homepage
走れ!バカップル列車
第24号 ホームライナー鴻巣3号



   一

 学生ならいざ知らず、電車もアルバイトをする、というのをご存知だろうか。
 ご存知なくても聞いてほしい。電車もアルバイトをするのである。
 上野駅を早朝06時05分に到着する急行「能登」という列車がある。いまでは数少ない夜行列車、しかもJR線に六系統しかない急行列車の一つというちょっと珍しい列車である。
 この列車、前日の夜22時15分に金沢駅を発車し、北陸本線を走り、直江津から信越本線を走り、長岡でスイッチバックして上越線に入り、上越国境を越えて高崎線を経て早朝の上野駅にたどり着く。
 上野駅到着後は、上野から一駅大宮寄りに戻った尾久という駅の脇にある車庫で休憩し、その日の夜の「能登」として金沢に戻ってゆく。戻りの「能登」は上野発23時33分、金沢到着は翌朝の06時38分である。
 車両はJR西日本金沢支社の金沢総合車両所(車庫)に所属している489系特急形電車で、なにぶん古いので特急として使われることは少なくなって、主に急行「能登」に使われている。運転席のある先頭車は初期型のボンネットスタイル。クリームと赤のツートンカラーの車体。いまや国鉄の面影を残す希少価値の高い存在である。
 急行「能登」は運転区間の関係上、JR西日本(「西」)とJR東日本(「東」)を跨いで走る。この場合、車両は「西」か「東」かどちらかの車両を使うのであるが、「能登」の場合は金沢総合車両所に所属している「西」の車両を使っている。つまり、「西」の車両が、「東」まで越境して活躍しているのである。
 ここまでならアルバイトのどうのという話にはならない。
「能登」を担当する489系電車は、自分が所属するJR西日本という会社に任命されて金沢からはるばる上野にやって来るのであって、それは本来の業務だからいわば「本業」である。
 ところがすでにご承知の通り、「能登」は夜行列車である。
 朝の6時に上野に着いたら、夜の23時まで仕事がない。尾久の車庫で日がな一日昼寝をしている状態である。もったいないと言えば、もったいないではないか。
 そんな489系クンに声をかけたのがJR東日本である。
「うちでバイトしてみないか?」
 無論、489系クンも夜の仕事までずっと昼寝というのも退屈だ。JR東日本のお誘いを快諾したのだろう。ついに彼はアルバイトすることになった。本来所属しているJR西日本の仕事とはまったく関係ないところで、489系電車はJR東日本の仕事に、つまり運転区間がJR東日本管内だけとなる仕事に就くことになった。
 これが「電車もアルバイトをする」ということの真相である。
 話をわかりやすくするために物語風に書いてしまったので、実際の経緯はこれとは異なるはずだが、電車のアルバイトという事情はおおよそこんな具合である。
 489系のアルバイト先は「ホームライナー鴻巣3号」(高崎線)・「ホームライナー古河3号」(東北本線)という二つの列車である。
「ホームライナー」というのは、通勤客が座って出勤・帰宅できるようにと座席定員制で運転される普通列車で、「おはようライナー」とか「○○ライナー」(○○には路線や地域などの名前が入る)といったものも含めれば、高崎線・東北本線に限らず全国各地で運転されている。
 もともと国鉄時代に特急列車の車庫への回送列車に客を乗せるようにしたのが「ホームライナー」が走り始めたきっかけで、使用される車両は多くの場合、いまではちょっと古くなった特急形電車である。その電車の座席の数だけ「ライナー券(乗車整理券)」が500円くらいで発売されるので、この「ライナー券」さえ買えれば指定された列車には必ず座れる。乗車区間が一時間くらいの通勤客にとっては有難い存在だといっていい。
 489系クンのアルバイト先である「ホームライナー鴻巣3号」は上野発18時40分。終点鴻巣には19時30分に着く。そして「ホームライナー古河3号」は上野発21時03分。終点古河の到着は22時05分である。
 どのような手順でアルバイトに就くかというと、まず夕方に昼寝場所である尾久の車庫から上野駅まで回送される。まず「ホームライナー鴻巣3号」として上野から高崎線を走り鴻巣に着く。着いたら上野に回送され、こんどは「ホームライナー古河3号」になって古河まで走る。古河に着くと再び上野に回送されてアルバイトは無事終了。489系電車は、そのまま急行「能登」に変身して本来の仕事に就くのである。

 そんな訳で今回はバイト中の489系電車に乗ろうと思う。
「みちゃん」
「なに」
「ついに『ホームライナー鴻巣』に乗るときが来たよ」
「そうかい」
 じつは「ホームライナー鴻巣3号」には前々から乗りたいと思っていた。
 ところが私たちのバカップル列車では、夜行列車は別として、日没後には列車に乗らないことにしている。だから夕方にだけ走る「ホームライナー鴻巣3号」に、バカップル列車として乗るのは至難の業だ。
 唯一、可能性として考えられるのは、夏至のころである。日が一番長い時期なら、「ホームライナー」は18時40分発なので大宮くらいまではまだ黄昏時だろう。だからこの時季をずっと待っていたのである。
「ことしの夏至は、六月二十二日なんだ」
「金曜日だね」
「でも、この日は別の用事が入っちゃったんだよ」
「じゃ、ダメじゃん」
「だから、この前後の日で行ける日はないかな?」
「土日なら空いてるよ」
「土日はダメだよ」
「なんで」
「ホームライナーは通勤列車だから、平日しか運転しないんだ」
「そうかぁ、なかなか難しいんだな」
「すまんのう」
「じゃあ、二十六日ならいいよ」
「わかた。二十六日にしよう」
 アルバイト電車は鴻巣に着いた後、上野に戻り、こんどは「ホームライナー古河3号」になるのだが、こちらは夜遅くになってしまうので、今回のバカップルでは割愛することにした。
「上野を出るのは何時?」
「18時40分」
「夕ごはんはどうするの?」
「あ……」
 みつこさんにとって、ごはんは人生の一大事である。食事の時間帯を走る列車に乗るときは、このことを忘れてはいけないのだった。
「上野でお弁当買って、電車の中で食べればいいと思ってたんだけど」
「電車の中で食べられるの?」
「うん、一応特急形電車だから食べられると思うよ。ロビーカーみたいなのもあって、酒盛りしてるおじさんたちもいるし」
「ええ!? 酒盛り?」
「だから、大丈夫だよ」
「あたしは酒盛りしないよ」



next page 二
homepage