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走れ!バカップル列車
第19号 常磐線の白い鈍行電車



   四

 水戸には三分停車して13時27分に発車。乗客のほとんどが入れ替わり、前より若干増えたようである。
 鹿島臨海鉄道の線路としばらく並んで走るが、高架線の臨海鉄道が右に分かれて行くと常磐線は那珂川の鉄橋を渡って勝田に着く。ここでステンレス電車の前四両を切り離す作業をするので五分停まる。勝田には常磐線電車の車庫があるので上野からの電車には勝田行きも多い。
 原子力発電所のある東海を過ぎて田んぼの中を走って行くと久慈川を渡る。渡ったかと思うともう一つ川のような入江のような水辺を鉄橋で渡る。漁船がいくつも舫っている。
「なんで船がいっぱいあるの?」
 みつこさんが訊く。
「港がむこうにあるんだよ」
「別に漁村じゃないんでしょ」
「うーん」
 そこまでは私にだってわからない。
 廃止された日立電鉄の線路跡を越えたり、またそのガード跡をくぐったりして大甕に着く。このぐらいの時間になると午前中の授業を終えた地元の中高生がどやどやと乗ってくる。だんだん日立市の中心に近づいて一帯は市街地になってくる。
 常陸多賀を出てしばらく走ると、日立電鉄の線路跡が近づいて来て、かつてその終点だった鮎川駅の跡が見える。日立電鉄はいつか乗りたいと思っていたが、ついに乗らないままに二○○五年三月三一日に廃止されてしまった。
「あ、海だ」
 みつこさんが叫ぶ。国道245号線が寄り添ってきて、ちらちらと海が見えてくる。
 日立の工場がたくさん見えてきて、14時03分、日立市の中心、日立駅に着く。
 隣に「ここ、いい?」とおばちゃんが乗り込んできた。おばちゃんはみつこさんの隣に座り、私の隣に荷物をドスンと置いた。
 工場地帯を抜けて次の駅小木津に停まると、おばちゃんの友達が乗ってきた。おばちゃんはドスンと置いた荷物をどけて私の隣に友達が座った。
 常磐線の線路はだいたい海沿いを走るのだが、ところどころ丘もあって、農村地帯を抜けてゆく。
 折笠トンネルに入った。短いが煉瓦造りの古いトンネルである。
「万世橋の駅みたいだね」
 五月十四日に閉館になった交通博物館が旧万世橋駅の遺構を公開していたので、春先に見に行った。煉瓦造りのアーチ橋などがあったので、みつこさんはその遺構を思い出したのだろう。
「なんのお花?」
 きょうのみつこさんからはいろんな質問が飛び出す。
「棚になっていない藤みたいだったな」
「ああ、藤かぁ」
 高萩を過ぎ、海の近くを国道6号線と並んで走る。国道沿いには閉鎖された本屋などが廃墟と化して風雨にさらされている。夜にはちょっと近づきたくないような雰囲気である。
 そういえば隣のおばちゃん二人はどこかの駅で降りてしまった。
 野口雨情の生家がある磯原を出ると、かなり長い間海沿いを走る。砂浜がずっと続いて海水浴場もあるようだ。大津港の駅を過ぎてトンネルを抜けると福島県である。山が海の近くまで迫って急に山奥に入ったようだ。勿来の関はかつてこの付近にあった。
 福島県最初の駅が勿来である。漢文風に読むと「来ることなかれ」となる。
 私たちの来訪を拒んでいるのか、急に雲行きが怪しくなる。
「雨ふりそうだね」
「降っていたんじゃないかな。道が濡れてるよ」
 そんなことを話していたら、ずぶ濡れのおっさんが乗ってきて少々驚く。
 植田、泉といわき市内を走る。だんだん街になって来たかと思えば、また田んぼが広がり、トンネルに入ったりする。雨なのか霧なのか、窓がくもってきて外がよく見えない。泉を過ぎて単線の線路を跨いだ。小名浜港に向かう貨物線のようだ。
 湯本、内郷と街のような農村のような判然としない雰囲気の風景を抜けて電車は走る。雨がぱらぱらと窓に当たっている。
 だんだん本格的な市街地になって、15時05分、ようやく終点いわきに着いた。
 上野から三時間五十三分の旅であった。みつこさんは「土浦までが長かった」と感想を漏らし、私はいわき市内に入ってからが長いように感じた。
 いわき市は、一九六六(昭和四一)年に平市をはじめとする十四の市町村が合併してできた。面積は千二百万平方メートルを超え、永らく日本一大きな市を誇っていたが、平成の大合併で静岡市、高山市などに追い越され、いまは日本で十番目に広い市となっている。中心駅は合併後も平駅であったが、一九九四年に現在のいわき駅に改称された。

 いわきから15時27分発の仙台行き鈍行電車に乗って富岡まで行こうと思う。富岡に用事があるわけではないが、いわきから富岡までは海がよく見える。
 出発まで少し時間があるので駅のホームで立ち食いそばをたべることにした。みつこさんはいらないというので、私だけ天ぷらそばを注文。みつこさんは珍しげに私が食べる様子をビデオに撮っている。
 仙台行きの鈍行電車は白い車体にグリーンの帯を巻いた車両で、車両の所属も仙台の方だ。常磐線は特急は上野〜仙台間を走る列車があるが、鈍行電車はいわきを境に南北で別々の運転系統になっている。
 電車は雨の中を北上する。四ツ倉からは単線となり、トンネルを一つ抜けると広い砂浜が見えてくる。
 久ノ浜と末続の間は海まで迫る断崖の中をいくつものトンネルを抜けながら走る。電車はトンネルに入るたびにホイッスルを鳴らす。トンネルは岩を積んだ古いものだが、その海側には使われなくなったもっと古いトンネルが茂みに覆われながらも大きな口を広げている。
 末続を出てもトンネルと海が続く。トンネルや緑の間からちらりちらりと見える海がいい。
 広野までのこの眺め、常磐線車窓風景の白眉と言っていいだろう。白波が磯を洗う。潮風を全身に受けて、鈍行電車は軽やかに海岸を走り続ける。
 海からまた離れ、トンネルを抜けたり田んぼを抜けたりしながら、16時09分、どうということのない富岡の駅に着いた。
 駅の裏はだだっ広い田んぼである。構内は無駄に広いばかりで駅舎は小さい。ここに特急列車が停まるのが不思議なくらいである。
 駅の待合室に来てみると、あちこちに「映画『フラガール』を応援しよう!!」という赤いのぼりが立っている。
「このあたりはフラガールの地元だからな」
 みつこさんが誇らしげに語る。
「フラガール」は、常磐炭鉱閉山の後、失業者たちを救い町に活気を取り戻そうと、「常磐ハワイアンセンター」(現・「スパリゾート・ハワイアンズ」)の誕生を支えた人びとの物語だという。そういえば、いわきの駅にも同じ赤いのぼりがたくさん立っていた。
 上野行き特急列車の時間が来たので上りホームに出た。
 遠くの丘の麓を、大きなカーブを描いて白い車体の「スーパーひたち」が颯爽と走り抜けてくる。
 その様子を見て、みつこさんは一言「すてき」とつぶやいた。



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