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走れ!バカップル列車
第26号 寝台急行銀河



   四

 再びみつこさんの寝台に戻ってきた。
 横浜を出ると車内の照明が暗くなり、車掌の案内放送は翌朝の大津までしなくなる。
 小さな窓から外を見る。トンネルをいくつか抜け、東戸塚、戸塚と通過してゆく。住宅の窓明かりなのか、街灯なのか、丘の上の方まで白やオレンジの光がちらちらしている。
 みつこさんは携帯電話を手にして友達にメールを打っている。どんな内容なのか見せてもらったら、「電車の揺れが眠りを誘います」と書いてある。顔を見ればもう目がとろんとしている。大船も過ぎたので、自分の寝台に戻ることにした。
「おやすみ」
 そう言って、みつこさんはカーテンの向こうに隠れてしまった。ほかの乗客も一組だけカーテンを開けて静かにビールを飲んでる二人がいるほかは、軒並みカーテンを閉めていて、車内はしんとしている。
 それでもよく見るとあちこちのカーテンの隙間からは灯りがもれている。通路は暗いがカーテンで仕切った寝台の中では電気をつけているのだろう。きょうのこの「銀河」には、最後の記念に乗っている人が多いはずである。静まりかえった寝台車の暗い通路には、数え切れないほどの思い出が行き交うような、不思議な息づかいが感じられる。
 酒匂川を渡り、小田原に停まる。0時15分発。どこかの寝台から轟音ともいえるものすごいいびきが聞こえてくる。
 寝台急行「銀河」は暗闇の東海道を西走する。小窓をのぞくと外は海。根府川駅を通過して、「根府川鉄橋」としてファンに知られる白糸川の鉄橋を渡る。
 熱海に停車し、丹那トンネルに入ったあたりで寝ることにした。

 どこかの駅に停まった気配で目が覚める。
 深夜の停車駅は限られ、時刻表では熱海のあとは静岡だけ。あとは5時の岐阜まで停まらないことになっている。それでも運転士の交替や貨物列車に追い抜かれるために「運転停車」することがある。どこの駅かと小窓からのぞくと駅名標は見当たらないが、向こうに新幹線の停まっているのが見える。午前三時ごろなので浜松だろうか。
 私が起きた気配を感じたのか、カーテンの向こうから、みつこさんが「大丈夫?」と訊いてくる。通風窓を開けて「大丈夫だよ」と答えると、みつこさんも通風窓を開けて眠そうな顔でこちらを見ている。私の顔を見て安心したのか、みつこさんの通風窓は閉じられた。反対側のホームに貨物列車がガタンガタンと通過していった。
 ご近所のいびきは相変わらずの騒音だった。いびきといっても規則正しい寝息ならまだ許せるが、ときどき呼吸が止まったりしてとても苦しそうだ。
「ぐぉ、ふが、ほご、く……くくっ」
 聞いてると、なぜか自分の鼻やのどまでがむずむずしてくる。こんないびきは耳障りというより鼻障りである。
 そんないびきにも負けず、いつしかまた眠ってしまった。次に目が覚めたのは五時過ぎで、列車はとっくに岐阜を発車していた。雪がぽつぽつ残る関ヶ原を抜けて米原に停車した。
 六時半ごろ、窓の外を見ると空が明るくなっている。またうとうと寝ていたようだ。急行は大津の手前を走っている。車掌の案内放送がはじまる。
 車両の大阪側の端には洗面所とトイレがある。トイレに来てみると、洗面所では仲間で乗りに来たのか、なにやら楽しそうにひげを剃っているお兄さんたちがいた。
 京都も過ぎて大阪も近くなったので着替えることにした。それでもまだ眠気が抜けないので、寝そべって小窓から外をのぞいていた。電車がたくさん停まっている向日町の車庫を過ぎ、山崎を通過した。
 向かいのカーテンがシャッと開いた。みつこさんも降りる準備は万端のようである。新大阪に着いたので寝台を降りた。ところが降りたものの行く場所がない。知らない人のいる下段に座ることもできないので、通路を歩いてデッキのほうに向かうと、昨夜酒盛りをやっていた喫煙室の座席が空いている。思わずみつこさんと二人で座る。上段の小窓とは比べものにならない大きな窓から外を眺めると、北陸線の特急「サンダーバード」や新快速電車などが次々とやって来てはすれ違う。右に緩やかにカーブして長い淀川の鉄橋を渡った。さらに右に急なカーブを描いて大阪駅に近づく。後ろを見ると、青いブルーの車体が一号車に続き、七両つながっているのが見える。淀川を渡ってこのカーブを通るとき、私は、ああ大阪に来たんだな、と思う。
 線路がいくつにも分かれて、駅の構内が広くなってゆく。右に左に通勤電車が行き交っている。そうして寝台急行「銀河」はゆっくりと大阪駅四番ホームにすべり込んだ。定刻7時18分ちょうどの到着だった。
 ホームは鉄道おたくたちでごった返していて、たいへんな騒ぎである。
 人を掻き分け、最後部に来てみると、こちらはものすごい人だかりになっている。東京駅などでは夜で真っ暗だったので、明るいところで撮影するならいましかない。私もビデオカメラでいろいろと撮ってみる。
「おはようございます」
 なんとかうまく撮ろうと苦心していたら、昨日の「フジテレビ」の記者に話しかけられた。この撮影隊は東京駅だけでなく、実際に「銀河」に乗って大阪まで来てしまった。なかなか気合いの入った取材である。
「一晩乗車されていかがですか?」
 またテレビカメラとマイクを向けられた。もう少し写真を撮っていたかったが、いったん中断する。
「横になって大阪まで来られるのは、やはり贅沢な時間だったと思います」
 こんどは昨夜に比べればまともな答えができたと思う。
「奥さまはどうでしたか?」
「やっぱり古い車両なんだなって思いましたね。空調なんか、最初は熱いくらいだったのに、急に寒くなったりして」
 そうして二人でインタビューに答えていたら、ちょうどその間に銀河は車庫に向かって発車してしまった。慌ててビデオカメラのスイッチを入れるが間に合わない。
「あ〜あ……」
 呆然と立ちつくす。銀河の青い車体が次第に遠くに小さくなってゆく。横で記者が申し訳なさそうに立っている。
「なんだか、ご迷惑をおかけしてしまってすみませんでした」
 もちろん、記者だけが悪いわけではないので、しかたないのだが、それでもこんな私に謝ってくれるなんて、テレビ局のスタッフにしてはずいぶん礼儀正しい人である。
「銀河」がいなくなると、それまでホームにごったがえしていた鉄道おたくたちは波が引くようにどこかに去ってしまった。
 私たちも、次の0系「こだま」に乗るため、上り電車のホームに向かうことにした。

 旅から帰って、テレビの取材のことなど忘れかけていた二月十一日のことだった。
 夕方の六時半すぎ、私やみつこさんのところにいろんな人からメールが来た。
「みちゃんがテレビに出てたよ!」
 どうやら東京では8チャンネルのフジテレビ「スーパーニュース」で、一日の銀河のことが放映されたらしい。その日、私は外出していて、みつこさんも家にいてもテレビはつけていなかったのだが、聞くところによると、みつこさんがインタビューに答えているところがでかでかと映し出されたという。
「みつこさんは、女子の鉄道おたくという位置づけだったよ」
「ひろさんも一緒に行ったのかな?」
 みつこさんは「鉄子」扱いされたことにショックを受け、私はすぐ横にいたのに一瞬も映らなかったことにショックを受けた。



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