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走れ!バカップル列車
第23号 銚子電鉄と芝山鉄道8・6キロ



   二

 銚子電鉄のホームは、JR銚子駅二番・三番ホームの端っこにちょこんとある。
 改札口はないが、銚子電鉄ホームの入口にあたる場所には待合室のような屋根のとんがった小さな建物があって、そこを抜けると線路一本だけのホームに出る。
 次の電車は11時18分。まだ電車はホームに入っていない。
 銚子電鉄に乗ろうとしている客たちが少しずつ増えてくる。
 前方から上半分がチョコレート色、下半分が朱色に塗り分けられている古ぼけた電車が一両だけでやって来た。
 この電車、1002形というのだが、どこかで見たことあるようなと思っていたら、かつて銀座線を走っていた電車のようだ。乗っていると途中で電気が突然消えて非常灯だけになってしまう、あの古くてオレンジ色の銀座線の電車が、はるばる千葉の東の先で活躍しているのである。
 車内は混んでいる。わずか一両の電車に地元の中学生、おじさんおばちゃん、行商のおばちゃん、私たち同様カメラを持った目的不明の人びとなど、けっこうたくさん乗っている。
 ところが中学生は電車内では席に座らない決まりになっているらしい。爪の垢を煎じて都会の中高生に飲ませてやりたいくらいであるが、彼らのおかげで車内が混んでる割には座席にはちょこちょこと空席があったので、私たちは運良く横に二人並んで座ることができた。  銚子駅には銚子電鉄の駅員はいないので、切符は車内で車掌から買う。その日一日全線が自由に乗り降りできる弧回手形(こまわりてがた)を六二○円にて購入。

 時間が来て、茶色と朱色、ツートンカラーの銀座線電車が発車した。
 途中に立ち寄りたい駅はいくつかあるが、まずは終点の外川まで行こうと思う。
 仲ノ町でヤマサ醤油の工場を抜け、観音を過ぎて坂を登り、銚子の街を眼下に見ながら電車は走る。
 銚子電鉄の正式社名は、銚子電気鉄道という。銚子から終点の外川まで6・4キロしかないミニ私鉄だ。この6・4キロに銚子駅を除いて九もの駅がある。平均すると駅間は711メートル。まるで路面電車かバスのような雰囲気である。
 ルーツは一九二三(大正十二)年七月に開業した銚子鉄道で、開業二年後の一九二五(大正十四)年には電車の運転を開始し、一九四八(昭和二三)年に現在の社名となった。
 国や県などから欠損補助を受けるなどしていて、鉄道の経営成績はあまりよくないようだが、観音駅でのたい焼き販売、犬吠駅でのぬれ煎餅販売などの収益は鉄道業の赤字を補うほどだという。

 銚子を発車したとき混んでいた車内は、途中駅で中学生や行商のおばちゃんたちがぞろぞろと降りていったおかげで半分くらいになった。
 11時37分、銚子を発車して19分で終点外川に着いた。
 帰りは寄り道もしたいので、この電車の折り返しである11時40分発の上りに乗ろうと思う。
 外川駅の渋い木造の駅舎をバックに記念写真を撮ることにした。わずか3分の滞在時間なのでテキパキとやらなければならない。お互いに撮り合ってまた電車に乗ろうとしたところへ、一人のおばちゃんが声をかけてきた。
「写真、お撮りしましょうか?」
 せっかくなのでデジカメを渡して撮ってもらうことにした。
 駅舎をバックに二人並んでいると、「ぷあん」と電車のタイフォンの音がした。
(え、もう発車? 写真撮ってもらってる場合じゃなかったかな?)
 気持ちは焦るが、おばちゃんはマイペースでカメラを構えている。
「はい、撮れたわよぅ」
「ありがとうございます!」
 お礼もそこそこにホームに戻ると、すでにそこに電車はいなかった。
「あ〜あ……」
 愕然としながら撮ってもらった写真を見ると、私たち二人の顔がでかでかと写っているだけで、どこで撮ったのかまるでわからない写真だった。

 次の電車は34分後の12時14分発である。
 中途半端に時間があいてしまった。しかたないので駅の周りをもう少しゆっくり見てみることにする。
 駅から南にのびる道の向こうに青い海が見える。
「みちゃん」
「なに」
「あそこから海が見えるよ」
「ホントだ」
「ちょっと見に行かない?」
「いいよ」
 ちらりと見える海をめざして、てくてくと坂道を降りてゆく。
 歩くが、なかなか海には近づかない。見えるから近いように思えるが、実際に歩いてみるとそこそこ距離がありそうだ。
「なんだか遠そうだね」
「遠そうだね」
「戻るかい」
「もう乗り遅れたくないもんね」
 結局、間近に海を見ることなく、また駅に戻って来た。ホームにカップルが一組いる以外は誰もいない。電車を降りた直後あんなにたくさんいた人たちはいったいどこへ行ってしまったのだろう?
 昼時だからどこかの食堂に行っているのかもしれないが、あいにくこの近くの食堂を調べ忘れてしまったので、私たちにはどこにいい店があるのかもわからない。
 待合室でぼんやり電車を待つことにした。
 不思議なことに次の電車の時間が近づくと、どこからともなく乗客が集まってくる。
 次の電車がやって来て、12時14分、外川の駅を後にした。
 こんどの電車は銀座線とは違う701形だが、こちらもこちらでなかなか年季の入った車両である。床は木、棚は網、運転席と客室を隔てる壁や扉も木製である。
 一駅乗って、犬吠で降りる。ぬれ煎餅はこの駅で売っているらしい。電車レストランがあるのでここでお昼を食べようと考えていた。一本乗り遅れてしまったので、この駅にいられる時間は二五分ほどになってしまった。
 早速ぬれ煎餅を買う。
 そしてお昼を食べたいのだが、電車レストランは営業していないらしい。その代わりという訳ではないが、洋風建築の駅舎内で地元のおっさんおばちゃんがイベントをやっていて、つみれ汁を売っている。どんなものなのか興味も湧いたので、二人でつみれ汁を買って食べることにした。
 一杯三○○円とお手ごろのお値段だったが、弾力があってうまい。つみれのほかにイワシの身をすり潰した魚めんが入っている。さすがイワシの陸揚量全国一位を誇るだけのことはある。みつこさんも「おいしい、おいしい」と言っている。
 そうしておなかもふくれて満足していたら、三脚をさっきの電車に忘れてきたことに気づく。きょうは電車に乗り遅れたり、忘れ物をしたり散々である。
 駅のおばちゃんに聞いてみる。
「さっきの電車に三脚をわすれてしまったんですが」
「銚子行き?」
「はい」
「あったらどこに置いとく?」
「あ〜……っと、次に観音に行くので、観音の駅で」
「じゃ、聞いてみるね」
「お願いします」

 犬吠を12時41分に発車する銚子行きの電車に乗る。
 こんどはたい焼きを売っている観音までの乗車。彼方に犬吠埼の灯台が見える。畑の中、草むらの中、のんびりした田園風景の中を一両の電車がトコトコ走る。
 笠上黒生で下り電車と交換。笠上黒生は「かさがみくろはえ」と読む。知らなければとても読めない難読駅名だ。
 再び電車は走り、本銚子を過ぎると線路は左にカーブしながら段丘の上に出る。銚子の町が一望でき、その向こうに利根川もちらりと見える。
 12時54分、観音に着いた。
 電車を降りると駅員がいた。ここに三脚があるはずである。
「あのう……」
 声をかけたら、そのお兄さんは「ハイ」と言いながら、事務室の中にさっと入ってしまった。
(あれあれ? 三脚のこと聞きたいんだけどな。)
 そう思っていたら、おにいさんは私の三脚を持って出てきた。まだ三脚のこと何も言っていないのに、なぜわかったんだろう?
「こちらですね?」
「はい! ありがとうございます」
 三脚も無事戻り、一安心。
 たい焼き屋は、駅舎の一角の外の道に面したところにある。
 みつこさんと私とで一つずつ買うことにした。ヒゲタ醤油のベンチに座って二人で食べる。これはうまい。うまいうまいと言いながら、あっという間に食べ尽くしてしまった。
 次の13時22分発の銚子行き電車に乗る。
 もっと時間があるなら観音と銚子の間にある仲ノ町にも途中下車して、イベント列車「澪つくし号」で活躍する小さな電気機関車デキ3形を見学したかった。電車が仲ノ町を発車するとき窓から黒い凸形のデキ3が見えた。今回はこれで満足することにする。
 そうして13時26分、銚子駅に戻ってきた。銚子まで来たのに、醤油工場にも犬吠埼にも行かずに帰ってくることになった。



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