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走れ!バカップル列車
第21号 いちご電車と水間鉄道と特急はるか



   一

 十月下旬から十一月にかけての季節は、やはり旅に出たくなる。
 紅葉のシーズンだから、一般的にも旅行をする人は多くなるのだろう。私はと言えば、紅葉は見られればラッキーというぐらいのもので、やはり文化の日や勤労感謝の日などがあって、休みが取りやすいというのが大きな理由である。
 そんな訳で今年は夏の終わりごろから、十一月下旬にみつこさんと二人で関西方面へ出かける計画を立てていた。
 ところが、うっかり見落としていたことがあって、もう一回十一月中に出かけたいところが出て来てしまった。
「みちゃん」
「なに」
「関西の航空券、もう変更できないんだよね」
「バーゲン割引だから手数料が高いんじゃないか?」
「そうだよね……」
「また、どこか行きたいの?」
「……」
「行けないよ」
「そうだよね……」
 うかつであった。夏の終わりの時点でこのことに気がついていれば、バカップル列車の行き先をこちらにするはずのところだった。
 飛行機を変更せずに、もう一か所行きたいところに行けるかどうかも考えたが、時間的にも予算的にもやはり無理がある。
「そんなに行きたいなら、ひろさん一人で行ってくれば?」
「いいかのう?」
 しかたなく、十一月は一人旅を一回、バカップルを一回することになった。

 十一月中にどうしても出かけたいというのは、この十一月限りで廃止となってしまう神岡鉄道である。廃止のニュースは前から知っていたが、それがもうまもなくであることをすっかり見落としてしまった。
 神岡鉄道は、高山本線の猪谷駅(富山県富山市)から奥飛騨温泉口(岐阜県飛騨市神岡町)までを走る全長一九・九キロのローカル線である。一九六六年十月に国鉄神岡線として開業、一九八四(昭和五九)年に第三セクターの神岡鉄道に引き継がれた。
 第三セクターといっても株式の五一%は三井金属鉱業が所有しているから民間企業の子会社のような存在だ。三井金属鉱業は、神岡鉱山を経営する神岡鉱業の親会社である。
 この路線は、神岡鉱山から産出される硫酸を輸送しており、収入の大半は貨物輸送によっていた。ところが硫酸輸送がトラック輸送に切り換えられることとなり、貨物輸送は二○○四年十月で事実上終了。わずかな旅客を運ぶだけの困難な経営を強いられていた。
 ワンマン運転、駅の無人化などによるコスト削減、イベント列車運転といった増収策などさまざまな努力が続けられたが、旅客の減少には歯止めがかからない。国鉄から転換されたときの交付金も底をつき、ついに二○○五年夏、神岡鉄道は鉄道路線の廃止を決めた。
 また一つ、日本地図から鉄道路線が消えてゆく。
 モータリゼーションという時代の流れに逆らうのは難しい。だが、地球環境の保護という、さらに次の時代の流れを待てば存続もできただろうにとも思う。

 二○○六年十一月九日、私は最初で最後の神岡鉄道の旅に出た。
 上野駅から急行「能登」に乗る。能登は、上野駅を深夜23時33分に出発し、高崎線、上越線、信越本線、北陸本線を通って、翌朝06時38分に終着金沢に着く夜行列車である。全席座席車で、寝台車はない。直江津以東はJR東日本の路線であるが、489系という古い特急型電車はJR西日本の持ちもので、車掌も全区間西日本の車掌が越境して乗務している。
 じつは私は急行能登も初めて乗るので、楽しみにしていたのだが、日頃の疲れが溜まっていたせいか、ふつうにぐうぐう寝てしまった。長岡で進行方向が変わるので朦朧としながら座席を方向転換させたのは覚えている。自分の席は方向転換しても、反対側は空席でそのままなので四人分の座席が向かい合わせになる。向かいの席に足を乗せ、四人分を一人で占領して再び熟睡。親不知海岸の長いトンネルも夢の中。気がついたら入善という駅だった。
 まだ外は暗く、おっさんが寒そうにホームに降り立ったのが見えただけである。
 日付は十一月十日になっている。富山に着いた。神岡鉄道に乗るには富山で降りるのが良いのだが、能登の終点まで乗っておきたいので、そのまま乗り続ける。富山を発車し、洗面所で顔を洗って戻ってくると、外はやや明るくなっていて、急行は倶利伽羅峠を越えるトンネルを抜ける。そうして夜明けの北陸路を快走して、06時38分過ぎに終点金沢に着いた。
 07時09分発越後湯沢行きの特急「はくたか3号」で来た道を戻り、40分弱で富山着。
 神岡鉄道の起点猪谷までは、富山から高山本線の鈍行に45分ほど乗る。次の高山線猪谷行きは08時08分発である。
 列車が発車する三番ホームは、ちょっと辺鄙なところにある。島になっている二番・四番ホームの金沢寄りの隅っこにちょこんと間借りしているようなホームである。
 跨線橋を渡って二番・四番ホームの先端に来てみると、四番ホームの先が線路一本分だけ欠けていて、その空いたスペースにちいさなディーゼルカーが二両連結で停まっていた。
 座席はほどよく埋まっている。窓に背を向けたロングシートの座席だがなんとか座るところを確保したら、まもなくディーゼルカーは動き出した。
 高山線鈍行848Dは、神通川が作り出した扇状地を快調に走り抜けてゆく。富山市郊外の住宅地を抜けると稲刈りの終わった田んぼが見えてくる。民家は田んぼの中にぽつぽつと互いに一定の距離を置きながら建っている。集落の形態でもちょっと珍しい散村の光景である。
 越中八尾で高校生たちがぞろぞろと降り、さらに進むと扇状地は尽き、山が迫り、線路は神通川が作り出した谷に入る。左窓に神通峡をちらちらと見ながらトンネルに入ったり出たりして、08時54分、猪谷に着く。神岡鉄道との接続駅だが、谷間のこぢんまりした田舎駅といった雰囲気である。
 JR線ホームの向かい側に神岡鉄道のディーゼルカーが二両連結で停まっている。高山線よりもっとちいさな車両で、クリーム色の車体に赤と紺の帯がペイントされている。
 いよいよ神岡鉄道である。次の下り列車は08時56分発。乗換時間は2分しかない。撮影もそこそこにちいさなディーゼルカーへと向かった。



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