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走れ!バカップル列車
第29号 吾妻線・両毛線鈍行電車



   四

 吾妻線の鈍行電車は渋川から上越線に入り、高崎に向かう。
 このあとどうするかは考えていなかったが、新前橋で降りて両毛線に乗ることにした。吾妻線の電車で新前橋に着いたのが14時24分。次の両毛線電車は14時47分の宇都宮行きである。
 両毛線は上越線の新前橋から東北本線の小山まで、全長八四・四キロを走る路線である。厳密にいうと小山が起点らしいが、時刻表では新前橋から小山に向かうほうが下り列車になっている。
 両毛線の名は、上野国と下野国という両方の「毛」の国を通ることから名づけられた。しかし「上野」「下野」という文字だけ見ていても、なぜ「毛」が出てくるのかがわからない。
 古代においては、いまの群馬県・栃木県は一つの国をなしていて、毛野国(けぬのくに)と呼ばれていた。やがて律令制が敷かれて分割され、上毛野国(かみつけぬのくに)、下毛野国(しもつけぬのくに)となった。ところが和銅年間に国・郡・郷などの地名は二文字にすべしという御触れが出たために、どれか一文字削らなければならない。そこで「毛」の文字を取って、上野国(こうずけのくに)、下野国(しもつけのくに)としたのである。そうした経緯があって、いまでもこの二国を両毛と呼んでいる。
 なぜ群馬が「上」で、栃木が「下」なのか。現代の感覚からするとわかりにくいが、この謎を解く鍵は古代の東山道である。
 大きな国を二つの国に分割するときは、街道に沿って都に近いほうを「上」あるいは「前」、遠いほうを「下」か「後」と付けるのが通例である。東山道は奈良方面から滋賀、岐阜、長野、群馬、栃木と東へ向かう道だから、毛野国の分割についてもこの例にしたがって奈良側を「上野」、もう一方を「下野」としたのである。
 話はさらにそれるが、千葉県の中部が上総国と呼ばれ、北部が下総国となっているのは、最古の東海道が相模国の三浦半島からいまの東京湾を渡って対岸の房総半島へ通じていたからである。このルートは日本武尊が東征したときとおおよそ同じである。着岸したところが「上総」となり、都から遠い北側が「下総」となっている。これも東京を中心とする発想ではなかなかわかりにくい。
 高崎始発・宇都宮行きの両毛線電車はとても混雑して到着した。かろうじて、みつこさんと私はあいている席を確保した。向こうの空には榛名山が見えるが、午後になって空が霞んできたのか朝よりちょっとぼんやりしている。
 電車は高架線を通って右にカーブし、上越線と分かれて、利根川を渡る。
 ひと駅走って前橋である。県庁のある街だけに、降りる人、乗ってくる人、どちらも多い。
 両毛線の鈍行列車は、ビルや住宅が建ち並ぶのっぺりとした平野を走る。
 上野国の国府は、新前橋の北西約四キロほどの場所にあったとされる。下野国の国府は、終点小山の北約七キロほどにあったといわれる。そうだとすれば両毛線は、上野と下野を通り抜ける東山道とほぼ同じルートを走っているともいえる。しかも車窓にちらちらと見える桜の花は、どれも満開である。緯度がほぼ同じのまま東に進んでいるから、きょうの両毛線は桜の「満開前線」上を走っているのかもしれない。

 伊勢崎に着いた。乗客の多くが降りる。立っている人も一両あたり四、五人程度に減った。高崎方面からの両毛線列車は、前橋止まりが一番多いが、その次に伊勢崎止まりが多い。この乗客の変動ぶりを見ればそれも納得がいく。
 JRの駅に並んで東武伊勢崎線の駅が見える。浅草から出発する伊勢崎線の終点がここである。北千住〜北越谷間は複々線にもなる大動脈だが、伊勢崎に着くころには単線になって、ローカルな雰囲気がいくぶん漂う。
 伊勢崎から先の両毛線は、二駅あるいは三駅ごとに東武線と近づいたり接続したりする。東武線はどの線も東京へ向いているが、両毛線は東京どこ吹く風といった様子で東山道を走っている。
 渡良瀬川を渡って桐生を過ぎる。森高千里の歌で有名になった渡良瀬橋は足利にある。電車が足利駅に着く少し手前で、ビルの間からちらっとみえるトラス橋であった。
 この鈍行電車は小山から東北線に入って宇都宮まで走る。そこでふと思い立った。
「みちゃん」
「なに」
「このまま宇都宮に行ってサ……」
「うん」
「餃子、食べようか」
「うお、いいねえ」
 みつこさんの顔がまたまた輝く。
 そうして宇都宮まで乗るつもりになったところで、車窓を見ていたら、線路端に満開の桜がずらりと並木になっているところを見つけた。看板が立っていて「足利フラワーパーク」とある。フラワーパークの名は聞いていたが、こんなところにあるとは知らなかった。
「みちゃん、降りよう」
 これまた突然思い立つ。
「え!?」
 みつこさんが驚いている。
 予定外の行動だが、次に停まった富田という駅で電車を降りた。
 駅の案内を見ると、たしかにフラワーパークの最寄り駅だが、徒歩十五分かかるという。道順がわからないのでタクシーに乗ることにした。目の前にある掘建て小屋のようなタクシー営業所を訪ねると、いかにもやる気のなさそうなおっさんが出てきた。やけに日焼けしていて前歯が抜け、ズボンのベルトを締めながらよたよたと歩いてくる。
「フラワーパークまで」というと、めんどくさそうにクルマを出す。近いはずだが八○○円かかった。
 来てみると桜は電車から見えた並木だけで、園内にはなさそうだ。ここは五月ごろの藤の花が有名なところなのである。フラワーパークには入らず、外の道の桜だけ見て富田駅に戻ることにした。
 帰りは歩いたが一○分で着いてしまった。さっきのタクシーはずいぶん遠回りしてたことになるが、やる気なさげなおっさんの顔を思い出すと、なぜか笑いしかこみあげてこない。
 富田から16時59分発の両毛線に乗る。小山止まりの列車だが、宇都宮の餃子は食べる。小山で東北線に乗り換え、宇都宮18時19分着。駅ビルで餃子をたくさん食べて帰ってきた。
「青春18きっぷ」の残りの一回分は、月曜日に横浜に出かける用事があったので、そのときに使った。もったいないようにみえるが、関内までの往復分一○八○円がタダになる。



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