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走れ!バカップル列車
第23号 銚子電鉄と芝山鉄道8・6キロ



   一

「ぬれ煎餅買ってください!」
 銚子電鉄がインターネットで呼びかけたことがマスコミにも取りあげられて、一時話題になった。
 友達の多くは私が鉄道おたくであることを知っているので、みんなに会えば「ぬれ煎餅買った?」とか、「銚子電鉄乗った?」などと毎度のように訊かれた。
 そのたびに私は「まだ食べてないんですよ」とか「ええ、まあ」などと答えていたが、じつは銚子電鉄に乗ったことがあるかどうか、自分でもよくわからない。近くまでクルマで行って、一駅とかちょこっとだけ乗ったことがあるような気もするが、乗っていないような気もする。どうにも記憶が曖昧なのである。こんな状態ではまたまた鉄道おたく失格なのであるが、しかたがない。
(こりゃあ、一度改めて銚子電鉄に乗らなければいけないなァ。)
 そう考えていたところへ東金のみつこママから電話が来た。三月の終わりごろだったと思う。
「こんど二人で千葉においでなさいよォ」
 みつこママは、正月のイタリアツアーで仲良くなったすずきさんの奥さまである。ご夫婦で参加されていたので、私は旦那さんのことを「すずきのとうちゃん」、奥さまを「みつこママ」と呼んでいる。
 パックツアーの同行者たちと日本で再会するほどに仲良くなるのは稀である。そればかりか旅行から一月半経った二月には有志を募って同窓会まで開催してしまった。うちの嫁のみつこさんはイタリアには行かなかったのだが、同窓会に招かれた縁で千葉にも二人で誘われたのである。
 しかもみつこママも嫁みつこも同じ「すずきみつこ」である。これまたものすごく珍しいことである。
 せっかくお誘いいただいたのだし、暇は充分あるので千葉に遊びに行くことにした。もちろん銚子電鉄に乗りに行く。銚子電鉄に乗れて、すずきさんご夫妻にも会えるのだから、こんなにいいことはない。
「四月の二十一、二十二日は大丈夫ですか?」
「いいわよォ」
 楽しみがまた一つ増えた。

 夫婦になって六回目、二○○七年の桜の季節も過ぎ、まばゆい若葉が吹き出るようになった。
 みつこさんと二人、いよいよ千葉に出かける日がやって来た。四月二十一日の朝である。
 東京駅の総武線用地下ホームから08時10分発快速「エアポート成田」に乗る。快速列車は成田空港に行ってしまうので、途中駅の成田で下車し(09時29分着)、佐原経由銚子行き成田線普通列車に乗る。
 成田駅で階段を渡り、五番線に来てみると、もう都心では見ることがなくなった国鉄形の113系電車が四両編成で停まっていた。かつて「横須賀色」と呼ばれた紺色とクリーム色のツートンカラーの電車である。方向幕には「銚子(成田回り)」と書いてある。
 二両目、三両目は階段の近くで混んでいるので、空いている一番後ろの電車に乗ることにした。
 四人がけボックス席が並んでいる座席配置で、近所のボックスには、佐原の散策に出かけると思しきおばちゃん四人組やボーイスカウトの子供たちが乗っている。どちらもとても賑やかだ。
 09時39分、成田線鈍行列車2435Mが発車した。
 きょうも良い天気だ。右窓から塔のような建物が見える。
「みちゃん」
「なに」
「あれが成田山新勝寺なのかな?」
「成田山て線路のどっち側にあるの?」
「わかんないよ。でも、きっと成田山だよねえ」
「ほかにはなさそうだけど」
 しばらくすると成田空港への線路が分岐する。この線路は分岐したあと巨大な高架橋になっていて空港へ向かってまっすぐに伸びている。もともと成田新幹線として計画された橋だけに在来線には不釣り合いなほどに立派である。
 晩春、というより初夏の、うららかな日射しの中を電車は走る。
 そこかしこにゴルフ場が見え隠れする下総台地を北に走り、滑川を過ぎると線路は平地に下ってくる。ここからは下総台地の北縁に広がる平野を利根川の流れに沿って東に進む。
 左右の車窓は水を張った田んぼである。このあたりはいまがちょうど田植えの季節だ。田植えを待つ田んぼ。すでに田植えが終わった田んぼ。そして農家のおっさん、おばちゃんがやって来て、まさに田植えをしている田んぼ。
「おいしいお米ができるといいね」
 みつこさんは田んぼを見るたびにそう言う。
 隣のボックスに陣取っていたおばちゃん四人組は成田からひたすらしゃべり続けて佐原で降りた。降りるときも「ここどこ?」「わかんない」「佐原?」「あ、佐原だ!」「うっそーぉ」「降りなきゃ降りなきゃ」「ホントに降りるの」「佐原だって」「忘れ物ない?」「アハハハハハ」など、とても賑やかであった。おばちゃんたちのいなくなった車内がなんだかとても寂しく思えるほどだ。
 佐原は、江戸時代に測量による正確な日本地図をつくった伊能忠敬の出身地であり、いまも街には歴史的建造物が残っているという。いつかはゆっくり散歩したいと思うがきょうは素通りである。
 香取で鹿島神宮に向かう鹿島線が分岐する。鹿島線は成田線から分かれるとくるりと左に曲がって利根川を長い鉄橋で渡っている。
 ボーイスカウトの子供たちは小見川で降り、車内はますます寂しくなった。
 少しうとうとしているうちに右側から総武本線が近づいてきて松岸に着いた。
 路線としての成田線はこの松岸で終点であるが、列車はそのまま総武本線に入って銚子まで行く。反対側のホームに上り千葉行きの総武線普通列車がやって来た。
 海岸に近い平野にならぶ巨大な風車を見送り、10時59分、成田線鈍行列車は銚子駅に到着した。



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