homepage
走れ!バカップル列車
第16号 SL冬の湿原号



   二

 北浜の駅舎の脇に櫓のように建てられた展望台に登って網走方向を眺めていると「流氷ノロッコ3号」がやってきた。濃い緑色に塗られた展望客車がオホーツク海を眺めながらゆっくりと近づいて来る。
 客車列車は、機関車が先頭に立って引っ張るのが普通だが、この列車はディーゼル機関車が一番後ろに連結されて、客車を押し出すような運転方法をとっている。
「ノロッコ号」が北浜駅に到着した。14時19分の発車まで約8分間停まる。
 驚いたことに車内は満席で、それでもホームには行列が伸び、乗り込むのに難儀しているようである。
「ひろさん、どこに乗るのう?」
「うーん、後ろに行くしかないなぁ」
 列車は五両編成で先頭とその次の5号車、4号車が指定席、3号車から後ろが自由席である。そんなに混雑しないだろうと高をくくって指定券を買わなかったのがいけなかった。
 2号車から乗り込んだが、どこも満席で1号車の一番後ろまで来て、辛うじて二人分の座席を見つけることができた。おばちゃん二人がゆったり座っていたのだが、私たちのために四人がけのうち片方の二席を空けてくれた。
 2号車までは窓を大きく改造した展望客車だが、1号車だけは従来型客車の色を塗り替えただけのものである。しかも座れたのは海側ではなく、山側の座席である。もっとも暖房が効いていて窓が曇っているので、海も山もあまりよく見えない。それでも、左前方はるか向こうにぼんやり見えているのは知床連山だろうか。
 席に座っているのはツアーのおっさんやおばちゃんたちで、みんな旅行会社のバッチをつけている。誰が企画したのか、声の甲高いおねえさんが車内放送でなにやらガイドをしている。やめておけばいいのに、ときどきお寒いギャグを飛ばすので車内がますます白けてくる。
「ノロッコ号」は原生花園の中を走る。六月になればオホーツク海に面した一体にたくさんの草花が咲く名所である。右窓には結氷した濤沸湖が広がっている。白鳥の飛来地のようだが、あいにく白鳥はいなかった。
「あ、鹿だ!」
 窓側に座っていたみつこさんが叫ぶ。
「えー、見えなかったよ」
 もう鹿がいたところは過ぎてしまった。
「地図ばかり見てるからだよ」
「えー」
 向かいに座るおばちゃんたちにも笑われてしまった。
 浜小清水に停車しているときだったろうか、放送で甲高い声のおねえさんが、
「あ、鹿がいます」
と言う。
「ひろさん」
「わかた」
「見て」
「いたいた」
 鹿が四頭ほど集会をしていた。
「よかったね、ひろさん」
「うん、よかた」
 ついに念願のエゾシカを見ることができた。
「よかったねえ」
 向かいのおばちゃんにも言われてしまって、なんとも小っ恥ずかしい気分である。考えてみれば、鹿なら一昨年根室本線に乗ったときも見たし、奈良公園にもいるし、そんなに大騒ぎするほどのことではなかった。
 知床斜里までの線路はひたすらオホーツク海に沿ってほぼまっすぐ続いている。止別川を渡る鉄橋の手前にS字形のカーブがあるくらいである。ところどころ右側が丘になっているが、それも長くは続かず、海が見えなければ概して単調なところといえる。
 ぼんやりそんなことを考えているところへ、みつこさんが話しかけてくる。
「ひろさん」
「なに」
「今回、頑張ってるでしょ」
「何が?」
「ええっ」
 みつこさんが不満そうな顔をする。
「寝ないで、頑張ってるんだよ」
「ああ」
 飛行機とバスでは寝ていたが、たしかに列車では寝ていない。
「『ああ』じゃなくて、すごいでしょ」
「うん、すごいすごい」
 みつこさんは、ちょっと満足げに笑っている。
「やっぱ、『かすが』で寝過ぎたから、後悔してるの?」
 私が突っ込むと、みつこさんは、
「え……」
と目を逸らす。
 どうやら図星だったらしい。

 そうこうしているうちに14時51分、「ノロッコ号」の終点、知床斜里に着いた。
 誰もいなくなった2号車を通ってみる。コークスで火を焚く達磨ストーブがある。津軽鉄道のストーブ列車みたいだ。網でするめを焼いていたせいか、車内に匂いが充満している。ストーブのあるところは温かいが、離れたところはむしろ寒い。その点、暖房はしっかり効いていた1号車のほうが良かったのかもしれない。
 知床斜里の駅は斜里郡斜里町にあり、永らく「斜里」という駅名だったが、一九九八年四月にいまの「知床斜里」に改称された。いまは駅名だけだが、世界遺産登録直後のこの勢いで行くと町の名前までが知床斜里町になってしまいそうである。
 斜里からはウトロ方面行きのバスに乗る。
 駅正面のバス乗り場で切符を買い、しばらくすると15時25分発のバスが来た。早速最前列を陣取り、出発を待つ。
 どれくらい経ったのか、気がつくとバスは斜里の町中を走っていた。知らぬ間に眠ってしまったようだ。バスが出発したのさえまったく知らなかった。
 国道334号線は町中ではまっすぐ続いて単調だが、走って行くうちに正面にオホーツク海が見えて来る。突き当たって海に落ちそうなところまで来て右に曲がり、そこからはずっと海沿いに進んでゆく。このあたりからがおそらく知床半島なのだろう。
 右には急斜面の山が迫り、左には海が広がっている。この国道さえなければ、その先に行くのさえ困難な土地であることは想像に難くない。
 海岸を見ていると、ところどころに白い塊がある。
「あれ、流氷のかけらかな?」
 私が言うと、
「雪でしょ」
と、みつこさんが否定する。
 岸にぽっこり雪が残るというのも考えにくいが、どうなのかわからない。せめて、あれが流氷であったなら、一応「流氷を見た」と言えるのにと思う。
 16時15分、時刻通りにウトロ温泉のバス停に着いた。
 クルマで迎えに来てもらい丘の上にある今日の宿へ。
 オホーツク海に沈む夕陽を見て、露天風呂に浸かって、海の幸、山の幸をおいしく食べる。そして猛烈な睡魔に襲われて、七時半には寝てしまった。



next page 三
homepage