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走れ!バカップル列車
第17号 ふるさと銀河線普通列車



   四

 仙美里(せんびり)を出ると鉄橋を渡り、利別川は右に移る。仙美里ダムというのがあるらしいが、見えるのは雪がまだらに残る畑ばかりで、ダムはちらりとも見えない。
 川の流れる白樺の林を抜けると、次第に民家が多くなって足寄に着く。
 足寄は人口約八千五百人。面積約一四○○平方キロ。日本で一番広い市町村と言われていたが、最近は自治体の合併が相次いで順位は入れ替わったらしい。駅舎は新しく建て替えられたもののようで公民館みたいな機能が併設されている。線路を跨ぐように建てられているので、列車は駅舎の中をくぐり抜ける。
 七分停まるという運転手のアナウンス。ドアが開くとトイレに向かう乗客たちが駆けだして行く。みつこさんもそれに続いた。私はその間、留守番である。
 代わりに地元のおばちゃんがたくさん、大きな荷物を抱えて乗ってきた。
「おやぁ、混んでるねえ」
 廃止が決まる前は、いつも空いていたのだろう。
「ここ、開いてますか」
 おばちゃんたちは、六人ほどで八人分の座席を占拠している農協ツアーのおっさんたちに席を空けてもらうなどあちこちに分かれて、なんとか座れたようである。
 四、五分経ってみつこさんが帰ってきた。
「松山千春、流れてたよ」
「ホント?」
「でも、『長い夜』じゃなかったよ」
 トイレは駅舎の二階のわかりにくいところにあるらしい。残り時間が少ないので、慌てて二階に登ると、ガランとしたロビーがあるばかりで、トイレの場所を書いた標示などは何もない。結局トイレの場所を突き止められないまま、時間切れで車内に戻ってきた。
「行かなかったの?」
「車内のトイレに行くよ」
 松山千春の曲が流れていたのもトイレの方だったようで、それも聞かないままに終わった。
「銀河鉄道999」のラッピングを施した快速「銀河」池田行きとすれ違って足寄を発車。雪の残る利別川の谷をまた登る。谷の幅も狭まって来て、左右の山が少しずつ近づいてくる。
 一面雪の積もった林を抜け、利別川を渡ったり、近づいたり離れたりしながら列車は走る。
 晴れたかと思ったらまた曇ったりして上利別に着く。製材所があるのか、駅裏手の雪の積もった広場に、無数に積まれた丸太の山が出来上がっている。木造の駅舎は古い味わいのある建物だが、足の裏に顔がついているキャラクターなど漫画のような派手なペイントが施されている。
 利別川は遡るに連れ川幅が狭くなり、堤防のない自然の姿を見せている。線路は蛇行する川を何度も渡り、川面はところどころ灰白色に凍結している。雪も谷も深くなり、山間の林を抜けてゆく。
 にわかに街並みが見えてくると陸別である。陸別町は人口三千人弱。足寄と同じく新たに建て替えられた立派な駅舎で、宿泊施設も併設されている。ホームの看板には「ようこそ日本一寒い街 りくべつへ」とあり、「しばれフェスティバル」などイベントの案内も書かれている。
「『しばれ』って、なに?」
 みつこさんが訊く。
「すごーく寒いことを『しばれる』って言うんだよ。マイナス20度とか。みちゃんも体験する?」
「あたしゃ、まっぴらご免だよ」
 銀河線廃止後、陸別には路線バスが通うようになる。

 陸別を出ると谷というより、山の奥を走るような様相となる。利別川の流れはますます細くなり、川というより、もはや小川である。
 小利別の先はさらに谷が深くなり、国道242号線と利別川の小さな流れと銀河線の単線の線路が互いに絡み合いながら並んで山を登ってゆく。次の置戸までは15・9キロも離れていて、その間に十勝国と北見国の境である池北峠がある。
 運転席横の前方の窓のところに来てみた。峠越えの様子を見ておきたい。すでに池田から熱心な鉄道おたくのお兄さんたちが場所を陣取っていたが、私の姿を見ると「どうぞどうぞ」と、みんな少しずつ場所を空けてくれた。左側のお兄さんは「ずっとビデオ回してたんだけど、バッテリーが切れてしまって」と言い、右側のおじさんは「名古屋から来たんですよ」と声をかけてくれる。
 私も永年、鉄道おたくをしているが、見学や撮影の場所を譲ってもらうなどしてもらったことがなかったから、とても驚いたし、とてもうれしい。
 白い雪原に二本のレールがどこまでも伸びて、右に左に曲がってゆく。ワンマンのディーゼルカーはエンジンをフル回転させながら、16・7パーミル、18パーミルといった勾配を登る。雲がどんより暗くなったかと思えば、窓の外には小雪が舞いはじめた。
 99・5キロ(起点池田からの距離)地点を過ぎたところまで来ると、運転手はハンドルを操作して、エンジンを停めてしまった。気動車は惰性で走り続けている。
「あれ? 峠、越えたのかな?」
 周りの人たちも、きょとんとしている。しばらくすると下り20パーミルの標識が現れた。
「あ、越えた」
 池北峠にはほかの一般的な峠とちがってトンネルがない。トンネルがあれば、頂上は簡単にわかるのだが、こればかりはおたくの人たちもわからなかったようだ。ふるさと銀河線には140キロに渡る路線の中にトンネルが一つもない。峠にすらないのだから、ほかの場所にできようがない。
 列車のスピードはみるみるうちに上がって行く。分水嶺を越えたのでいままで川を遡るように走ってきたが、こんどは小川の流れと共に坂を下る。
 場所を空けてくれた鉄道おたくのお兄さんたちにお礼を言って席に戻る。
 置戸からは土地も開け、平坦になり、民家も多くなる。この辺りから30キロ先の北見の通勤圏に入り、銀河線の列車本数も置戸〜北見間が最も多い。
 また広い雪原を走り、訓子府着。上り普通列車置戸行きと交換する。
「ビョー」ともの悲しげなホイッスルを互いに鳴らし合い、二つの列車は訓子府を同時に発車した。
 オホーツク海に注ぐ常呂川の流れに沿って北見盆地を走る。景色がまた単調になり、眠くなってくる。
 やがて家並みが増えてきて、12時54分、終点北見に着いた。
 降りるとき運転手に切符を見せると、「精算済証明書」という黄色い紙を渡してくれた。北見の駅もJRとの共同使用なので、この証明書を見せることでJRの改札を出られるのである。
 北見駅の構内は広く、周囲にビルも多い。池田からずっと一万人に満たない町ばかり見てきた目には、十三万人の北見はとてつもない大都会に見える。
 改札を出ると北見にもふるさと銀河線の自動販売機がある。池田では入場券を買ったが、普通の乗車券はどんな券面なのだろう。
 隣町訓子府までの切符を440円で買ってみる。「北見→訓子府」と書かれた切符が出てくるものと思っていたら、出てきた切符には「北見→440円区間」とだけ書かれていた。



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