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走れ!バカップル列車
第29号 吾妻線・両毛線鈍行電車



   二

 快速列車は長い十五両編成でやってきた。
 ホームのアナウンスでは、私たちが乗ろうとした前方の車両は、途中の籠原駅止まりだといっている。十五両のうち、前の五両が籠原止まり、後ろの十両が終点の高崎まで行く。列車の到着時刻はもう近づいていて、いまから後ろのほうに移動する時間がない。しかたないので、そのまま籠原行きの車両に乗ることにした。
 東北線・高崎線の電車は中距離列車でも、窓に背を向けたロングシートであることが多い。前五両の電車には、四人がけボックスシートもある。みつこさんと二人で、一つのボックスを陣取る。車内はけっこうすいていて、一つのボックスに一人か二人ぽつぽつと乗っているだけである。
 電車は快調に走る。大宮で何人かぱらぱらと乗ってきた。
 大宮で東北本線と分岐して高崎線に入る。鉄道博物館の脇を抜け、関東平野を北西へ進む。みつこさんは早速居眠り開始。
 桶川を過ぎると、高崎線の電車は武蔵野の面影を残す雑木林の中を走り抜ける。吹上の先で、ほんの短い間だが左に荒川の土手が近づいてくる。土手には一面菜の花が咲いていて、黄色が朝の光に鮮やかに映える。熊谷で秩父鉄道のオレンジ色の電車を横に見て、さらに一駅走って籠原に着く。ここで四分停車。乗っている車両は切り離されて車庫に入ってしまうので、荷物をまとめて後ろの十両に移る。
 前五両を切り離したあとの高崎に向かう車両は、けっこう混雑している。買い物のおばちゃん、部活の中高生、山歩きのおっさん……立つ人が多くとても座れない。空席がないかと後ろへ後ろへとホームを歩いていたら、ようやく一番後ろの車両まできて座席がみつかった。それも二人並んで空いているところはないので、別々に離れて座った。座席は進行方向に対して横に向くロングシートである。
 籠原より北にくると、東京では散り始めた桜が見ごろである。広い敷地をもつ工場の脇には桜の木が植えられていて、満開の桜が一列に並んでいる。新町を過ぎると前方に山が見えてくる。関東平野の突き当たりがだんだん近づいてくる感じだ。
 10時14分、時刻通りに高崎に着いた。
 いったん改札口を出て、混雑している駅のコンコースを進む。めざす「登利平」は、「モントレー」と名づけられた駅ビルの五階にある。
 お昼には時間がまだ早く、店は開いていなかったが、持ち帰り用の「鳥めし」は入口の脇でもう売っている。売り場のおばちゃんは「このほかにもご注文くだされば、お作りいたしますよ」と言ってくれる。いろいろ迷ったが、カウンターに並んでいた「鳥めし」の「松」と「竹」を一つずつ買う。
 ふたたび改札を入る。六番ホームで10時45分発大前行きを待つ。吾妻線の線路は上越線を二○キロほど行った渋川から分岐するが、普通列車はすべて高崎から出ている。しばらく待つと、もはや都内では見られなくなった湘南色の電車が三両編成で入線してきた。後方、三両目の車両に乗り込む。車内の座席は、ドアの周辺だけロングシート、ほかは四人掛けボックス席のセミクロスシートと呼ばれる配置である。乗客は少なく、車内はまだすいている。

 発車時刻になった。電車は上越線を走りはじめる。信越線が左に分かれ、上越新幹線も高架線で左に離れていく。
 快晴の青空の下、関東平野の北端部をさらに北に向かう。利根川に沿っているが、川は見えない。満開の桜が薄い桃色の波のようになって輝いている。
「みちゃん」
「なに」
「いい匂いするね」
「するね」
 登利平で買った「鳥めし」である。つくりたてだから、まだあったかいし、おいしそうな匂いがぷうんと漂ってくる。
「まだ、ちょっと早いから、渋川までガマンしような」
「わかた」
 我慢するといっても、渋川に着くのは11時10分だから、ほんの二○分程度のものである。
 渋川は一分だけ停車して、11時11分に発車。
 複線の堂々とした線路の上越線が右へカーブして、利根川の鉄橋に向かうのが見える。こちらは単線の線路で左にこぢんまりとカーブする。
 左にはギザギザした山容の榛名山が、右にはゆるやかな姿の赤城山が見える。
「たべよう」
 みつこさんが言う。
「うん」
 みつこさんが「鳥めし」の「竹」を、私が「松」を食べる。「竹」にはもも肉をうすくスライスした鳥肉が入っている。「松」には「竹」のお肉のほかに分厚く切ったもも肉もある。どちらもしょうゆダレに漬けてやわらかく煮込んであって、ぷりぷりしている。分厚い切れを何切れかみつこさんにわけてあげた。
「おいしいね」
 みつこさんの顔が輝いている。
 吾妻線の鈍行列車は、吾妻川がつくりだす谷を西へと登ってゆく。
 まだ広い谷の上空を上越新幹線がコンクリートの大きなアーチ橋で跨いでいる。電車はその下をトコトコくぐって行く。吾妻川が見えてきた。それほど上流でもないはずなのに、河原には人の大きさほどもありそうな岩がゴロゴロ転がっている。
 祖母島を出ると、吾妻川の鉄橋を渡る。左車窓に川が見えてくる。線路は河岸段丘の段丘面を走る。まだ平地があって畑も広がっている。
 小野上に着くころには、みつこさんも私も「鳥めし」は完食してしまった。とても満足して、落ち着いて車窓を眺めることができる。
 小野上では上り特急列車の交換待ちのため五分ほど停まる。
 みつこさんを車内に残したままホームへ降りて、跨線橋の上から特急列車を写真に撮った。撮った後は乗り遅れてはいけないから、慌てて片づけて階段を降りる。席に戻って持ち物を確かめたら、デジカメのケースがない。電車はすでに走りはじめている。
「デジカメのケース、落としちゃったかも」
「ええ!? どこに」
「たぶん、いまの駅の橋の上だと思う」
「見つかるかな?」
「わかんないなぁ」
 見つかることを念じるしかない。ちょっと胸騒ぎのする、落ち着かない心持ちになったが、電車はかまわず走っている。
 車窓から見える木々にまだ葉はない。ところどころですももだろうか、梅のような桃のような木が白い花を咲かせている。桃色の花も少し混ざる。棚田を抜け、段々畑を過ぎ、家並みが広がって、11時42分、中之条に着く。中之条はこの周辺では一番大きな町で、吾妻郡の中心地となっている。
 郷原、矢倉と進むうちに谷が次第に狭くなり、左右の山が迫ってくる。
 岩島を過ぎて、二、三キロ進んだあたりから吾妻渓谷になる。切り立った崖が頭上までそびえている。もはや河岸段丘上に線路を敷く余地はなく、崖を切り崩したわずかな隙間に線路が走っている。並行する国道145号線も崖の下をくねくねと曲がっている。川は深い谷底を流れていて、列車からは見えない。



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