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走れ!バカップル列車
第23号 銚子電鉄と芝山鉄道8・6キロ



   四

 今回の旅は銚子電鉄にだけ乗りに来るはずだったが、とうちゃんの思いがけない提案で、急遽もう一つ、芝山鉄道に乗ることになった。
 芝山鉄道と聞いて、どこからどこまで走っている鉄道か、すぐに答えられるひとはほとんどいないに違いない。しかし、成田空港の地下を通っていると聞けば、この鉄道のおよその出自は想像がつくだろう。
 芝山鉄道は成田空港建設による地元への見返りとして計画された鉄道である。
 会社設立から開業までは、じつに二十一年を要している。第三セクター鉄道として会社が設立されたのが一九八一(昭和五六)年、事業免許取得は一九八八(昭和六三)年。着工はさらにその十年後の一九九八(平成一○)年になる。その後も空港建設地の未買収地を迂回するためのルート変更が行われて、ようやく開業にこぎ着けたのが二○○二(平成一四)年一○月のことだった。
 これほどに時間がかかってしまった原因は、空港反対派との軋轢が解消されず、用地買収が難航したことにあるようだ。現に芝山鉄道は最後まで買収できなかった用地を、たとえそれが地下であるとしても迂回して走っているのである。
 路線は、京成電鉄の東成田駅(旧成田空港駅)と、空港を挟んで南東の方向にある山武郡芝山町の芝山千代田駅とを結んでいる。途中駅はなく一駅区間である。
 路線延長はわずか2・2キロ。自社で路線を保有する鉄道としては日本一短い。銚子電鉄が6・4キロだから、今回はバカップル列車としての乗車は合わせて8・6キロしかないことになる。
「あれぇ、芝山千代田の駅はどこだったかなァ?」
 ワゴン車を運転しながらとうちゃんが言う。果たしていま私たちはどこへ向かっているのか。カーナビが付いているが、とうちゃんは一向にそれを使おうとしない。
「使い方わからないんだヨ」
 カーナビはただの地図としての機能しか果たしていないようである。
「あたしたち、機械音痴だから」
 みつこママが笑う。
「でも、このあたりだぞォ。お、あった、あった! あれだよ」
 見ると、想像をはるかに越えた鉄筋コンクリートの高架駅が目の前に出現した。
「ええっ! これが芝山千代田?」
「おう、これだ! 間違いねえよ」
 巨大な埴輪が目立つ、やけに広い駅前ロータリーでワゴン車を降りる。
「じゃぁ、これで成田まで乗っていきなさいよ。あたしたちはクルマがあるから」
 みつこママと京成成田駅前で待ち合わせることにして、いったん別行動を取ることになった。

 みつこさんと私は京成成田までの二人分の連絡切符を買って改札口を抜けた。
 ダイヤは日中は四○分に一本の間隔で運転されていて、どの列車も路線の起点である東成田を通り過ぎて京成線の京成成田まで直通している。朝夕は本数も若干増え、上野へ直通する列車も何本かあるようだ。
 こんどの電車は芝山千代田駅14時17分発の京成成田行き。終点駅から上り列車に乗ることになる。
 ホームに上がると単線の線路が一本と細い片側だけのホームが一本だけある。
 駅前ロータリーも、駅舎も、高架線も、周りの景色と不釣り合いなほどに堂々とつくられていて新幹線の駅かと見間違うくらいであるが、線路とホームだけはこの鉄道の規模に正直につくられている。
 成田と反対側の線路はホームの端から一○メートルほどの所でぷっつりと切れている。駅前広場には「みんなの願いは早期延伸」といった九十九里方面への延伸を訴える立て看板が掲げてあったが、それが実現するような気配はこの駅周辺には見受けられない。
 成田行きの電車は京成線から乗り入れてきた銀色ステンレス製の四両編成である。
 乗客は少なく、一車両にぽつりぽつりといる程度である。私たちが乗った一番後ろの車両は私たち二人のほかにもう一人がいるだけのガラ空きであった。
「大丈夫なのかな?」
 みつこさんも心配するほどである。とても採算が合っているとは思えない。
 電車には警官が二人乗っている。なんでこんなところにお巡りがいるのか不思議なのだが、過激派対策のために必ず乗ることになっているのだそうだ。その割には、この二人の警察官は呑気におしゃべりに興じていて、とても警備中とは思えないほどの緊張感のなさだった。
 電車が発車した。広い空港の敷地の脇を走り出す。坂を下って高架の線路は地上に近づき、電車はそのまま地下のトンネルに潜り込む。
 突然ブレーキがかかる。どうしたのかと不審に思っていると、電車はS字型の急カーブをくねくねと曲がりはじめた。カーブが終わるとこんどは逆方向にS字型にくねくね曲がる。
 どうやらここが最後まで買収できなかった土地を避けるためのカーブのようである。障害物があるのなら、ずっと前方から曲がり始めて緩やかなカーブを描けばいいように思うが、「買収に応じなかったあなたの土地だけ避けているんですよ」と言わんばかりに形式的にその場所だけを避けている。
 わずか2キロの路線のちょうど真ん中あたりにこんなカーブがあってはスピードだって出せない。これも政治的な経緯で誕生した鉄道の宿命なのだろうか。
 トンネルの中を3分走って、芝山鉄道の起点駅である東成田駅に着いた。
 この駅はJRと京成の現在の成田空港駅が完成(一九九一年三月)するまで「成田空港駅」であった。ホームが二本、線路が四本あって、特急スカイライナーも発着していたが、いまはホームのうち一本は閉鎖され通勤電車しか発着しない。かつてターミナル駅として使われていた設備のほとんどは使われることなく年月を経ているのだろう。照明も薄暗くて、まるで廃墟のような駅である。乗客の乗り降りもわずかだった。
 そうして電車は京成線にそのまま乗り入れ、途中で成田空港駅からの線路と合流。芝山千代田からおよそ9分で京成成田に到着した。
 京成成田の駅前でとうちゃん、みつこママと落ち合う。
「成田山でも行こうか」
 とうちゃんが言う。みつこさんも私も異論はない。
 参道の左右に並ぶ商店を冷やかしながら、新勝寺に向かう。
 門を抜け階段を登り、大きな本堂のある広場に着く。線路から見えたはずの三重塔は改修工事中で防塵用の囲いに覆われていた。塔の姿はまったく見えない。
(来るときの電車から見えた塔は、何だったのだろう?)
 いまもってわからない。
 あれは、やっぱりあれは、成田山ではなかったのだろうか。



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