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走れ!バカップル列車
第30号 急行つやま



   三

 お正月のころには遥か先のことだと思っていたゴールデンウイークが、あっという間にやってきた。ことし二○○八年は、五月三日から六日まで四日連続で祝日・休日になる。
 この四連休の初日から二泊三日で計画したのが今回の直島旅行の基本的日程なのだが、N夫妻は前日五月二日の夜22時に「サンライズ瀬戸」で出発し、私たちは同じ五月二日の朝7時30分に東京駅から「のぞみ」で出発することになった。
 夜まではふつうに働くN夫妻にちょっと悪いなと思いつつ、みつこさんと私は王子駅から京浜東北線に乗り込んだ。空はくもっていて、やや肌寒い。東京駅には七時少し前に着いた。
 東京駅の通路にあるおにぎり屋さんがちょうど七時に開店したので、サラリーマンのおっさんたちにまじっておにぎり四つと唐揚げと浅漬けを買う。そうして「のぞみ9号」が発車する一九番ホームへ向かう。
 階段を登っていると、ホームで列車の接近を知らせるベルが鳴る。
「みちゃん、500系が来るよ」
「わかた」
 小走りで階段をあがる。ホームに着いて有楽町方向に歩いていると、向こうから鋭く尖った先頭車の500系「のぞみ」が風のようにやってきた。
「うおおおおっ」
「かっこいいねぇ」
 グレイとブルーの車体を眺めながら前のほうに歩いて行く。一番前の先頭車はロケットのようだ。全長二十七メートルの車体のうち、流線型の部分は十五メートルであり、じつに半分以上を占める。
 この先頭の形状と、丸まった円筒状の断面は、ほかの新幹線車両にはない特徴になっているが、これがかえって機能として不便を感じる人もいるという話を聞く。たしかにそういう側面も否定できないが、逆に私は機能ばかりを重視した700系やN700系にはなんの魅力も感じない。こんなつまらない車両が増えれば、旅までがつまらなくなる。見ているだけで、乗っているだけでワクワクする、ドキドキする。そんな新幹線は、もう500系が最後なのかもしれない。
 一九番ホームの一番前には、鉄道おたくのお兄さんたちや、ちいさな子供を連れたママさんたちがしきりにカメラをパチパチやっている。運転席付近を背景に入れて、記念写真を撮るのである。もちろん私たちもその仲間で、三脚まで持ち出して写真を撮った。
 東京駅一九番ホームの有楽町寄り先端には、レンガでつくられた記念碑があって、メガネをかけたおじさんの肖像と「一花開天下春」と書かれた文字がレリーフになってはめ込まれている。
 このおじさんの名は十河信二である。国鉄第四代総裁として、技師長の島秀雄らとともに新幹線開業に尽力した。「一花開天下春」は「一花(いっか)開いて天下の春」と読み、十河の座右の銘だそうである。
 昭和三十年代の日本に、新幹線の必要性を感じる人など皆無だったろう。全国で蒸気機関車がふつうに走っていた時代である。そんななか七年あまりの短い期間で新幹線は完成した。総裁十河と技師長の島。この二人が新幹線開通までになにをしたか、どんな逆風に吹かれていたか、知れば知るほど、新幹線という存在がまるで奇跡のように思えてくる。

 八号車一七番A・B席に着く。しばらくすると定刻の7時30分になって、「のぞみ9号」は静かに発車した。十河信二の記念碑を横に見ながら、500系新幹線が博多へ向けて走り出す。
 品川、新横浜と停車して、「のぞみ」は東海道を時速二七○キロで西走する。
 東京駅で買ったおにぎりを食べ終えると、隣のみつこさんはさっさと寝てしまった。私も窓のほうを見ながら目を閉じてじっとする。
 グリーン車のふかふかの座席が心地良い。ほかのグリーン車にそんなにたくさん乗ったことはないから、簡単に判断はできないが、座席のほどよいフィット感や上下に動くヘッドレスト、天井の高さと落ち着きのある照明など、かなり上の部類になるのではないかと思う。
 京都で陽気な白人観光客が降り、新大阪と新神戸では髪の毛茶色で日焼けしてる系のスーツ姿の若い男衆がどやどや乗ってくる。ホストかそれとも宝石でも売っているのか、なにをしている人たちなのか、ちょっと見ただけでは想像がつかない。
 トンネルを抜けると街並みの向こうにうっすらと淡路島の浮かんでいるのが見える。西明石を通過すると淡路島と街並みの間に明石海峡が見える。
 ぼんやりしてたら姫路を通過してしまった。姫路通過の時に姫路城を見損ねたのは久しぶりのことである。姫路を過ぎると500系「のぞみ」はいよいよ時速三○○キロまで速度を上げる。
 そうこうするうちに岡山に近づいてしまった。降りる準備をしなければならない。
 隣で居眠りをしていたみつこさんがもぞもぞと起きた。
「快適だなぁ」
 みつこさんが伸びをしながら言う。
「よかたね」
「あまりに快適だからサ……」
「?」
「もっと乗っていたいよ」
 なかなかうれしいことを言う。
「もう降りるのかよ、って感じだね」
 それでこそ、鉄道おたくの嫁である。このうれしい発言に私も最大限応えなければならない。
「じゃあ、このまま博多まで乗っていくか」
 私だって、異存はない。
「いや、そこまでしなくてもいいんだけど」
「あ、そう」
 けっきょく岡山で降りることにした。
 ホームに立って、500系「のぞみ」を振り返る。発車時間が来ると、円筒状のグレイの車体が一六両つながって、ゆるやかなカーブを描きながら博多へ向けて走っていった。

 岡山の空は、少し霞んでいるが晴れている。跨線橋を歩いて、津山線が発車する九番ホームに来ると、急行「つやま」はすでに入線していて、ディーゼルエンジンをカラカラとアイドリングさせていた。
「これが急行?」
 みつこさんが目をきょろきょろさせてローカル急行を眺めている。
「そうだよ」
「ふつうの電車だね」
「電車じゃないけどね」
 車両の形式はキハ48形というディーゼルカーである。国鉄時代に製造された鈍行列車用の車両で、列車が急行なのに車両は鈍行用だから「格下げ」である。車体の色はベージュ色で、運転席上のおでこの部分に「急行」という字幕が掲げられている。
「みじかいね」
「あんまり乗客は多くないんじゃないかな」
 車内に入ると、二両編成の客室にはパラパラとしか人が乗っていなかった。
 津山線は、岡山と岡山県北部の津山とを結ぶ五八・七キロの比較的短い路線である。かつては因美線に直通して鳥取までの急行列車も走っていたが、いま津山線を走る急行、快速はすべて津山止まりである。岡山から鳥取へ直通する列車には特急「スーパーいなば」があるが、山陽線・智頭急行線経由なので津山線は通らない。
 現在津山線には普通列車がおよそ一時間に一本程度、快速「ことぶき」が六往復、そしてこれから私たちが乗る急行「つやま」が一往復走っている。化石のように一往復だけ残る「つやま」は、いつ快速に統合されてもおかしくない。
 定刻11時13分になった。ドアが閉まり、ぶおおおおっとすごいエンジン音を立てて、「つやま」はゆっくりと発車した。



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