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走れ!バカップル列車
第21号 いちご電車と水間鉄道と特急はるか



   四

 出発信号機が青になった。電車はゆっくり発車。左に急カーブしながら民家の裏庭のようなところを抜き足差し足で進んでゆく。
 カーブが終わったところにかつては海塚という駅があったらしいが、いまは踏切の名前に名残を留めるだけになっている。ここから先は、水間に向かってほぼまっすぐの線路になり、電車もスピードを増してくる。
 貝塚市役所前、近義の里(こぎのさと)と停車し、次の石才(いしざい)との間でJR阪和線のガードをくぐる。ただ、この立体交差付近にはJRにも水間鉄道にも駅はなく接続はしていない。
 近義の里、石才もそうだが、水間鉄道には難読駅名が多い。次の清児などは知らなければどうしたって「せちご」とは読めないだろう。その次の名越(なごせ)もなかなか難しい読みである。
 民家と田畑が混在する平野を進んで、名越に着いた。線路がY字に分かれて、二本の線路の真ん中にホームがある。向こう側の線路に上り電車が停まっていて、すれ違いをする。沿線で唯一、上下列車のすれ違いができる駅である。
 名越を出たところでくねくねとカーブを曲がるとまたまっすぐになって電車は快調に進んでゆく。和泉山脈から流れ出る川を遡るように進むので、なだらかながらも線路は微妙に上り勾配になっている。
 車掌さんカバンを肩から掛けて車掌が車内を巡回している。歌舞伎役者を思わせる目鼻立ちの整った色白の若いお兄さんである。途中駅から乗ってきた客に切符を売り、駅に停まると運転室に入ってドアを開け閉めして、また車内に戻ってくる。五・五キロの路線に駅が十もあるから、車掌さんも忙しい。
 森、三ツ松、三ヶ山口と停車して、15時39分、終点水間に着いた。
 水間駅も線路が二本あってその真ん中にホームがある。ホームの先端は改札口に続いている。駅舎は開業当初からある木造寺院風で、屋根の上に五重塔のてっぺんにある相輪のようなものが載っている。国の登録有形文化財に登録されているという。
 初詣のころは賑わうであろう駅前広場を、さとしくん号がぐるぐると走って回っている。おくのさんは駅前でさとしくん号の記念写真を撮ろうとしているが、さとしくん号がつねに動き回っているので、写真はなかなかうまく撮れない。
 駅の貝塚寄りには車庫がある。その一角に501形という古い電車が保存されている。公開はしていないようだが、カーテンがあって電気が点いている。職員の詰め所に使われているのだろうか。
 さらに向こうの車庫には、新しくお目見えする電車なのか、銀色の電車が塗装中である。左半分はのっぺらぼうで、右半分だけ赤い帯が巻かれている。
 せっかくだから水間観音にお参りしようかと思ったが、時間が遅くなりそうなので、次に来た電車の折り返しに乗って貝塚に戻ることにした。
 さとしくん号は、私に話したいことがたくさんあったようで、いろいろ話しかけてくる。
「ぼくたちがここに来るまで乗ってきた電車は何でしょう?」
 二択クイズである。
「一番、みさき公園行き電車。二番、和歌山港行き電車」
 わからないので当てずっぽうだ。
「和歌山港行き電車」
「ブブー、みさき公園行き電車でした〜!」
「ええ〜、わかんないよ〜!」
「じゃあ、次の問題……」
「ええ〜、まだあるの〜?」
「問題に答えないと、電車から降りることはできません!」
 クイズに答えている間に貝塚に着いた。そのまま四人で南海電車で難波に行き、心斎橋でうどんちりをたらふく食べて夜が更けた。

 翌二十四日と二十五日の午前は安藤忠雄の建築を見て回った。とくに二十四日、Sさんの案内で訪れた「住吉の長屋」は永年の念願でもありうれしかった。
 二十五日の午後は京都の街をぷらぷら歩き、あぶらとり紙のよーじや本店、和文具の崇山堂はし本などを訪れた後、京都駅から関空特急「はるか」に乗る。
 特急はるかは、一九九四年九月、関西国際空港開港とともにデビューした空港連絡特急である。大阪泉州沖に新しく開港した関西空港は、計画段階から大阪市内からのアクセスを重視して建設され、道路は阪神高速道路と阪和自動車道、鉄道はJRと南海電鉄がターミナルビルに直結している。
 JRも南海も大阪市内から特急列車として「はるか」、「ラピート」を走らせている。南海のラピートは難波発着であるが、はるかは外国人旅行客を意識してか、京都駅発着であるところが特徴である。愛称も「関空エクスプレス」といった名前にしないで、あえて「はるか」としたのは、和のイメージを重視したからといわれている。
 京都駅の烏丸口を入り、みつこさんと二人、改札に面した日本一長い一番線ホームを大阪寄りに向かう。ホームの西の外れ、山陰線ホームの並びにある三○番線がはるか専用ホームである。改札を抜けてから階段を昇り降りしなくていいので、荷物の多い旅行客には有難い。
 てくてく歩いてくると、白くスマートな車体の281系電車が六両編成で停車していた。
 これが15時45分発の「はるか41号」になる。車内清掃が終わってドアが開く。
 特急券に指定された座席は四号車四番C・D席で、進行方向左側である。自由席は混雑してるようだが、この車両は乗車率五○%ぐらいである。比較的空いているのだが、隣の席のスキンヘッドのおっさんが電話でべちゃくちゃしゃべっていて何やら騒がしい。車内が快適かどうかは乗車率だけで決まるとは限らないものである。

 はるかが発車した。
 このはるかとほぼ同時刻に京都を発車するのぞみ28号(京都15時46分発)は、18時06分には東京に着く。片やはるかで関空に着いてJAL1312便に乗り継ぐと羽田に着くのは18時55分。もうなにをしているのか、よくわからない。はるかに全区間乗りたいがために飛行機に乗るようなものである。
 梅小路蒸気機関車館がすぐ右に見える。
「みちゃん」
「なに」
「蒸気機関車が見えるよ」
「え? どこどこ」
「ほら、白い煙がもくもく出てるでしょ」
「あ! ホントだ」
 はるかはちょっと変則的な走り方をする。東海道線の本線には入らず、脇にある貨物線を走る。スピードは出せず、左を大阪方面の新快速が追い抜いて行く。
 向日町の手前で複々線の東海道線を乗り越え、やがて東海道線の下り本線(列車線)に入る。ようやくスピードが出てくる。ところが千里丘の手前でまた本線を外れ、貨物線に入る。上り本線(列車線)の右側を走るような形になる。
 みつこさんは、梅小路の蒸気機関車の煙を見て間もなく、すやすや寝てしまった。起きているとトイレにも行きたくなるから注意しているのだろう。
 なにしろ連休の京都駅はたいへんな混雑で、トイレも超満員、特に女子トイレは長蛇の列であった。トイレに行きそびれたはるかの乗客は、車内のトイレを利用する。だからはるかのトイレもつねに行列で、この列は終点まで絶えることがなかったのである。
 新大阪に着いた。上り線の外側の一一番ホームに停車。このあたりは南紀方面へ向かう特急「くろしお」と同じルートである。
 淀川を渡るとこんどは東海道線と別れ、大阪駅の北隣にある梅田貨物駅の脇を通る。新大阪は停まるのに、大阪駅には通らない。こんなところもまた変則的である。
 東海道線のガードをくぐり、大阪環状線の右脇の坂を登ると環状線と並んで走る。
 西九条で環状線外回りを横切り、中線に入って停車する。西九条を発車すると、こんどは環状線内回りを走る。なかなか忙しい。
 晩秋の陽は短く、街の灯がぽつぽつと点りはじめる。暗くなりかけた空の向こうに、電飾に覆われた通天閣が見えてきた。
 天王寺に停車。しばらく停まり、16時32分に発車。関西空港到着は17時03分だから、四六キロをわずか30分あまりで走覇することになる。
 特急はるかは、途中駅でいくつも通勤電車を追い抜きながら、黄昏の阪和線を走り抜けてゆく。
 高架線を走っているうちに、左に単線の線路がまっすぐに伸びているのが見えた。何線だろうと思って地図を見たら、一昨日さとしくん号と乗った水間鉄道の線路だった。



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