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走れ!バカップル列車
第26号 寝台急行銀河



   三

 寝台の場所はさきほど確認したとおりだ。周りの乗客たちは、乗る態勢を整えたようで、入線直後ほどのざわつきはない。もう着替えをしたりして床に就く準備ができてる人までいる。
 みつこさんは進行方向右側の七番の上段、私は左側の八番の上段である。荷物を寝台に載せてから、はしごを登って上段におさまる。
 昨年秋、寝台特急「富士」に乗ったときは、豪華な一人用個室のA寝台だったが、今回はB寝台にちょっと毛が生えた程度のカイコ棚の寝台で、個室でないから「開放型A寝台」と呼ぶことがある。個室Aと開放Aでは、同じA寝台でもだいぶ違う。いま私たちが乗っている開放Aは、通勤電車でいえば、網棚のある位置にあるから、天井が壁部分から丸く続いていて、若干狭い雰囲気である。網棚の位置とはいっても、寝台の面は網棚ほど高くはないから頭がつっかえるほどではない。座って着替えるのにも充分なスペースがある。
 それでもやはりちょっと残念だったのは、大きな窓が下段に占領されていて、上段にはお弁当箱ほどの小さな窓が申し訳程度についているだけだったところだ。これでは顔を窓に近づけてのぞき込むようにして見ないと、外の景色がまともに見えない。もちろん、寝台は夜行列車のものだから、夜は景色もとくに見えないし、ふつうの人ならこれで間に合うのかもしれない。
 みつこさんも上着をハンガーにかけて、荷物や毛布の位置を調節したりしてごそごそと乗る態勢を整えている。
「B寝台と違って、シーツが敷いてあるね」
 通路越しに、私のところに話しかけてくる。みつこさんはかつて「あさかぜ」に乗ったとき、シーツを裏側に敷くという痛恨のミスをしたことがある。それでシーツのことをおぼえているのだろうか。
「シーツ敷いてあるところが、A寝台なのかなぁ」
 みつこさんは、そんなことまで言っている。
「ひろさん、カーテンはこっちしか開かないの?」
「え?」
 個室と違って開放寝台では外の世界を遮断するのは厚手のカーテン一枚しかない。
「ほら、こっちしか開かない」
「そんなことないと思うけど……」
 自分の寝台のカーテンで試してみる。マジックテープでとめてあるから開きにくくなっているが、はがせば反対側からも開けられる。
「マジックテープはがせば、開くよ」
「あ、ほんとだ」
「みちゃん」
「なに」
「カーテンに窓が開いてるんだよ」
 カーテンの真ん中あたりに通風用の小さな窓がある。
「あたしもやってみよ」
 みつこさんがカーテンを閉めて、小窓をあけた。
「ひろさん」
「おおう、みちゃん」
 二人ともカーテンをわざわざ閉めて、小さな窓から互いにのぞき合って合図をしている。はっきりいってバカみたいである。そんなことをしていたら、タイミングが良いのか悪いのか、車掌が検札に来た。せっかくなので通風窓から、車掌に切符を渡してみる。車掌は両側の通風窓から乗車券と寝台券を受取り、寝台の場所をチェックして、スタンプを押し、なんでもない顔でみつこさんと私に切符を手渡した。

 23時になり寝台急行「銀河」が東京駅を発車した。外を見ようと枕元の位置にある小さな窓をのぞくが、視界が狭くてよく見えない。かろうじて有楽町あたりのビルのあかりが見えたが、あとはなんだかよくわからなかった。
 品川に着いた。特急列車なら次は横浜だが、品川にも停車するところが急行列車である。小さな窓からホームを見ると「銀河」を一目見ようとたくさんの見物客が来ている。東京駅の見物客と違うのは女の人もけっこういるところだ。「銀河」を見るためにこんなにも人が集まるなんて驚きである。廃止までまだひと月以上あるのに、まるで今日が最終列車かと思わせるような騒ぎである。
 カーテンを開けて、みつこさんの寝台に遊びに行く。通路の反対側なので、飛び移れそうな位置ではあるが、ここで怪我をすると「銀河」に乗り続けられなくなるのでやめておく。いったんはしごを降りて、また反対側のはしごを登る。
 やはりA寝台だなと思うのは、幅は八十八センチで、高さも九十センチ以上あるから、カイコ棚とはいえ、二人が乗り込んでもけっこうゆったりしてるところである。
 品川を出ると東海道本線はまっすぐ南下する。「銀河」も急行の名に恥じないスピードを出して、大阪へ向かって快走している。私たちはみつこさんの七番上段の寝台で、なにをするでもなく二人でごろごろして乗っていた。新幹線も速くて便利だが、寝台列車みたいに横になってごろごろと大阪に行けるのも、なんともいえぬ贅沢な気分である。
 川崎を通過してから、ビデオカメラを持って一人で探検することにした。
 隣の二号車から後ろはふつうのB寝台である。A寝台は通路が車両の真ん中にあるが、こちらは車両の端(左の窓側)にあって、寝台は枕木と平行に並んでいる。三号車以降もこれと同じB寝台が続くだけなので、二号車までで引き返す。探検もあっという間に終わってしまう。
 また一号車に戻ってくる。B寝台はともかく、はじめて乗る開放A寝台は少しだけだが探検のし甲斐がある。デッキから入ったところは、昔の家の間取りでいえば、玄関と座敷のあいだにある「次の間」のようなところで、通路の右側には、そのまま座席としても使えそうな二人シートが向かい合った四人掛けボックス席がある。案内図にはここは喫煙室とあって、座席脇の壁には灰皿もあるのだが、四十代くらいの山男山女風の四人組がこの席を占拠して出発前から酒盛りをしている。会話も弾んでずいぶん楽しそうなので、この横でタバコなんか吸いはじめたら、かえって迷惑がられてしまう。
 通路右側の喫煙室の奥は更衣室である。通路左側は喫煙室の向かいが車掌室、更衣室の向かい側が荷物室になっている。更衣室は乗務員専用かと思っていたのだが、ドアが開いた。どうやら乗客も着替えなどに使えるようだ。半畳ほどの小部屋だから、洋品店の試着室みたいな感じである。着替えができるといっても入口の反対側には窓がでかでかと開いている。うっかりブラインドを閉めずに着替えると外から丸見えになるので注意を要する。
 ビデオカメラで喫煙室付近を撮って、更衣室に入っているところで「銀河」は横浜に着いた。二十三時半近くで夜もだいぶ更けているが、飲み会帰りの乗客が反対側のホームにいて、ふだん見なれない青い列車を興味深げに眺めている。
 一分停車して発車。動き始めた列車の窓からホームを撮り続けていたら、こちらのカメラに気づいたのか、立っている女の子がバイバイと手を振ってくれた。



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