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走れ!バカップル列車
第26号 寝台急行銀河



   二

 日常に流されているうちにひと月たち、二月一日になった。
 いつもよりかなり早く家に帰って晩ごはんを食べ、夜の九時半ごろ、みつこさんと二人、家を出た。二十三時の列車に乗るには早い出発だが、『銀河』が東京駅に回送されてくるところから見ておきたかった。
 東京駅一○番線のホームに着いたのは二十二時二○分ごろだった。「銀河」が入線するのは22時23分だから、ギリギリで間に合った。まだ帰宅する通勤客も多い時間だが、ホームに『銀河』目当ての人たちがあふれている。
 まもなく時間になり、品川から『銀河』が回送されてきた。四角くて青い電気機関車を先頭に、明るいブルーの寝台客車が九両連結されている。一番大阪寄りの車両だけは、「電源車」と呼ばれ、乗客は乗れない。みつこさんが窓から中をのぞき込んでいる。
「なんにもないね」
 部屋はなんにも置いていないただの空間である。机とか、棚とか、椅子とかそういうものが一切なく、がらんとしている。
「ここは荷物室だよ」
 電源車の後ろ半分は荷物室になっている。かつてはここに新聞とか小荷物とかを載せて運んでいたのだが、いまは利用されていない。
 前半分は本当に「電源」がある。寝台客車九両が使う電気をつくるところだ。格子窓から中をのぞいてみる。
「すご〜い。あれはなんの機械なの?」
「発電機だよ」
「へえ」
 発電機を回す巨大なエンジンがごーごーとものすごい音を立てている。窓の横の鎧戸から熱のこもった風がもわあっと出てくる。あったかいが、空気が悪そうなので早々に退散する。
 ホームにはたくさんの見物客がいてあっちこっちに走り回ったりしている。歩くのもままならない。なにを取材するのかテレビカメラまで登場している。いろんな人たちをよけたり、遠回りしたりしながら、少しずつ後ろのほうに歩いていくことにする。
 電源車の次の車両が一号車で、私たちが乗るA寝台車両である。ちょっと中に入ってみる。入口をはいったデッキのところにいきなり四人がけボックス席がある。ここは座席ではなく喫煙スペースになっている。通路のドアを抜けると客室で、車両の真ん中に通路があって、その両側が二段式の寝台になっている。ベッドはレールに平行にならんでいる。すでにたくさんの人たちが乗り込んでいて、ほんとうに満席のようだ。
「七番と八番。ここがおらたちの寝台だね」
「通路の反対どうしだね」
「向かい合って、あいさつができるよ」
「よかったね」

 今夜の寝床を確認してまたホームに出てくる。二号車より後ろの車両も見て回ろうとしていたら、ホーム反対の九番線側がなにやら騒がしいので見にいくことにする。
 こちらの九番線は22時30分に小田原行き「湘南ライナー」が発車してから線路があいている。「機回し」をするならいまのタイミングだろう。そう思い、九番線から神田方向をのぞいてみると、遠くに機関車のライトが見えた。
 品川からきた回送列車は、神田方向に機関車をつけている。機関車は先頭に連結されるのがふつうだからである。ところが東京駅から大阪へ向けて発車するときは、機関車を逆向き、有楽町方向につけないといけない。そこで神田方向についている機関車を回送させて有楽町方向へつけなおすのである。このことを専門的な言葉で「機回し」という。
 いまがまさに「機回し」をしているところで、一○番線の神田方向にいた機関車が、九番線を通過して有楽町方向に移動する。機関車がゆっくりと近づいてきた。ヘッドライト二つとテールライトを一つ点けている。そうしてゴーという大きな音を立てて、目の前を通り過ぎていった。このあと機関車はいったん有楽町側の線路に引き上げて再び一○番線に入り、寝台客車の先頭に機関車を連結するのである。
 連結まではまだ時間がありそうなので、二号車からうしろの車両を見に行くことにした。二号車からいちばんうしろの八号車までは、いつも乗っていたB寝台である。こちらにもたくさん乗客がいる。
 一番後ろには「銀河」という文字と星の絵柄がデザインされたテールマークが電灯に照らされて光っている。写真を撮ろうとするおたくたちの人だかりができていて、ちらっとテールマークを見ることもむずかしい。できたらセルフタイマーで記念写真を撮ろうと思っていたが、とてもできるような状況ではなかったので、あきらめてまた一号車のところまで戻ってきた。
 再びホームの先頭のほうに戻ってくるとちょうど機関車の連結作業をしているところだった。こちらも人だかりができていて、しかも連結する場所がホームの端の立ち入り禁止になっているところなので、あまりよく見えなかった。
「すみません、ちょっといいですか」
 突然、話しかけてくるひとがいるので、なんだろうと思って見てみると、さっきのテレビカメラと、マイクを持った記者だった。
「フジテレビです。いま『銀河』に乗るひとにお話しをうかがっているのですが、ちょっとよろしいですか?」
 腕章もなにもしていないので、本当に8チャンネルの「フジテレビジョン」なのかどうかわからなかったが、答えることにした。
「こんどのダイヤ改正で『銀河』が廃止されることになりましたが、この列車に思い入れとかあるんでしょうか」
「よく乗っていました。大阪に行くために、もうなんど乗ったか数え切れないくらい乗りました」
「廃止されることについては、いかが思われますか」
「しかたないですねー、自分では運転できないですから。時代の流れというか……蒸気機関車がなくなっちゃったのと同じですよね。夜行バスも走るようになったし、ビジネスホテルは寝台券より安く泊まれますからね」
 実際にマイクを向けられると知らず知らず緊張してしまい、あんまり自分でも思ってなかったことまで口から出てきてしまう。ちょっと失敗したかもしれない。
「奥さまもお話ししていただけますか」
「え〜!?」
「お願いします。『銀河』のことでなにか一言……」
「そうですねえ……。なにもかも速く、急いで行くという時代ですからね。夜行列車に乗って、のんびり行くのもいいんじゃないかと思います」
 みつこさんのほうが、なかなかまっとうに答えているので、私は思わず感心した。
 テレビカメラに見送られて、一号車A寝台に乗り込んだ。



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