくる。少しずつ建物が増えてきて街になり、こぢんまりした味わいのある駅舎の建部を通過。鉄橋で旭川を渡って福渡に停まった。ちょうどこのあたりが津山線の中間地点である。
 福渡を出るとまた谷が深くなる。線路は旭川の本流とは別れ、支流の誕生寺川に沿って走る。誕生寺川は旭川と分かれると逆S字に曲がる。線路もこの流れに沿って急カーブを描く。谷と線路と川が大きく蛇行する風景はスケールが大きく、見ているだけで爽快な気分になる。
 神目(こうめ)を通過するころには川は細くなり、山がちになってくる。
 みつこさんが窓の外を見て言う。
「藤が咲いてるよ」
「どこ?」
 私は思わず過ぎた風景を追う。
「ほらほら、また」
 みると、棚になっていない自生の藤が、淡い紫色の花をつけていた。
「みちゃん、きょうは居眠りしないんだね」
 ふと不思議におもって、みつこさんに訊いてみた。
「そうだよぉ。いつも肝心なところで寝てるって言われるから、がんばって起きてるんだよ」
「ああ……」
 みつこさんは、みつこさんなりに、けっこう努力をしているのである。
 車窓はのどかな農村になっている。神目から弓削のあたりだ。おばあさんが野良仕事をしている。ところどころ鯉のぼりが出ていて、風にたなびいている。
 誕生寺の先に誕生寺池があって、ここで誕生寺川とはお別れになる。小原を過ぎると津山まで吉野川の支流の皿川に沿って走る。
 駅舎から亀のアタマがでている亀甲(かめのこう)に停まった。
 さらに北に進み、山を抜け谷が開けると盆地が広がる。津山の街に入った。
 左から姫新線が合流する。右側に時代物の扇形機関庫を見て、急行「つやま」は12時18分、津山駅一番線に到着した。

 駅を出て、吉井川の橋を渡って、津山の街を歩くことにする。
 まずは腹ごしらえである。橋を渡り少し歩いたところでたまたま見つけた食堂に入ったら、若い姉妹とお父さんとが店を切り盛りしている明るい雰囲気のお店だった。お姉さんが「どちらからお越しですか」といった感じでいろいろ話しかけてくれて、津山の見どころなども教えてもらった。
 注文した海鮮丼とチキンカツ定食はどちらもおいしくて、しかもこれでもかというほどのボリュームだった。大満足して店を出た。
「津山は、いいところだなぁ」
 街を歩き始めたばかりなのに、みつこさんがそんなことを言う。
 たしかに街で出会った人がいい人だと、それだけでその街の印象ががらりと変わるから不思議だ。私たちにとって津山の印象は、食堂で出会った姉妹の印象になっている。
 津山城趾の鶴山公園に行ってみる。最初は行かなくてもいいか、などと話していたのだが、食堂のお姉さんに勧められたので、やっぱり行くことにした。石段を登って天守閣のあったところまで行くと、あちこちに真っ赤なツツジが咲き乱れている。南側の崖っぷちからは津山の街が一望できる。空は青く、太陽がさんさんと照りつけて、もう暑いくらいだ。登ってくるときは息が切れ、汗をかいたが、街を眺めながら少しばかり涼んでいた。
 お城から東に一キロほど歩いたところに街並み保存地区がある。
 焦げ茶色をした格子窓の古い商家や民家が、旧出雲街道沿いに並んでいる。落ち着いてゆっくり街並みを見ていたかったが、細い旧街道に自動車が頻繁に走ってくるのでちょっと危ない。
 駅に戻る道で自転車に乗った高校生たちに「こんにちはぁ」と声をかけられた。さいきん、こんな風に声をかけられることが少なくなったので一瞬驚いたが、「こんにちは」と返事をした。
 津山駅に戻ったのは一五時半ごろだった。帰りは急行や快速でなく、鈍行で岡山に行きたいねと、みつこさんと話していたのだが、次の岡山行きは幸か不幸か、15時46分発の急行「つやま」だった。今日中に高松まで行く予定で、その次の鈍行に乗るとなると、高松着が遅くなってしまうので、乗車券と急行券を買って「つやま」に乗ることにした。
 来た道を戻って岡山に出て、岡山からは瀬戸大橋を渡る快速「マリンライナー49号」に乗って、高松には18時6分に着いた。
 翌日から三日間、N夫妻とともに直島を歩いた。ただし直島に鉄道は走っていなかったので、くわしい話は省略させていただく。



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