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走れ!バカップル列車
第20号 天竜浜名湖鉄道ワンマン列車



   四

 機関庫に向かって三人でとぼとぼ歩き始めた。駅前を走る県道を東に向かい、やがてその県道は天浜線の線路をオーバークロスするので、駅舎とは反対側に渡る。その陸橋を過ぎたところの細い階段を降りて、住宅地の間をくねくね進むと機関庫が間近に見えてくる。少々道に迷ったがどうにか着いた。
「入口はどこだろね?」
「誰か向こうで呼んでるよ」
 駅員か運転手か、機関庫の職員のおじさんが、私たちに向かってこっちだと言っている。
「行ってみよう」
 入ってみると目の前に転車台(ターンテーブル)があり、そこから扇形機関庫へとレールが延びている。機関庫には天浜線の白いディーゼルカーが何台か停まっている。
「見ていってよ」
 おじさんが案内してくれる。
 転車台はまさしく蒸気機関車時代の遺産である。電気機関車やディーゼル機関車は、車両の両側に運転台があるが、蒸気機関車は前後が決まっている。だから終着駅などで方向転換するためにこういった転車台が必要だった。
 機関庫の中心には転車台があり、そこから放射状に留置線が延びている。放射状に伸びる留置線に屋根を付けた建物は上から見ると扇形になるので、扇形機関庫と呼ばれる。
 かつては日本全国どこにでもあったが、蒸気機関車がなくなって転車台は数えるほどになってしまった。しかもイベント用などではなく、日常の車庫として現役で転車台と扇形庫を使っているところは全国でも珍しい。この機関庫と天竜二俣の駅舎は登録有形文化財に指定されている。なんだか天竜浜名湖鉄道は、動く鉄道博物館みたいである。
 機関庫の脇に鉄道ジオラマ館というのがあって、近所の鉄道少年がNゲージの鉄道模型を動かしていたが、模型はどこでもみられるので、ジオラマの周りにある昔ながらの道具を見物した。旋盤などは修繕にいまでも使っているという。
 ジオラマ館から出てくると、ちょうどディーゼルカーが一両、扇形庫から出てくるところだった。
 ガタン、ゴトンとゆっくり出てきて、転車台の中心に停まった。しばらくすると真ん中のテーブルがするすると回り始める。
「うわあ、回ってるぅ」
 みつこさんはこの瞬間に初めて転車台の意味がわかったという。
 転車台が停まった。またガタン、ゴトンと動き出して、ディーゼルカーは駅の方に向かって行ってしまった。
「ひろさん、よかったじゃん」
 母たかが言う。たしかに貴重なシーンを見ることができたが、ビデオを回していたので、テープにはいまのたかの声までバッチリ入ってしまった。
 機関庫のさっきのおじさんが話しかけてくる。
「何時のに乗るだ?」
「10時26分の新所原行きに」
「ちっと急がんとのう」
 時計を見ると十時十五分。駅まで徒歩十分かかるから、ギリギリである。
 たかに訊く。早足で行くのがきついようなら、次の列車でもいい。
「二十六分の乗る?」
「乗ろう」
 たかが答える。
 おじさんへの挨拶もそこそこに急いで駅まで歩くことにした。
 みつこさんや私でもこの炎天下、十分も歩けばへとへとなのに、七十二のばあさんにそんなことさせて大丈夫だろうかと心配になる。
 しかし、意外にもたかの足は早かった。私たちの前をスタスタ歩いている。しかも道ばたですれ違う機関庫へ向かうと思しき家族連れに道案内までして余裕を見せている。若い頃の鍛え方がいまの若者と違うのか、昭和一ケタの底力を見た感じだ。
 天竜二俣の駅には十時二十四分に着いた。反対側のホームにはトロッコ列車も停まっていたが、私たち三人はふつうの白いディーゼルカーに乗る。車内は混んでいたので、おばちゃんが一人だけ座っているボックスに混ぜてもらって何とか座れた。
 新所原行き119列車は間もなく発車した。
 たかは隣に座っている見ず知らずのおばちゃんに、
「走ってきたから、汗が吹き出てくるのよ」
と話しかけている。
 みつこさんが私の脇を突っついて、「知り合い?」と小声で訊く。私は「そんな訳ないだろっ」と答える。

 すぐに次の駅、二俣本町に着いた。二俣の町は山の中を流れてきた天竜川が平野に出てきたところに位置する。戦国時代からの城下町でもあったが、木材の集散地としても栄えたようだ。
 隣のおばちゃんが降りてしまったのでボックスは私たち三人だけになる。「暑い暑い」とたかが上着を脱いだ。そうするうちに列車は天竜川の鉄橋に差しかかる。
「天竜川だよ。広いなぁ」
「やっと見えたね。さっきは土手しか見えなかったけど」
「あ、天竜下りしてる」
「イカダだね」
 川辺の木々はどこまでも緑で、空はどこまでも青い。淡い緑色をした川面は、太陽の光をいっぱいに受けてキラキラと輝いている。
 西鹿島で遠州鉄道の電車を見送り、畑の中を列車は進む。
 またハート形の葉っぱを栽培しているのが見えた。
「あれ、なに?」
「ああ、畑にあるのかぃ? ありゃぁ里芋だよ。手前の地べた這ってるのがサツマイモだよ」
「そっか」
「あの、棚みたいなので作ってるのがとろろ芋だよ」
 列車は畑を抜け、林を抜け、トンネルを抜けてひた走る。
 川でちいさな男の子たちが泳いでいる。
 森の石松を斬った吉兵衛の出身地、都田を過ぎると、平野になって街並みが広がり金指に着く。上下列車がすれ違い、10時55分発。
 都田川に沿って坂を下る。小川に鴨が泳いでいたりする。
 西気賀が近づくと、いよいよ浜名湖が見えてくる。
 人差し指部分に当たる支湖の引作細江である。湖面が青く光っている。ここから十五キロ先の知波田までは浜名湖が見え隠れする天浜線車窓風景のハイライトである。
 浜名湖は海水が流入する汽水湖といわれる。土地が沈降してできた湖のようで、流入する川も少ないため湖畔に平地が少ない。山がストンと落ちるとすぐに湖面になる。湖面から離れると線路は山の中を走ることになり、寸座峠のような小さな山越えもある。
 浜名湖佐久米付近では東名高速と海水浴場を見送る。この辺り、昨日舘山寺の展望台からちょうどよく見えたところだ。
 さらに丘を越えるともう一つの支湖、猪鼻湖が見えてきて、みかんの産地で名高い三ヶ日に着く。ここでも上り掛川行きとすれ違う。
 家並みの向こうに湖がちらちらと見えている。尾奈を過ぎてまた丘に入ると左右の斜面にみかん畑が広がった。
「ほら、みかん畑だよ」
 話しかけても返事がない。
 見ると、たかとみつこさんは二人並んですやすや居眠りしている。どうりで静かなはずだ。たくさんしゃべって、たくさん歩いて、くたびれたのだろう。
 ワンマン列車はゆらゆら走る。列車に合わせて二人の頭も仲良く一緒にゆらゆら揺れる。
 浜名湖の入江、松見ヶ浦が見えては隠れる。終着新所原まであと十分。



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