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走れ!バカップル列車
第20号 天竜浜名湖鉄道ワンマン列車



   三

 天浜線は遠州の平野の北の縁に沿った形で線路が敷かれている。
 静岡県西部の遠州地方は北側は南アルプスが突きだして険しい山地である。山地は少しずつなだらかになって、南側になると海まで続く平野になる。海側にも小笠山などの山や、川と川の間に磐田原、三方原といった台地があるが、おおよそ平らと言っていい。川は山から流れ出て遠州灘に向かって南北に走る。その中で一番大きな流れが天竜川である。
 だから車窓風景は大まかに言えば、列車の進行方向の左側が平地で、右側が丘や山という景色になる。
 細谷あたりから右側に丘が見えてきた。
 原谷では単線の線路が二つに分かれて駅のところだけ複線になる。反対側の線路には上り掛川行きの列車が一両で停まっていて、この駅ですれ違う。
 原谷を出発すると列車は原野谷川を渡る。川の名前は「原野谷」で、駅の名前は「原谷」である。読みは「はらのや」だが「野」の字が抜けている。
 川を渡ると丘の中に入る。両側の斜面に茶畑が広がっている。茶畑にはプロペラの付いた柱が何本も立っている。新茶の季節に霜が付かないようにするためのものだ。いまはモーターは動かしていないので風が吹いたときだけ風車のようにクルクル回る。
 原田を出るとにわかに山が深くなる。原野谷川と次に渡る太田川との間に突き出た丘陵地帯で、掛川を出て初めてのトンネルを抜ける。
 再び周囲は茶畑と田んぼになって、線路はまた西に向かう。
 太田川の鉄橋を渡ると遠州森に着く。国鉄時代は遠江森と呼ばれていた駅で、森町の中心駅である。
「あ、森だね」
 母たかが叫ぶ。
「森の石松の森だよ」
 私が答える。
「あたしゃ、よく兄ちゃに連れてもらって、石松のお墓に行ったやぁ」
 そんなことがあったのか、と思う。「兄ちゃ」は私の伯父で四年前の秋に急逝した。母とは歳が離れていたので、親代わりの兄さんでもあったらしい。
「大洞院だよ。大洞院っていうお寺にあるんだよ。森の石松のお墓は」
 私だってそれくらいは知っている。
「石松のお墓はね、どんどん小さくなってっちゃうんだよ」
「え?」
 これには思わず聞き返してしまった。初めて聞く話だ。
「みんな、削ってっちゃうんだよぉ」
 たかが得意になって答える。まずい、たかのおしゃべりはフルスロットルだ。もう誰にも止められない。
「かけらを持ってると御利益があるって言って墓石を削るんだよ」
「誰が」
「ほら、特に、極道の人たちが削ってくんだよ」
 そんな話、列車の中でするな。
「なんでも小さくなりすぎて新しいお墓つくったって話だよ」
 調べてみると、石松の墓は本当に三回ぐらい立て直されているらしい。
「でも、きょうは行けないよ。途中下車したら時間なくなっちゃうし」
「いいよ」
「駅から遠いんだよ」
「そうなの?」
「何度も来ているんじゃないの?」
「知らない。あたしゃ、兄ちゃに連れてってもらっただけだから」
 なんという他力本願な人生なのだろう。

 たかはしゃべる。列車は走る。空が青い。
 天浜線のワンマンディーゼルカーは森町の家並みを抜け、田んぼが広がる田園地帯を走ってゆく。遠江一宮で再び上り列車と交換。遠州森もそうだったが、遠江一宮も国鉄時代から残っている木造の古い駅舎である。板壁は長い歳月を経て渋い焦げ茶色に仕上がっている。
 長い盛り土の上を右にぐるりとカーブする。こんどは北西に向かう。田んぼの中に突然現れるコンクリート柱の列は、第二東名の作りかけだろう。
 列車はくねくねと曲がりながら坂を上り、トンネルを抜けて鬱蒼とした茂みを走る。こんどは畑も見えてきた。
「あの葉っぱ、なに?」
 私が母たかに尋ねる。農作物や植物のことはたかの方が詳しい。
「え、どの葉っぱ?」
「大きなハート形した葉っぱだよ」
「そんなのないよ」
「あるから聞いてんじゃん」
「わかんないね」
 結局、当てにならなかった。
 豊岡を過ぎ、上野部に停車。地図では天竜川が線路の近くを流れているように見えるが、堤防らしき土手が続くばかりで川の流れは見えない。
 トンネルをいくつか抜けると、車窓は街並みになった。線路はゆるやかにカーブする。左に扇形機関庫が見えると天竜二俣の駅に着く。ここには本社もあり、天浜線の中枢になっている。
 09時32分着。掛川から43分の乗車であった。
 母たかは二俣の町を見たいというし、私は転車台のある機関庫がみたい。次の列車までにどこまで見られるかわからないが、ここでいったん下車することにした。
 運転手に切符を見せてホームに降りる。機関庫は遥か掛川寄りにあってよく見えない。ホーム南側の留置線には人気のトロッコ列車が停まっている。新所原寄りには国鉄時代のキハ20というディーゼルカーと、ブルートレインの20系客車が留置されている。どちらも塗装がはげて痛々しい姿だが修復作業中らしい。
 木造の渋い色をした駅舎に向かうには、スロープを降りて踏切を渡る。渡ったところには旧式の信号で使ったタブレットの受取り器と渡し器が置いてある。どちらも通過列車とタブレットを受け渡しするためのものだ。
「ええっ!? どうやって走りながらタブレット交換するの?」
 みつこさんが驚く。
「助手さんが窓からタブレットホルダーごと、ぽんって投げるんだ」
 受け取り器は鉄の棒を渦巻き状に曲げたものである。
「そうするとこの渦巻きに引っ掛かって、くるんくるんと下に降りてきて止まるんだ」
「へえ……渡すときは?」
「こっちの渡し器を使うんだ。列車が来る前にタブレットホルダーをはめ込んで置いておくと、助手さんが機関車から手を出して、バチーンって取っていくんだ」
「危ないなぁ」
「骨折する人もいたと思うよ」
「大変な仕事なんだね」
 駅舎を出て、駅前の地図や案内をいろいろ見てみる。二俣の中心街はどちらかというと一つ先の二俣本町の方が近いようだ。どちらにしても鉄道からはちょっと離れている。
 片やホームから見えない機関庫は、駅から近いはずなのに道がないため徒歩十分ぐらいかかるらしい。十一分の停車時間ではとても見られない。一本早い列車に乗って正解だった。
 歩いて行くなら機関庫が良いだろうと思う。
「二俣の町は歩くと遠いみたいだよ」
 たかに伝えると、
「じゃあ、機関庫でいいよ」
と言う。場合によっては二本後の列車に乗ることにしてもいいが、町を見るのはまたにしようという。
「わかった。機関庫に行こう」



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