homepage
走れ!バカップル列車
第28号 ハイブリッド高原列車



   四

 定刻13時11分になり、小海線小諸行き普通列車が発車した。
 静かなエンジン音とともにスムーズに速度を上げる。動き方はたしかに電車だ。エンジンの唸るリズムと列車の動きが微妙にずれている。
 レールはしばらく中央線と並んでいるが勾配はこちらの方がきつく、分かれるころには中央線よりはるかに高くなっている。やがて大きな盛り土の上を急カーブを描きながら右へほぼ一八○度曲がってゆく。左右の草原は線路より下にあるから、まるで空中をぐるりと回転するかのような錯覚に陥る。甲斐駒ヶ岳が回る。八ヶ岳が回る。甲斐駒ヶ岳は左窓から消えて右窓に現れ、右窓の八ヶ岳はやがて左窓に現れる。
 中央自動車道の下をくぐると唐松や杉などが茂る林の中に入る。林の中には別荘らしき建物が点在し、いよいよ高原列車の様相を呈する。
 列車は八ヶ岳南麓の斜面を東北東に向かって走っている。等高線にだいたい沿っているが、地図で見ると角度は少し違うから、確実に高度は稼いでいる。小淵沢を出て最初の駅、甲斐小泉との中間あたりで標高一○○○メートルを超える。
 甲斐小泉に停まる。駅前に洗練されたデザインのシルクロード美術館なるものが建っている。この駅で降りる人はわずかだ。
「この美術館、誰が入るのかねえ」
 車内のおばはんたちが容赦ない感想を浴びせている。
 列車は走る。白い富士山が林の向こうにそびえている。甲斐大泉に着いた。古くて小さいがきちんとしたつくりの駅舎があり、駅のそばには観光案内所もある。
「ここは大きい駅なの?」
 みつこさんが言う。列車のすれ違い設備はあるが、大きいわけではない。全国どこにでもある国鉄時代の名残の田舎駅と言っていい。
「でも、ちゃんとしてるよ」
 別荘は多いかも知れないが、列車を利用するかどうかは疑問だ。その先の清里、野辺山に比べても乗降客は少ないはずである。
 上り小淵沢行きとすれ違い、再び発車。
 大きな谷と化している沢を渡る。線路はその谷に沿って回り込むように「Ω(オメガ)」形のカーブを描く。その「Ω」のてっぺん部分でトンネルを抜け、もうひとつ沢を渡る。さらに登ってゆくと白樺が増えてくる。
 奇妙キテレツな建物がいくつか出現すると清里である。乗客の三分の一ほどがここで降りる。
 登り坂はまだ続く。ほぼ北に向かって一直線に登り続ける。「次の野辺山駅は日本最高の駅です」といったテープのアナウンスが流れる。
「あ、雪だ」
 富士山の雪に関心のなかったみつこさんが、雪を見つけて声を上げる。見ると、林の中にぽつぽつと雪が残っている。
 山梨県と長野県のちょうど県境付近の踏切のあるところが登り坂の頂上で、標高は一三七五メートル。ここがJR線の最高地点である。
 線路は下り坂になる。モーターの音が消える。しばらくするとエンジンの音も消える。列車は軽快に走る。右側はるか遠くの山の斜面にはスキー場がある。その手前には天文台の巨大なパラボラアンテナが見える。
 野辺山に到着。JR最高駅で標高は一三四五メートルである。乗客は半分くらいが降りてしまって、立つ人はいなくなった。車内がまばらになる。
 野辺山を出るとどんどん坂を下りてゆく。信濃川上を過ぎると青々とした水を湛える小川と合流する。この小さな川が千曲川の源流である。河原のあちこちでおっさんたちが釣りをしている。
「だいぶ降りてきたね」
 みつこさんが言う。
「わかる?」
「前につんのめるような感じじゃん。さっきは登ってく感じだったけど」
「そうか」
「山の高さも高くなったよね」
「高くなるって、なに?」
「ほら、さっきは同じ目線だったけど、いまは見上げるようになってるんだ」
「すごい! よくみてるね、みちゃん」
 ピョーっと警笛が鳴って、トンネルに入った。
 レールは千曲川の流れに沿ってくねくねと曲がる。そうしているうちに鉄橋で何度も渡り、そのたびに川は左側に行ったり、右側に来たりする。
 佐久広瀬、佐久海ノ口と過ぎるうちに、いつのまにかうとうと居眠りをしてしまった。あっという間に小海である。14時24分着。ここで下車する。
 ハイブリッド車ともここでお別れである。みつこさんと二人、ホームに立って静かに発車するキハE200形を見送った。

 小海からは来た道を戻る。
 上り小淵沢行きの列車は、14時46分発である。この列車は従来型のディーゼルカーでグレイとうすいグリーンのツートンカラーである。エンジンは終始回転したままであり、登り坂ではブルブルといわせながら、かなりのスピードで走って行く。
 JR最高駅の野辺山を過ぎ、JR最高地点を過ぎ、山を下って15時54分、小淵沢着。小淵沢始発16時23分の中央線鈍行電車に乗り換え、きょう一日私たちを見守ってくれた八ヶ岳や南アルプスの山々に別れを告げる。
 途中、甲府の一つ手前の竜王駅で途中下車し、安藤忠雄が設計した新駅舎を見学したりして、17時57分に甲府に着いた。ホーム、階段、通路、どこも混雑している。
「すごい賑わってるなぁ!」
 みつこさんは驚いた様子で、あたりをきょろきょろ見渡している。
「甲府は山梨県でいちばんおっきいからな」
 甲府市は山梨県の県庁所在地である。
「お、信玄餅が売ってるよ」
 みつこさんが駅構内の売店をめざとく見つける。
「買っとくかい」
「いいかのう?」
 八個入りを一つ買う。信玄餅がかわいい赤い巾着袋に入っている。
 さて、いよいよほうとうを食べに行く。
 出発前、駅から徒歩で行けて、ほうとうが美味しく食べられる店がないか調べたところ、「小作」という店がいいだろうということになった。南口に出てすぐのところにあるという。
 駅前ロータリーを抜けて南に向かう道をとことこ歩いていくと、数十メートルくらいの場所に「小作」はあった。入ると威勢の良い声が聞こえてくる。まだ時間帯は早いのに店内はとても賑やかだ。
 二階に通してもらい「豚ほうとう」と「ちゃんこほうとう」を注文する。
「お待たせしました!」と、あつあつのほうとうがやって来た。でかくて黒い鉄の鍋に入っていて、店員はテーブルの上に直接鍋を置いていく。
 ほうとう、かぼちゃ、にんじん、じゃがいもなどがごろんごろんと鍋の中に入っている。「豚ほうとう」には豚肉が、「ちゃんこほうとう」には鱈や海老がこれでもかというくらいに盛られている。一人前とは思えないほどでかい。一人でぜんぶ食べられるか、ちょっと不安になる。
 れんげで汁を一口すする。汁は味噌仕立てだ。
「おいしいね!」
 みつこさんの目がきらきら輝いている。
 いざ食べはじめるともう止まらない。なんのことはない。二人ともあっさり完食である。



homepage