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走れ!バカップル列車
第25号 寝台特急富士と高千穂鉄道



   三

 大分からきょうの宿がある高千穂まで、ローカル特急とトロッコ列車とバスを乗り継がなければならない。寝台特急「富士」も加えれば、東京から高千穂までおよそ24時間も乗り物に乗り続ける強行軍である。
「みちゃん、疲れてないかい? 大丈夫かい?」
 みつこさんに訊くと、「富士」でよく寝たからぜんぜん大丈夫だと答える。私は列車に乗っているのが好きで、好きでやってることだから何の苦もないが、みつこさんは退屈ではないかと心配になる。
「ひろさんこそ、大きな荷物で大丈夫かい?」
 逆にこちらが心配されている。
「ここから乗るところは景色がいいんだよ」
 列車とバスに乗ってばかりだと考えると苦行のように思えるが、阿蘇山の内側をぐるりと回るダイナミックなルートである。
「楽しみだねえ」みつこさんが答える。
「九州横断特急3号」は別府から大分、熊本、八代を経由して肥薩線の人吉まで、不思議なルートを走る特急列車である。別府始発なのだが、私たちは「富士」で大分まで来てしまったので大分から乗ることにする。大分発は11時56分。発車ホームは「富士」が到着したのと同じ3番のりばである。乗り継ぎ時間は約30分で、ゆっくりお昼を食べている時間はないのでお弁当を買おうと思う。2番・3番のりばには売店がなく、みつこさんがとなりの4番・5番ホームに行ってサンドイッチを買ってきてくれた。
 私はいったん改札を出て窓口で特急券を買う。指定席が混んでいて二人並んだ座席が取れないとのことなので自由席特急券を買うことにした。いままでの経験上、指定券が取れなくても自由席は空いていることが意外に多いのでなんとかなると思っていたのだが、「自由席にした」と言ったら、みつこさんが「座れるかな?」ととても心配するので、私までなんだか心配になってきた。辺りを見回しても「九州横断特急」の自由席に乗ろうとしている人はそれほど多くなさそうだが、指定席車両と自由席車両が一両ずつの二両編成しかない列車で、しかも途中駅からの乗車なので余計不安になる。
 別府方向から赤いディーゼルカーの「九州横断特急3号」がやって来た。実際に車内を見れば乗客はぽつぽつとしか乗っておらず、二人並んだ席は十分確保できた。安心してサンドイッチを食べることにする。

 特急列車は豊肥本線を大野川に沿って山の中へと分け入ってゆく。車掌はいないが客室乗務員という「つばめ」マークのついた制服のおねえさんが一人いて、愛想良く検札をしている。おねえさんが私たちのところへやって来たので切符を見せる。手渡した切符は東京から立野までの乗車券と大分から立野までの自由席特急券である。
「わぁ、東京からいらしたんですね」
 切符を見て、おねえさんが言う。
「寝台特急『富士』に乗って来たんです」
 みつこさんがやや得意げに応える。
「そうなんですか! ありがとうございます」
 嫁みつこ、こんどはおねえさんに質問である。
「新幹線『つばめ』にも乗るんですか?」
「はい、乗ります。その日によっていろんな列車に乗るんです」
 笑顔の素敵なおねえさんである。仕事は多岐に渡り、検札が一段落すれば、観光案内や車内販売もする。私たちはおねえさんからアイスクリームを買った。
 前方にそびえる山々は阿蘇カルデラの外輪山である。
 豊後竹田を出るといよいよ外輪山の山越えである。尾根の上を右に左にくねくね曲がり、坂を登りときには少し下って、ずんずん山を登って行く。
 豊後荻に停車。上り「九州横断特急4号」とすれ違う。さらに登る。ここから先は人里離れた山の中をひたすら25パーミル(‰)の急勾配で登る。ディーゼルエンジンがフル回転している。坂ノ上トンネルに入るところが九州の鉄道最高地点で標高は七六七・四メートル。このトンネルで阿蘇外輪山を一気に突っ切る。
 トンネルを出ると眼下にカルデラ火山内側の盆地が見える。水田の中にぽつぽつと集落が小さくまとまって人びとの営みが右窓一面に広がっている。一瞬しか見えないがその眺望は三大車窓と呼ばれる矢岳越え、姨捨に並ぶと言っていい。またトンネルに入ったり出たりする。勾配を緩和するため左に大回りしながら坂をどんどん下り、列車は先ほど見えた盆地の集落の中に入ってゆく。
 宮地、阿蘇と停車。盆地の中は平坦なので特急はいままでと打って変わってカタンカタンと軽やかに走る。右にカルデラの外輪山、左に中央火口丘が見える。中央火口丘がいわゆる「阿蘇山」と呼ばれる山々である。客室乗務員のおねえさんが「左から、根子岳、高岳、中岳、烏帽子岳、杵島岳……」とアナウンスしている。
 立野到着を前にして、列車は行き止まりの線路に突き当たった。
 立野駅は外輪山の切れ目の火口瀬という部分にある。急勾配を緩和するためにスイッチバック駅となっている。列車が立野駅に出入りするには逆Z字型に敷かれた線路をジグザグと進まなければならない。行き止まり線路に突き当たり列車を止めると、運転士はブレーキ弁を手に持って一番後ろの運転台に移動する。ここから約一キロほど列車は逆向きに走る。やがて熊本方面から来た線路と合流して、14時04分立野着。
 私たちはここで「九州横断特急」を降りる。特急列車は数分間停車して再び進行方向を変え、熊本方面に向かって走って行った。



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