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走れ!バカップル列車
第16号 SL冬の湿原号



   一

 大変なことになった。
 北海道に行けることになってしまった。
 まさか、みつこさんと一緒に冬の北海道に行けるとは思わなかった。みつこさんは暑いのも嫌いだが、寒いのはもっと嫌いで、氷点下の世界に足を踏み入れるなどということは考えられなかったのだ。
 みつこさんがなぜ北海道に行くと言ってくれたのか、わからない。一人ででも寝台特急「出雲」に乗りたいと言った、あのときの私の思いが通じたのか。それとも、急行「かすが」で終点までほとんど居眠りしてしまったことを後悔しているのか。
 いずれにしても三月か、四月か、ふるさと銀河線が走っている間(四月二十一日廃止)でタイミングを見計らって二泊三日で出かけることになった。
 いざ行くとなると短い日程ながら欲張りたくなる。
 流氷も見たい、ノロッコ号に乗りたい、知床にも行きたい、SLに乗りたい、スーパーおおぞらにも乗りたいし、新得のそばも食べたい、もちろんふるさと銀河線にも乗らねばならない。
 流氷だけは自然のことなので運に任せるしかないが、新得のそば以外はすべて満たした計画を立てることができた。臨時列車であるノロッコ号やSLの運転日などを考えて、出発の日は三月十一日に決まった。

 旅立ちの朝、5時半過ぎに家を出た。外はまだ暗く寒い。御徒町あたりだったろうか、京浜東北線の窓から真っ赤な太陽の昇るのが見えた。快晴。さわやかな一日の始まりである。
 朝日を浴びながらモノレールに乗って羽田空港に着いた。
 飛行機は07時55分発女満別行きJAL1181便。席に着くなり、私はすぐに眠ってしまった。飛行機の窓から見る景色も好きなのだが、ここ数日睡眠不足が続いていたので仕方がない。
 目を覚ますと、飛行機はもう着陸態勢であった。
 眼下に北海道の白い大地が広がっている。
「みちゃん」
「なに」
「雪だよ」
「寒そうだね」
 遠くにオホーツク海とそこに流れ着く川の河口が見えてきた。網走だ。
 飛行機はそれからぐるりと旋回して女満別空港に着陸した。離陸が少し遅れていたので、荷物を受けとったりして到着ロビーに降り立ったのは10時ごろだった。
 バスに乗り、氷結した網走湖のほとりを抜けて網走駅前に着いた。
「みちゃん、網走の駅だよ」
「こぢんまりした駅だな」
 網走は刑務所が有名になったり、観光の拠点だったりで知名度だけは高いのだが、街としてはそれほどの規模ではなく(人口約四万人)、この地方の中心的な都市はむしろ北見(人口約十三万人)である。だから駅の規模も北見に比べてずいぶんと小さい。
 空は晴れている。空気は思ったほど冷たくない。北海道、なかでも道東の気温は低く、早春とはいえ間違いなく氷点下だろうと寒さ対策も充分してきた。逆にそんな世界を楽しみたいという期待もあったので、なんだか拍子抜けである。
 周囲は一応雪景色なのだが、道路などはアスファルトが露出している。雪といえば歩道の端にホコリを被ってやや黒ずんだものが土塁のように積まれているだけだ。三月中旬のこの時期、長野や新潟ならこの景色で納得だが、道東でこんな状態とは予想もしていなかった。
 今年はずいぶん春の訪れが早いのだなと思う。
 きょうはこの後、網走13時57分発の釧網本線「流氷ノロッコ号」で知床斜里まで行き、知床半島の真ん中あたりに位置するウトロ温泉に泊まる予定である。
 列車の時間まで三時間以上ある。この間どうするか、うかつにも何も考えていなかった。中心街まで行っておいしい海鮮料理を食べるにしても、刑務所あたりを見学するにしても、時間は充分あるのだが、歩いて行くにはやや遠く、タクシー代ももったいない。
 そこで、かなり安易に駅から一分もかからないところにある喫茶店でお昼を食べながら列車を待つことにした。
 狭く急な階段を登ったところにあるその喫茶店は木目調の内装で、落ち着いた雰囲気の良い店だった。11時にお昼を食べることになってしまったが、朴訥としたマスターが作ってくれたオムライスも、その後注文したカフェオレやアーモンドオレもとてもおいしかった。壁のそこここには、この店を訪れた旅人が貼り付けていった定期券や切符がたくさんある。何も知らずに入ったが、ひょっとするとガイドブックなどにも紹介されている隠れた名店なのかもしれない。
 店は空いてたが、三時間近くも居座るのはちょっと気が引ける。
 予定を変更して、北浜という駅まで一本前の鈍行に乗り、北浜から「流氷ノロッコ号」に乗ることにした。
 次の列車は、13時29分発知床斜里行き4731Dである。
 キハ40形ディーゼルカー一両だけのワンマン列車が網走を発車した。座席は半分ぐらいが埋まっていて、地元の高校生やおばちゃん、外国人観光客たちが乗っている。
 網走市街を高架線で走り、トンネルを抜けると左窓がぱぁっと明るくなる。
 どこまでも青いオホーツク海が広がっている。
「みちゃん」
「なに」
「オホーツク海だよ」
「おお」
「流氷……いないね」
「いないな」
 今年は二月下旬に吹き続けた南風のせいで流氷の離岸が早かったという。新聞記事にもなっていたし、今夜の宿からもメールが届いていたので、情報として知ってはいた。でも風次第ではまた接岸することもあるし、実際に見るまでは最後までわからないと思っていた。
 それでも流氷のかけらすらない、青々としたオホーツク海を目にしてしまうとさすがにがっかりしてしまう。
 もちろん、こればっかりは自然のなせる業、仕方ないと諦めるしかない。
 途中三つの駅に停車し、海沿いの線路をトコトコ走って北浜に着いた。
 線路一本にホーム一本、必要最小限の施設しかない、何と言うことのない小駅であるが、線路のすぐ向こうが海という好立地のためか、「オホーツク海に一番近い駅」としていまや有名な観光地になっている。
 列車を降りると、木造平屋の駅舎の中は超満員。おばちゃんの団体に占拠され、大変賑やかであった。駅事務室は喫茶店になっていて、こちらも繁盛しているようである。
 駅前には国道244号線が走り、駅前広場には観光バスが何台も並んでいる。おそらく北浜駅を訪れる人のほとんどは観光バスで来るのだろう。無人駅だから入場券を買ってもらうわけにもいかない。列車は閑散として、駅ばかり混雑するという、JRにとってはなんとも可哀想な状況になっている。



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