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走れ!バカップル列車
第30号 急行つやま



   二

 一部屋だけとれた寝台券をまじまじと眺める。
 これ一枚だけで、どうしようか。結局、一枚しか取れなかったら、やはり私たちだけが「サンライズ瀬戸」に乗ることになるのだろう。そのばあいN夫妻は飛行機で行くのか、新幹線で行くのか。いまからだと飛行機の予約は難しいかもしれない。代替手段をどうするかも悩みの種になる。
 四月中旬、N夫妻と私たち四人で作戦会議を開くことになった。会場は神田のとある居酒屋の一室である。
 とりあえずN夫妻に「サンライズ瀬戸」の寝台券の話をする。
「いまのところ、一枚しかとれてないんですよ」
 私がその一言をいったきり、みな無言になる。ビールをぐびぐびやる音がやけに響いてくる。
「そしたらさぁ……」
 N夫人が言う。
「せっかくだから、これ私たちが乗らしてもらおうかな。一度乗ってみたかったし」
 これは意外であった。
 寝台券が一枚しかなかったら、てっきり私たちだけが乗るのだとばかり思っていたが、N夫人が自分たちが乗ってみたいと言うのである。
「いいですよ」
 私は即答した。
 鉄道おたくはつねに自分が鉄道に乗りたいから、他人が乗りたいといって自分が乗れないと不満を感じる、と思われがちである。しかし実際はその逆である。鉄道おたくの自分を差し置いてまでも乗りたいと言われると、鉄道おたくは、少なくとも私は、うれしいのである。一人でも多くのひとに鉄道に乗って欲しい。一人でも多くのひとに鉄道の良さをわかって欲しい。だから、N夫人に「サンライズ瀬戸」に乗りたいと言われて、私は密かによろこんだ。
「悪いねえ」
 N夫人はなんだか申し訳なさそうにいうが、むしろ逆である。
「いいのいいの、私らは一度乗ってるから」
 ほんとうはうれしいのだが、がまんしているように思われているかもしれない。
「いや、本当にいいんですよ」
 そう言うほどにやせ我慢してるように見えそうだ。
 そんなやりとりがあって、まずN夫妻が「サンライズ」に乗ることになり、もう一部屋分寝台が取れたら私たちも「サンライズ」に乗り、取れなかったら私たちは別の方法でなんとか高松に着いて、五月三日に高松で落ち合うことになった。

 最後まで「サンライズ瀬戸」の寝台券を諦めてはいけないが、もし取れなかったとき、私たちはどうやって高松に行くか考えとかないといけない。
「みちゃん」
「なに」
「高松、どうやって行こうかね」
「どうしようかね」
「朝一番の『のぞみ』で出ても、高松着は十時過ぎちゃうんだよ」
「前泊は?」
「おらはいいけど、みちゃん大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「じゃあ、早めに行って、どっか見て回って、岡山か高松に泊まる?」
「東横インでいいじゃん」
「そうだな」
 岡山、高松周辺でどこに行くのがいいだろうか。地図を眺める。
 直島で安藤忠雄の建築をみるので、もっと広げて岡山近辺の安藤建築を見るのもいい。たとえば少し奥に入った高梁市成羽町には成羽町美術館がある。岡山市内の朝日新聞社岡山支局も安藤建築である。あるいは岡山電気軌道の路面電車に乗るのもいい。あるいは少し南の鷲羽山付近まで行って、下津井電鉄の廃線跡をたどるのもいい。
 そうしてあれこれ考えているうちに目に留まったのが津山線であった。
 津山線にはJR最後の昼間の急行列車、「つやま」が一日一往復で走っている。安藤建築も、岡山電気軌道も、まだ当分楽しめるはずである。下津井電鉄はすでに廃止されているから、これはこれでまたいつでも楽しめる。そう考えてみると、これらのなかで一番危ういのは急行「つやま」である。津山線には「ことぶき」という快速列車が急行とほぼ同じ速さで走っている。ダイヤ改正があれば昨年六月に廃止された芸備線の急行「みよし」同様、あっけなく消えてしまいそうだ。
「急行『つやま』に乗ろう」
「どこ走ってんの?」
「津山線だよ。『つやま』で津山線に乗って、津山の町をいろいろ見てみよう」
「いいよ」
「短い路線だから、乗るのは一時間ぐらいだよ」
「あたしの好きな小さな電車だね」
「そうだよ」
 津山行き急行『つやま』は岡山を11時13分に出発する。これに間に合う東京発の新幹線は7時30分発の「のぞみ9号」である。三月のダイヤ改正以後、ただ二往復のみ残った東海道を走る500系「のぞみ」だ。新型N700系の登場で、500系「のぞみ」は今年中に東海道新幹線から姿を消すことになっている。もし乗れるとしたら、東海道の500系はこれが最後になるかもしれない。そうだとしたら、これもなにかに導かれてのことだろうか。
 四月三十日になった。キャンセル待ちが取れたという連絡は来ていないが、「サンライズ瀬戸」乗車日の二日前なので、再びみどりの窓口に行くことにした。
 JR指定券の払戻手数料は、二日前までは三二○円だが、前日から乗車時刻までは券面額の三○パーセントと割高になる(下限三二○円)。手数料が三二○円で済むギリギリのときに払い戻す人が多いので、キャンセル待ちをするなら二日前が狙い目なのである。
「五月二日のサンライズ瀬戸号の指定券ありますか」
 窓口で訊いてみた。駅員がコンピューターをかちゃかちゃと操作する。
「ありませんねえ」
 この時点で、私たちの「サンライズ瀬戸」はなくなった。
 やはり急行「つやま」へ路線変更するしかない。そのまま窓口で東京から津山行きの乗車券と「のぞみ」の特急券、「つやま」の急行券を買った。
「のぞみ9号」の普通車指定席も売り切れてしまっていたが、ここまで来たらもう500系「のぞみ」に乗るしかないので、グリーン車にした。500系のグリーン車に乗るのもきっと最後になるのだろう。



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