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走れ!バカップル列車
第19号 常磐線の白い鈍行電車



   三

 常磐線の白い鈍行電車は、モーター音も軽やかに東京の下町を走り抜けてゆく。
 左にカーブしながら走ると地上に出てきた日比谷線とつくばエクスプレス線が近づいてくる。右側には広大な隅田川貨物駅があって、小豆色や水色のコンテナがたくさん積まれている。
 すれ違う上り電車はどれもぎゅうぎゅう満員の混雑である。土曜の昼近い時間帯なので東京方面へ買い物などに出かける人が多いのだろう。こちらは座席は適度に埋まっているが立つ人まではいない。
 南千住を発車すると日比谷線、つくばエクスプレスとともに隅田川を渡る。京成線の下をくぐり、さらに右から東武線が近づいて来ると下町の大ターミナル駅、北千住に停車。
 左に千代田線、右につくばエクスプレス線、やや離れて東武伊勢崎線とが並んで長い荒川の鉄橋を渡る。むこうの東武線には銀色に赤帯のラインを巻いた電車が走っている。
「あの電車はなあに」
 みつこさんが訊く。
「あれは、東武線の線路なんだけど、電車は東急の電車だね。たぶん半蔵門線から直通して東武線に乗り入れている急行電車だと思うよ」
「ふうん」
 つくばエクスプレス線は再び地下トンネルに入ってしまった。東京拘置所の脇を抜けながら東武線が左にカーブしてこちらに近づいてくる。常磐線は右に曲がってそのカーブが終わったあたりで東急の電車が常磐線の上を乗り越えて行った。
 綾瀬駅ホームの脇を通過し、中川、江戸川と渡って千葉県に入る。
 常磐緩行線には亀有、金町など途中に駅がいくつもあるが、快速線にはホームもなく、快速線を走る電車はすべて通過して行く。
 松戸11時33分発、右側を走る千代田線の電車を軽々と追い抜いて柏11時42分発。柏でだいぶ乗客が減り、空席も目立つようになった。
 みつこさんはいつのまにか居眠りをしてすやすやと寝息を立てている。
 柏を過ぎると大きなマンションもいくつか建ってはいるが、家々の隙間に緑が目立つようになる。電車からは見えないが線路の南側には手賀沼が広がっている。
 成田線と分岐する我孫子、そして天王台を出ると左にカーブして利根川の長い鉄橋を渡る。関東一円を流域とするだけあってさすがに大きな川である。河川敷も広く、おっさんたちがゴルフをしているのが見える。ここから茨城県である。
 取手では上野を11時30分に発車した「フレッシュひたち21号」に追い抜かれる。五分ほど停車。
 取手の先ではもう田んぼが広がっていて、鴨が一羽田んぼの中を泳いでいた。
 次の藤代駅の手前で直流電源と交流電源とを切り換えるデットセクション(死電区間)があり、車内の照明は一斉に消え、空調もしばらくの間止まってしまう。
 常磐線は取手の先までは直流電化であるが、そこから北はずっと交流電化である。東北方面の幹線は基本的に交流電化であるが、直流電化との切り換え地点は、東北本線では栃木の黒磯、羽越本線では新潟の先の村上とだいぶ北側にあるのに、常磐線だけは東京から五○キロにも満たない藤代にある。
 これは筑波山から五キロほど東の石岡市柿岡に気象庁地磁気観測所があり、その観測に影響が出てしまう関係で直流電化ができないからだという。直流形電車を使う「快速」電車が取手までしか走れないのもこのためで、これが常磐線の「中電」と「快速」の関係を複雑にしている一因といえるのかもしれない。
 小貝川や牛久沼からの流れをいくつかの鉄橋で渡り、佐貫に着く。龍ヶ崎へ向かう関東鉄道竜ヶ崎線が出ている。いまどき東京では見かけないヤンキー風の若者がぱらぱらと乗り込んでくる。
 このあたりまで来ると関東平野の真っ平らな土地が続くばかりで風景も単調になる。目を覚ましたみつこさんは退屈になったのか、席に座りながら最近習い始めたフラダンスを踊り出してしまった。車内が空いてきたとはいえ、ほかの乗客から変な目で見られるだろう。ヤンキーにからまれでもしたらコトである。まだ居眠りしていてくれた方がましだと思ってしまう。

 大きなマンションが出てきて牛久に停車。次の駅はひたち野うしくという一九九八年に開業した新しい駅である。新しい駅であるが、かつて同じ場所に駅が設置されたことがある。
 それは一九八五年の春から秋にかけて開催された筑波科学万博の来場者のために設置された万博中央駅である。万博が終わったらホームも駅舎も解体されて跡形もなくなってしまったが、十三年の時を経て再び同じ地に駅が作られた。
 筑波科学万博と言えば、常磐線の「中電」鈍行電車が現在の白地に青帯になったのは、この万博輸送に備えてのことであった。それまでは車体全体が小豆色で、先頭車の前面にクリーム色の帯があるだけという、かなり地味な出で立ちであった。
 電車の車体が次々と塗り替えられているころ、白地に青帯のカラーリングが「小田急線に似ている」などと言われたこともあったが、いまではすっかり常磐線の色として定着している。
 ようやく土浦に着く。線路のすぐ東側には霞ヶ浦が広がっているはずだが電車からは見えない。それでも蓮田はところどころあって、白鷺が羽を休めていた。土浦では五分停車して再び発車。
 おなかがすいてきたので上野で買ったおにぎりをほおばることにする。いつの間にか雨はやんでいる。家並みが消えて田んぼが広がってきた。
 霞ヶ浦に流れ込む川を渡ったら小舟が一艘浮かんでいるのが見えた。家々の屋根の上には季節はずれの鯉のぼりが泳いでいる。
 高浜というなんでもない駅に停まって、上野を12時ちょうどに出た「スーパーひたち23号」に追い抜かれる。その間、四分停車する。停まってばかりだ。
「のんびりした電車だな」
 みつこさんが言う。
「まあ、鈍行電車だからな」
 右から鹿島鉄道が寄り添ってきて石岡に停車。鹿島鉄道は中小私鉄の例外にもれず赤字経営に苦しんでいるのだろう。駅の構内には「カシテツを救え」という看板が掲げてあった。
 羽鳥の手前で放牧されている牛を見送って、電車は関東平野を突き進む。平野にぽっこり浮かぶ筑波山はすでに後ろの方に去りつつある。
 しばらくぼんやりしていたら、臨時駅の偕楽園を通過。左に偕楽園、右に千波湖という池のような湖があって白鳥型のボートが浮かんでいる。家並みがだんだん増えてきて13時24分、茨城県の中心都市、水戸に着いた。



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