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走れ!バカップル列車
第17号 ふるさと銀河線普通列車



   一

 きりりと冷たい朝の空気のなか、特急「スーパーおおぞら2号」はエンジンをアイドリングさせながら、釧路駅一番線で出発の時を待っていた。
 北海道最初の特急列車「おおぞら」が函館〜旭川間に登場したのは、昭和三十六(一九六一)年。後に旭川行きに釧路行きを併結して運転するようになり、この釧路行き「おおぞら」が、いまの根室本線の特急「スーパーおおぞら」の原型になっている。
「スーパーおおぞら」の車両は、一九九七年から導入されたキハ283系気動車である。カーブでも高速で走れるよう、車体を大きく傾かせ遠心力を相殺させる振り子式車両で、最高速度は時速130キロ。線路改良と283系導入により札幌〜釧路間の所要時間は三時間五十分くらいになった。それまで五時間前後かかっていたことを思えば劇的な変化と言っていい。
 きょうもできることなら狩勝峠を越えて終点の札幌まで乗って行きたいところであるが、ふるさと銀河線乗車というもっと優先しなければならない目的があるため、池田まで一時間あまりの短い乗車である。
 編成は全部で九両編成。私たちは前から二両目、8号車自由席に乗り込んだ。月曜日だが朝早い列車のためか、車内はそれほど混んでいない。

 昨日、「SL冬の湿原号」で釧路に着いた私たちは、駅前の宿に一泊した。釧路は一昨年の十月、滝川〜釧路間の普通列車2429Dに乗車したときにも来ている。できるだけ全国のいろいろな列車に乗りたいと考えている私たちにしてみれば、一年半という短い間隔で再び同じ都市を訪れるのは珍しいことではないかと思う。
 前回、釧路に来たとき、みつこさんは歩行者も自動車もいない真っ暗なメインストリートを見て、「寂しいところだ」という感想を漏らし、もう釧路は行かなくていいなどと言っていたが、そういうところに限ってまた一泊することになるのだから、これもまた不思議な縁なのかもしれない。
 そうして私たちは今日三月十三日を迎えた。朝六時に起きて朝食をとり、七時過ぎには仕度を済ませ、再び釧路の駅にやって来た。
 7時39分になった。「スーパーおおぞら2号」の釧路駅発車時刻である。
 私は、みつこさんを席に待たせたまま先頭車の一番前に来ている。
 キハ283系気動車をはじめ、最近のJR北海道の特急形車両には先頭車に共通した特徴がある。
 運転手が座る運転台は高い位置にあり、その下に増結するときに他の車両と連結させるための貫通扉がある。そして、その貫通扉には窓がついている。だから走行中に前方の景色をかぶりつきで見ることができる。これは他のJR特急形車両には見られないことであり、画期的と言っていい。もはや子供や鉄道おたくたちに大人気のポジションとなっている。
 スペースが狭いので二人も来れば満員になってしまうのが難点であるが、それでも「スーパーおおぞら」に乗ったら、ぜひともこの貫通扉から前方の眺めを見てみたいと思っていたので、私は釧路の発車と同時にこの場所を確保していた。
 薄曇りの空の下、ゆっくりと釧路駅構内を走り始めた特急列車はエンジンを震わせ、みるみるうちに加速してゆく。
 白糠の次の古瀬付近で馬主来(ぱしくる)峠という小さな峠を越え、短いトンネルを抜けると、馬主来沼と馬主来川が形成する広大な湿地帯になっている。左右180度草原ばかりが広がる中に線路がまっすぐ延びて、3キロほどのこの区間を「スーパーおおぞら」は全速力で走り切る。
 その先には海が見える。太平洋だ。国道38号線の陸橋をくぐり、車体を傾かせてするりと右にカーブすると音別までおよそ4キロの間、いまにも飛沫がかかりそうな波打ち際をひたすら走り続ける。
 貫通扉からの絶景に大いに満足して座席に戻ると、みつこさんは窓の外を見ていた。
「みちゃん」
「なに」
「海、見た?」
「見たよ。ざぱーんざぱーんだな」
 根室本線はその後もしばらく海沿いを走るが、厚内を過ぎると内陸に入り、小さな峠をまた越えて浦幌に停車。十勝川左岸の平野を遡って、8時50分、池田に着いた。

 北海道中川郡池田町は十勝平野東縁に位置する人口およそ八千人の町である。西から流れてくる十勝川と、北から流れてくる利別川とが町内で合流している。
 北海道にはアイヌの地名に漢字を当てた都市名が多いが、池田は日本名で、明治二十九(一八九六)年旧鳥取藩主池田仲博によって開設された池田農場に由来する。周辺は明治十一年以来凋寒(しぼさむ)村と呼ばれていて、大正二(一九一三)年に川合村となるが、大正十五(一九二六)年の町制施行で池田町となった。
 明治三十七(一九○四)年には官設鉄道釧路線(現・根室本線)が開通しており、駅は池田牧場内にあったことから池田を名乗った。駅の開業が村の中心の移動や発展に影響したから、この町名採用には牧場だけでなく、駅の存在も関係しているようである。
 釧路線の一途中駅として開業した池田が、すべての特急が停車する駅にまで発展したのは、ここから網走方面に向かう鉄道が開通したことも無視できない理由だろう。
 そして、この池田から網走に向かう鉄道こそが、私たちがこれから乗ろうとしているふるさと銀河線である。



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