homepage
走れ!バカップル列車
第22号 かしてつの老気動車



   三

 五番線に来てみると、ホームはすでに私たちの仲間である鉄道おたくたちで埋まっている。
「切符はどこで買うの?」
 みつこさんがさっきから切符のことを心配している。常磐線から降りてそのまま鹿島鉄道のホームに来てしまったので、切符がなくて気になっているのだ。
「ホームで買えばいいんじゃないかな」
 私だって初めてなので勝手がよくわからない。
「一日フリーきっぷも売ってるの?」
 来る前に調べた情報によると、「鹿島鉄道1日フリーきっぷ」という切符を売っているらしい。それがホームで買えるかどうかまでは調べがついていない。JR線から改札を出ないで乗れる石岡駅の構造からして、ホームで買えなかったらどこで買えるのだというくらいだが、本当に買えるかどうかまではわからない。
「大丈夫なの?」
 みつこさんは私の曖昧な答えに不満そうである。私に訊いても無駄だとわかったのか、こんどは駅員に突撃している。
「切符買えたよ」
 駅員に尋ねて、売ってるというのでそのまま二人分買ってくれたようだ。
 フリーきっぷは土日・休日だけの発売で一一○○円。石岡から終点鉾田まで片道で一○八○円なのに、その日一日全区間自由に乗り降りできて(少なくとも終点まで往復できて)一一○○円というのはかなりお得な切符である。
 幅の狭い五番線のホームは、白線ぎりぎりまで乗客たちであふれている。
「廃止が迫っているからその前に一度乗ってみるか」という雰囲気の地元のおっさん、おばさんもちらほらいるが、ほとんどは鉄道おたくと言っていい。
 ホームの向かい側は線路が何本も並んでいる機関区で、鹿島鉄道の気動車(ディーゼルカー)が何台も留置されている。比較的新しいレールバスもあるが、ほとんどは相当年季の入った老気動車である。この古参組がまた鉄道おたくの人気を集めているらしい。
 しばらくすると、機関区に留置されていた気動車の一台が動き出し、また折り返して水戸方向からホームに入線してきた。これが12時31分発、鉾田行きになる。
 列車が来れば、おたくたちはさらに線路側に身を乗り出して写真を撮ろうとするからとても危険だ。乗客と接触事故を起こさないよう気をつけているのか、気動車は抜き足差し足でそろりそろりと近づいてくる。
 やって来たのは、キハ432形という小型の気動車一両だった。
 前面に「83年間 ありがとうございました 2007・3・31 鹿島鉄道」という丸いヘッドマークを付けている。
 車体の上半分はクリーム色、下半分は朱色。運転席の窓は大きな二枚窓で、上半分のクリーム色が下半分の朱色に向かって曲線状のV字型に入り込んでいるような塗り分けである。この切れ込みのカタチが金太郎が着けていた菱形の腹掛けの裾部分に似ているので、「金太郎塗り」とも言われるそうだ。
 ドアが開いてたくさんの鉄道おたくたちと一緒に列車に乗り込む。座席は側面の窓に背を向けた長椅子のようなロングシート。これだけたくさん乗る人がいるから座れないだろうと思っていたのだが、運良く二人並んで座ることができた。
 続々と鉄道おたくが乗り込んで、通勤電車さながらの満員状態になった。
「座れてラッキーだね」
「よかったね」
 運転席後ろの壁についているプレートを見ると「昭和32年」製造とある。一九五七年だから五○年選手。期待通りの貫禄である。
「みちゃん、床が木だよ」
「あ、ほんとだ。昔の学校みたい」
 みつこさんが車内をきょろきょろと見渡している。
「油のにおいがするね」
「するする」
 天井にあるのは扇風機くらいでクーラーはない。網棚は本当に「網」でできている。
「懐かしい雰囲気だなあ」
「うん、楽しいねぇ」
 ホームでは駅員たちが何やらせわしそうに動き回っている。ホームにあふれていた鉄道おたくたちをたった一両の旧型気動車に押し込めようというのだから、たいへんなことである。乗りこぼしがないか、乗客がドアに挟まれないか細心の注意を払う。
 なんとかみんな車内に収まって、ドアも無事閉まって、出発進行!
 ぷおん、とタイフォンを鳴らしながら、鉾田行きワンマン列車が発車した。ディーゼルエンジンをぶるるんと振るわせて、ゆっくりと動き出す。

 石岡を出た線路はしばらく常磐線の脇を走る。上野に向かう常磐線は立派な複線電化でまっすぐと伸びている。こちらは単線非電化の細い線路が草ぼうぼうの中に続いているだけで、遠慮するように左にカーブして行く。
 鹿島鉄道の路線は、おおざっぱに言って石岡から東に向かっているが、よく見ると「く」の字を倒したような形だ。途中の玉造町までは霞ヶ浦に沿って南東に走っているが、玉造町からは方向転換し、鉾田に向かって北東に走っているのである。
 気動車は軽快なエンジン音を響かせながら、関東平野のなんでもない田園地帯をとことこ走っている。
 私たちは進行方向右側の座席にいる。こちらから見える風景は土が露出した冬の田んぼばかりである。ところどころ水の張ってある田んぼのようなものがあるが、蓮田だろうか。左側はたくさんの乗客たちに遮られてよく見えないが、脇に国道355号線が走っていて、ちょっとした賑わいになっているようだ。
 玉里で上り列車とすれ違いして、またいくつか駅に停まると常陸小川に着く。常陸小川は旧小川町(現小美玉市)中心市街の最寄り駅。駅としても規模が大きく、石岡からこの駅までの区間列車も設定されている。かつて貨物列車を牽引していたDD901形ディーゼル機関車が駅構内に留置されているが、左側にあったため茶色い車体がちらりと見えただけだった。
 小川高校下を過ぎると右窓からは送電線の大きな鉄塔がどん、どんと立っているのが見える。だだっ広い地面の上に鉄塔ばかりがなにやら大きく目立っている。
 鉄塔を何本か見送ると田んぼのはるか向こうに横一文字の白い光が見えてきた。霞ヶ浦(西浦)だ。少しずつ近づいて行くと湖は線路ギリギリまで迫ってきて、車窓いっぱいに水面が広がる。
「すご〜い!」
 みつこさんが思わず叫ぶ。座っている乗客は後ろを振り返り、立っている乗客は窓をのぞき込む。
 後方を振り返ると湖面の向こう側には筑波山がぽっこりとそびえている。
 列車は走る。カタンコトン、カタンコトン……。ジョイント音が規則正しく車内に響く。



next page 四
homepage