homepage
走れ!バカップル列車
第22号 かしてつの老気動車



   四

 列車はひたすら霞ヶ浦の湖畔を走る。
 霞ヶ浦に一番近い桃浦、ちょっとした丘の中にある八木蒔と停車。八木蒔は切り通しの中にある駅で、陽が陰っていて薄暗い。みつこさんが「地味な駅だな」と言っている。
 気動車は再び平野に出て、かつて船が出ていた浜に近づく。するとホームに停車する直前で急停止してしまった。何だろうと思っていたら、列車の写真を撮っていた鉄道おたくたちが線路に近づきすぎたためらしい。
 浜を出ると線路は少しずつ左に曲がる。霞ヶ浦とはここでお別れである。
 玉造町に着いた。常陸小川と同じくかつては終点だったこともある駅で、比較的規模の大きな駅である。ホームの反対側に上り列車が来てすれ違う。上り列車の気動車もなかなか年季の入った車両である。
 玉造町を出ると線路はまた左にカーブして、こんどは山道に差しかかる。辺りは俄に山奥の様相となり、左も右も茂みしか見えない。エンジンは激しく唸り声を上げるが、スピードは落ちてしまう。気動車は老体に鞭打ちながら、ゆっくりと苦しそうに坂道を登ってゆく。
 やがて土地が平らになって榎本に停車。百里基地からのパイプラインはかつてこの駅まで伸びていて、貨物の取扱いがあった。次の借宿前との間もまた山で急勾配をうんうん言いながら登り降りする。
 列車はいつしか平野に出てカーブの途中にある巴川に到着する。再び山林に入ったかと思うと小さな丸太小屋の待合室がある坂戸に停車。そうして田んぼや家並みが続く中を走り抜け、くねくねとカーブを曲がって13時24分、終点鉾田に到着した。

 鉾田の駅は鉄道おたくたちでごった返していた。
 いま着いた車両の折り返しとなる13時26分発石岡行きの列車に乗る人びと、列車から降りて折り返し列車をカメラを構えながら見送る人びとが、ものすごい勢いで入れ替わる。停車時間はわずか二分。
 私たちも線路の脇からカメラを構えるが、おたくたちが辺り構わず割り込んでくるので列車を撮るのもたいへんである。みつこさんは買ったばかりのデジカメで金太郎塗りの気動車を捉えようするが、カメラを構えたところへ前に割り込まれて、「撮れないじゃん」とぶーぶー文句を言っている。
 そんなことを言っているうちに、気動車はエンジンを噴かしてさっさと石岡へ向かって走り去ってしまった。
 次の上り石岡行きは14時52分発、一時間半ばかり時間が空いた。
 ホーム裏手には高校生たちがつくった「かしてつを救え」「がんばれかしてつ」といった六畳ぐらいの大きさの垂れ幕が二枚かかっている。
 階段を数段降りて改札口に向かうと、鉾田町の宣伝のためだろうか、手前で地元の農家のおばちゃんがにんじんを配っている。みつこさんも二本いただいた。「これでなにつくろうか」と喜んでいる。
 切符を見せて改札口を抜けると待合室がある。正面は出口。改札口から見て右手に立ち食いそばとたい焼きのお店がある。改札のすぐ左脇には出札口があって、いまではほとんど見られなくなった硬券切符を装填するケースがある。
「みちゃん、昔よくあった切符を売る機械があるよ」
「ほんとだ。懐かしいねぇ」
 せっかくなので記念に何か切符を買ってみることにした。あのケースから切符を出してほしいから、記念切符とかじゃなくて、ふつうの鉾田駅の入場券を買うことにする。ガラス越しに「入場券ください」と言うと、年配の駅員さんがケースから「カシャン」と切符を取り出して売ってくれた。立派な硬券入場券、一枚一五○円也。
 とくに鉾田の町を見るつもりはなかったが、ちょっとだけ出口を抜けてみる。
 駅舎は立派な瓦屋根の木造平屋建てだが、玄関の庇の上には、西洋の教会堂の正面ような飾りがついている。駅前はそれほど大きくないが広場になっていて、タクシーが一台停まっている。東へ一キロ半ほど行くと鹿島臨海鉄道の新鉾田駅があるが、そこまで往復する時間もない。結局、とくにどこへ行くともなく駅の待合室で次の列車をぼんやり待っていた。

 14時52分発石岡行きの列車は少し遅れて鉾田駅にやって来た。
 車両は来るときに玉造町ですれ違ったキハ602形という型番の気動車である。製造年は一九三七(昭和十二)年。同型で最古参のキハ601形(一九三六年製造)には及ばないが、すでに七○歳のじいさんである。
 車体はクリーム色で窓の周辺と裾の部分だけ朱色の帯が塗られている。古い車両だが長さは19メートルあって、ドアは左右に三つずつある。座席はすべてロングシート。収容力は鹿島鉄道で一番らしいが、乗客はそれ以上に多いようだ。車内は来たときよりも混んでいて、私たちはこんどは座席に座れなかった。しかたなく二人でつり革につかまって石岡に向かう。
 列車は来た道を戻り、借宿前、榎本付近の山道をゆっくりゆっくり進んでいる。
 エンジンは盛んに唸り声をあげているがスピードは一向に上がらない。ふだんならそれほど混雑しないローカル線である。老気動車も空いている状態に慣れてしまって、乗客をたくさん乗せての坂道は重くてしかたないのだろうか。
 玉造町で前の席が二つとも空いたので、混んでいる車内なのにまたもや二人並んで座れてしまった。
 浜付近から霞ヶ浦が見えてきた。線路脇には鹿島鉄道の気動車を撮ろうと鉄道おたくたちがたくさん並んでカメラを構えている。
「みんなにあいさつするんだ」
 みつこさんは後ろを振り返り、窓の外のカメラマンたちに手を振っている。
 西に傾きかけた太陽の光がガラス窓から射し込んでくる。みつこさんはまぶしさを我慢して目をぱちぱちさせながら、手を振り続けている。
 カタンコトン、カタンコトン……。ジョイント音が規則正しく車内に響く。
 霞ヶ浦の眺めにも満足すると、だんだん瞼が重くなる。最後のかしてつである。こんなところで寝てはいけないと思うが、気動車の振動はとてつもなく心地良くまるで揺りかごのようだ。隣のみつこさんはすでに夢の中。
 私はどうしていたのだろうか。言うまでもないだろう。はたと気づけば列車は終着石岡駅に着くところであった。



homepage