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走れ!バカップル列車
第17号 ふるさと銀河線普通列車



   三

 次のふるさと銀河線下り列車は09時55分発の北見行き普通列車713Dである。
「スーパーおおぞら2号」を見送った私たちは、出発時間までまだ間があるのでいったん改札を出ることにした。
 池田の駅舎は白い簡素な平屋建てで、ゆるやかな斜面の上にある。鉄道施設としてはこのJRの駅舎だけである。
 待合室から見て改札口の右側には切符を売るみどりの窓口があり、左側には売店がある。この売店の脇に「ふるさと銀河線専用 北海道ちほく高原鉄道」と書かれた自動販売機がある。駅舎の中のいろんなところを見回したが、ちほく高原鉄道の設備らしいものは、畳半畳にも満たないスペースに置かれた、人の背丈ほどのこの小さな箱しかない。
「ここで切符を買うの?」
 みつこさんが不安げに私を見る。
「どこまで買うんだっけ」
「終点の北見だよ」
「いくら?」
「えっと……3410円……だな」
「ええ!?」
「声、大きいよ」
 たしかに高いが池田から北見までは140キロの道のりである。
「二人で六千円もするの?」
 みつこさんはちょっと不満げだ。
「お金、ないよ。一万円札しか」
「じゃあ、一万円で」
「でも、これ、一万円札使えないよ」
「ええ!?」
「声、大きいよ」
「じゃあ、窓口で買うしかないか。買えるのかな」
 みつこさんがみどりの窓口のおっさんのところまで行く。
「ふるさと銀河線の切符、買えますか?」
 どうやら、JRの窓口で買えるらしい。
「北見まで二枚」
 みつこさんがそう言って、出てきた切符はどうみてもJRの切符だった。てっきり、ふるさと銀河線用の切符が用意されているのかと思ったら、全然違うのでがっかりである。
 乗車区間に「(ち)池田→(ち)北見 経由:ちほく高原線」とあり、駅名の前の「(ち)」というのが、ちほく高原鉄道のことらしい。
 ふるさと銀河線の自販機をちらっと見る。ちほく高原鉄道を物語る唯一つの小さな箱を使ってあげなくてすまないと思う。窓口では両替だけして、切符はこの自販機で買えばよかったか。
 自販機で160円の入場券を買うことにした。お金を入れてボタンを押すと、右下に「ちほく高原鉄道」と書かれた緑地の小さな切符が一枚出てきた。

 発車時間までまだ三十分以上あるが、改札を抜けて銀河線の列車が停まっているホームまで行こうと思う。幸い改札は開けっ放しだし、出入りしても咎める人もいそうにない。改札を入ったところの一番線から跨線橋を渡る。
 向こうの丘にはワイン城の建物と観覧車が風に吹かれて建っている。
 北見行きは私たちが池田に着いたときから、三番線にずっと停車している。08時46分の上り列車として到着したものである。
 列車は白い車体に赤と緑と青のラインが入った小型のディーゼルカーが一両だけ。ローカル線だからもちろん車掌がいないワンマン運転である。
 車内はまだがらんとしていて、先客は私たちの仲間と思しきお兄さんがわずかに一名いるだけであった。どこに座ってもいいのだが、車両の真ん中あたりの進行方向に向かって右側の四人がけボックスに陣取った。
 しばらくするとスーツのお兄さん一人を従えた農協ツアーのおっさんたちが五、六人でどやどやとやって来た。根室本線の列車が到着したタイミングではないので地元のおっさんなのだろう。やたら声が大きいので車内が突然賑やかになる。
 札幌からの「スーパーおおぞら1号」と釧路からの「スーパーおおぞら4号」が相次いで到着すると、乗客が次々とやって来て車内は混雑してきた。
 私たちはボックス席の窓側に向かい合って座っていて、通路側の二席は空いていたのだが、みつこさんの隣には高校生くらいの大人しそうな少年が、私の隣にはそのお母さんが座った。
 みつこさんは体格の良いおっさんが隣に来るのを嫌がる。がさつそうなおっさんが近くを通るときは横の席に自分の荷物を置いておき、少年が来たときだけ荷物をどかして席を用意した。もちろん私もみつこさんに倣ってお母さんのために席を空けたので、夫婦の連携プレイが功を奏したと言っていい。
「ねえねえ」
 みつこさんが訝しげに車内を見回す。
「みんな、時刻表見ているよ」
 車内は鉄道おたくもいるが、年配のご夫婦も意外に多い。そういう鉄道おたくでなさそうなおばちゃんまでが時刻表を手にしてなにやら念入りにチェックしている。
「ほんとだ」
 よく見ると、隣の少年のお母さんも道内時刻表を持っている。
 座席は満席になり、座りきれない乗客は通路に立った。熱心な人たちは運転席横の前方の窓にへばりつき、カメラを構えている。私も途中、席を立って前方を眺めたかったが、とてもそんな隙間はなさそうだ。

 出発時刻09時55分になった。小さな車両にたくさんの人々を乗せて、ふるさと銀河線普通列車北見行きが発車した。
 列車は池田の市街を走り抜け、左に札幌方面に向かう根室本線を見送る。銀河線はもとは札幌方面と網走方面を結ぶ役割を果たしていたが、直通列車は池田駅でスイッチバックしなければならない構造になっている。
 単線の線路は利別川を左に見ながら北に向かう。利別川が作り出した谷の中を遡るが、遠くの山々はなだらかで、左右には雪の残る畑が広がっている。
 713Dは普通列車ではあるが、各駅には停まらない。池田の次の様舞など五つの駅を通過する。周囲の風景に似つかわしくない重厚な高速道路をくぐり抜け、次の高島は停車。ここも実業家高島嘉右衞門が開いた高島農場に由来する日本名である。
 国鉄時代から使っていると思われる駅舎が味わい深い。右窓からは体育館のような馬鈴薯貯蔵庫が見える。交換設備があり、上り池田行きとすれ違って再び発車。動き出してすぐ、隣のお母さんが、
「あ、馬」
と言うのでつられて見ると鹿毛や黒鹿毛の馬が二、三頭放たれていた。
 小さなディーゼルカーは軽やかにエンジン音を轟かせて一面の雪原を走り続ける。太陽も出てきて、まともに目が開けられないほどに眩しい。ちょっと景色が単調になってきて、ついうとうとしていたら本別に着いていた。
 ここまでの間に岡女堂という甘納豆メーカーが作った駅があるのだが、どう思い返しても記憶がない。
 本別ではすれ違いはないが時間調整のため一○分停まる。乗客の中には駅のトイレに行った人もいるようだが、気づいた時にはすでに残りの停車時間はなく、私たちがトイレに行く暇はなかった。
「次に長く停まるのはどこだろね」
 みつこさんはトイレに行きたいようだ。北見まで三時間。その間一度もトイレに行かないということはありえない。私たちの旅では、トイレは重要な問題である。
「足寄……かな」
 時刻表を確かめてみる。
「わかるの?」
「あ、七分ぐらい、停まると思うよ」
 足寄とその手前の仙美里は他の列車だとだいたい8分くらいで走る。時刻表を見ると、私たちの713Dは仙美里発10時44分、足寄発11時00分となっており、十六分もの差がある。差し引き七分から八分ぐらいの余裕があり、その間足寄に停車していると思われる。
「じゃあ、足寄でトイレ行ってもいい?」
「いいよ」
「足寄の駅には、流れてるかな?」
「な〜があぁ〜い〜、よ〜るう〜に〜」
 足寄は松山千春の出身地として名高い。
「歌わなくていいから」



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