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走れ!バカップル列車
第15号 急行かすが



   三

 急行「かすが」に乗る日は二月三日金曜日に決まった。
 さとしくん号とおくのさんの都合や、みつこさんの友達の都合などをうまくやりくりした上で結局この日に落ち着いた。難しいかと思ったが、もう一人関西に住むさくらさんにも会えることになった。こんどの旅行は全体として見れば、「かすが」というよりも、遠方に住む友達との再会の旅という様相になった。
 出かける前日、さとしくん号と電話がつながった。
「急行『かすが』の見どころを解説します」
「はい、お願いします」
「まず、木津駅で片町線、奈良線と三つに分かれます」
「ほう」
「そして、関西線を走るのですが、電化区間は加茂までです。途中まで架線が張ってあるのに注目してください」
「わかた」
「柘植と亀山の間では、雪が積もってるかもしれません」
 さとしくん号は西宮に住んでいるので、奈良からの上り列車の順序で説明してくれる。頭の中で内容を逆方向に組み替えながら聞き続ける。
「亀山を過ぎると桑名に着きます」
「うんうん」
「その手は桑名の焼きはまぐり!」
 思わぬオチにびっくりしている間に電話は切れた。

 翌朝、東京駅から「のぞみ303号」に乗って1時間43分。
 みつこさんと私は、名古屋駅12番線にやって来た。
 金曜日の9時前である。関西本線の列車が発着する12番線・13番線にはひっきりなしに電車が発着し、列車が到着するたびにホームは通勤客で埋め尽くされる。
 そんな通勤電車の合間を縫うようにして、8時50分ごろ、急行「かすが」が四日市方向から入線してきた。
「かすが」に乗る客はすでにホームに列を作っていて、列車の到着を待っていた。ふつうのビジネスマンやカップルなどもいなくはないが、どうみても私たちの仲間とおぼしきお兄さんたちがたくさんいて、デジカメ、ビデオカメラを構えている。
 彼らの行動に驚きながら、みつこさんが言う。
「おたくの人がたくさんいるね」
「おらもその一人だから」
「あ……」
 列車はステンレス車体のキハ75形気動車二両編成で、進行方向前側が1号車指定席、後ろ側が2号車自由席である。
 私たちは指定席の1号車に乗り込む。切符に指定された座席は8番A・B席。その席まで来てみると、ほかの列の席は進行方向を向いているのに、向かいの7番のA・B席は進行方向に背を向けた形で固定されているので、ここだけ四人がけのボックス席のようになっている。
 もし7番に誰か来たら膝と膝がぶつかって窮屈になってしまう。
「ついてない」
 みつこさんがつぶやく。でも、車内を見回すと座席の埋まり具合は六割ぐらいである。
「ここには誰も来ないよ」
 そう答えて、私は7番の席に荷物を置いてしまった。
 キハ75形気動車はもともと名古屋から参宮線の鳥羽まで走る快速「みえ」のために開発された車両で、通勤用にも使えるように一つの車両に三つのドアがついている。座席は基本的に転換クロスシートなのだが、ドアの前後だけ固定座席になっていて、その席がちょうど7番なのだった。
 乗車券のみで乗れる快速列車用の車両を、乗車券の他に急行料金が必要な急行列車に使うのだから多少の無理があるように思えるが、JRもそのあたりは配慮をしているようで、急行「かすが」として走るときは三つのドアのうち真ん中のドアを締め切りにして、座席にもリネンをつけている。

 そうして時刻は08時55分になり、急行「かすが」はエンジンを震わせて名古屋駅を静かに発車した。曇り空の下を駅構内のポイントを渡りながら、ゆっくりと加速してゆく。
 関西本線は名古屋駅から南側に向かう。東京から来た場合、名古屋駅でスイッチバックするような感じになる。右にカーブして新幹線をくぐり、東海道本線と別れ、大きな車両基地の脇を通り、名古屋市内を抜けて行く。地下トンネルから出てきた近鉄線が寄り添って、つかず離れずしながら桑名付近までともに西に向かう。
 大阪、神戸に向かう東海道本線は名古屋から北に向かうが、これは本来の東海道のルートではない。むしろ関西本線の方が旧東海道のルートに近く、この付近を平行する国道は1号線を名乗っている。
 もっとも旧東海道は宮宿から桑名宿まで七里の渡しとなっていて陸上は通らなかった。伊勢湾に面するこの地域一帯は、木曽三川と呼ばれる木曽川、長良川、揖斐川のほか、川がたくさん流れていて、陸上交通は難しかったのだろう。
 そうしたこの地域の特徴は「かすが」からも見ることができ、蟹江を過ぎて渡る日光川の水面は明らかに周囲の地面よりも高いところにあった。
「みちゃん」
「なに」
「ほら、見てごらん。川のほうが地面より高いよ」
「ほんとだ。堤防がないとこわいね」
 このあたりから輪中と呼ばれるところを走り、地面は川面どころか海水面よりも低くなる。金魚の生産高日本一である弥富の駅は標高がマイナス0・93メートルで、地上駅としてはもっとも低いところにあるとされる。
 弥富を出ると木曽川を渡る。川幅は1キロ近くもある。ここで愛知県から三重県に入る。
 渡ったところが長島で、木曽川と長良川に挟まれた大きな中州のようなところである。当然ここも輪中で、長島の人びとは大河川よりも低いところで暮らしている。
 さらに長い鉄橋で長良川と揖斐川を一気に渡る。鉄橋の真ん中付近に細い中州のようなものがあって、渡っているときは何だろうと思ったが、後から考えれば、あれが長良川と揖斐川の境なのであった。二つの川はほとんど一体化している。
 川を渡り終えると大きなカーブで南へ90度ほど曲がり、「焼きはまぐり」の桑名に近づく。



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