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走れ!バカップル列車
第20号 天竜浜名湖鉄道ワンマン列車



   二

 まぶしい朝日とともに八月十五日がやって来た。
 前日の十四日はこれといった予定のない放浪のドライブだったが、きょうはすべてダイヤが決まった鉄道の旅である。計画していた列車に乗り遅れてはいけないので、昨日より早めに仕度を始める。
 最初の計画では掛川駅09時21分発の119列車に乗る予定であった。
 この119列車は途中の天竜二俣駅で十一分停車する。天竜二股駅には蒸気機関車時代の面影を残す転車台(ターンテーブル)と扇形機関庫があるので、ちょっと覗いてみたかったのである。
 果たして十一分の停車時間で機関庫を眺められるだろうか。機関庫はだいたい駅の近くにあるが、駅からやや離れている場合もある。ホームから見られる程度でいいとは思うものの、ちょっと不安になる。一本前の08時49分発117列車に乗っておいた方がいいだろうか。
 ホテルで朝ご飯を食べながら、母たかとみつこさんに相談すると、
「8時49分? てきぱき準備すれば間に合うら」
とたかが言う。みつこさんも同意見であった。
 仕度を整えホテルを出発したのは八時半ごろであった。
 ホテルは掛川南口すぐなので117列車には間に合うだろう。南北連絡通路を抜け、北口に回り、JR駅のすぐ西側にある天竜浜名湖鉄道の駅舎に着く。
 運賃が割引になる切符が売られていることはインターネットで検索して知っていたが、窓口で売られていたのは、「天竜浜名湖鉄道開業20周年記念・全線フリーきっぷ」であった。
 起点の掛川から終点の新所原まで片道運賃で一二八○円のところ、20周年記念きっぷは全線乗り降り自由で一○○○円である。断然お得なので、窓口でこの切符を買い改札を抜ける。
 ホームに入ると、白い車体にブルーとオレンジのラインを引いた新しいディーゼルカーが一両、エンジンをガラガラ回しながら停車している。
 車内は真ん中の通路を挟んで左右に四人掛けのボックス席が並ぶような構造で、すでに各ボックスには乗客がぽつぽつと座っている。
 誰も座っていない空のボックスがなかったので、私たち三人はおばちゃんが一人だけ座っているボックスに混ぜてもらうことにして、列車の出発を待った。

 母たかがいまだに「二俣線」と呼んでいるように、この路線はもとは国有鉄道の二俣線であった。
 東海道本線開通以降、静岡県西部では地元住民らによっていくつかの鉄道建設の動きがあったが、政府の方針として具体的に計画されたのは、一九二二(大正十一)年に成立した改正鉄道敷設法に予定線として掲げられたのが最初であった。
 その計画通り建設されれば、掛川から天竜二俣、そして現在の路線を外れて北上し、飯田線の三河大野付近(愛知県)を経て、中央本線の恵那(岐阜県)に至る鉄道となるはずだった。大雑把に言えば、二俣以北のルートは現在の国道257号線に沿っているといえる。
 しかし、当初の計画は関東大震災により無期延期となり、昭和になって復活した計画は、浜名湖の鉄橋が戦争で破壊された場合に備えて東海道本線のバイパス線を建設すべきだという軍事上の要請を受け入れたものであった。掛川から二俣までは当初計画通りであるが、二俣からは浜名湖の北側を迂回して豊橋まで鉄道を敷設するというもので、一九三五(昭和十)年には掛川から、一九三六(昭和十一)年には豊橋の二駅手前の新所原から建設が始まり、一九四○(昭和十五)年に全線が開通した。
 そのほかの計画の一部は私鉄として建設された区間もあるが、現在は明智鉄道(恵那〜明智間)が残るだけであり、あとは建設されても廃止されるか、最初から建設されないままに終わっている。
 国鉄線としての二俣線は全通後四十年に渡り地域の輸送を担ったが、国鉄再建法(一九八○年成立)の廃止対象路線となり、JR発足を半月後に控えた一九八七年三月十五日、第三セクターである天竜浜名湖鉄道に継承された。
 天浜(てんぱま)線とも呼ばれるいまの天竜浜名湖線は、掛川から新所原まで三十七駅を擁する全長六七・七キロの路線である。大動脈である東海道本線のバイパス線という使命を負っていたはずだが、全線に渡り単線・非電化のままである。

 新所原行き117列車の発車時刻08時49分になり、出発信号機が青になった。
 いよいよバカップル+バカ母混成列車の出発である。小さなディーゼルカーがエンジンを震わせて走り出す。
 レールはしばらく東海道本線と並んでいるが、やがて右にカーブして東海道線と別れ、北西方向へと進む。
 掛川の市街地を列車は走り、市役所前、西掛川とこまめに停車する。
 乗務員は若い運転手だけのワンマン列車である。駅に停まるたびに席を立って、降りる乗客から切符を受けとっている。
 西掛川で通路を挟んだ進行方向左側のボックス席が丸ごと空いたので、三人で座席を移動した。こちらの窓は南側なので太陽の光が窓から降り注ぐ。
 進むうちに家や建物はまばらになり、田んぼや畑が顔を出すようになる。駅の裏が一面田んぼの桜木を出ると線路はくるりと右にカーブして北へと進む。駅ごとに乗客たちがぱらぱらと降りて行く。細谷ぐらいまでは地元の人たちの区間利用が多いようだ。
 たかは列車が出発したときから、ひたすら何かしゃべっている。久しぶりに故郷へ帰れて、私たちも一緒にいるので昨日からテンションが高い。話すことといえば、近所の誰かが何したとか、三味線の友達がああしたとか、こうしたとか、とりとめのない話である。
 私なんかはそんな話はあまりまともに聞かないので、自然にターゲットはみつこさんに向かう。実の息子はお気楽だが、嫁はたいへんだ。つまらない話にも丁寧に相槌を打っている。ときどき話を聞き返したりする。そんなことをするからますますたかの話が止まらなくなる。



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