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走れ!バカップル列車
第15号 急行かすが



   一

 新しい年が明け、二○○六年がやって来た。
 我が家にもわずかながら何枚かの年賀状が届いた。高校時代の友達、昔の職場の友達……いまや年賀状のやりとりでしか接することのなくなった友達も少なからずいるが、それでも年に一度、互いに元気そうであることがわかりあえるのは、とても嬉しいものである。
 そんな年賀状の中に、昨秋、大阪で会った西宮のさとしくん号からのものがあった。
小学校四年生ながらしっかりとした文面で、こうある。

  「急行かすが」に乗って
  みたらどうですか?
  JR東海、西日本の3月中ぢゅん
  のダイヤ改正でなくなる
  そうなので、おすすめ
  します。車両はキハ75
  系で、「快速みえ」と同じ
  車両です。本数は、奈良
  ←→名古屋1日1おうふく。

 急行「かすが」である。
 無論、その存在は知っている。もはやJR線では数少なくなった「急行」であることも、その運行自体が風前の灯火となってしまっていることも、充分わかっているつもりである。
 しかし、今春のダイヤ改正で廃止されるとは、さとしくん号から年賀状を受け取るまで知らなかった。鉄道おたくとしては恥ずべき見落としであった。
 JRが発足して十九年になるいま、国鉄から受け継がれた遺産はことごとく失われつつある。寝台特急など在来線長距離列車や、旧国鉄型の車両はダイヤ改正のたびに廃止・削減されているし、ローカル線はJRのほか、第三セクターや私鉄も含め、ことあるごとに廃止されている。
 そうした状況のもと、私が今春限りの列車・路線として注目していたのは、寝台特急「出雲」、そして北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線であった。
 この二つでさえ乗りに行けるかわからないのに、さらにもうひとつ急行「かすが」が加わると三つになってしまう。
 バカップル列車で全部行けるわけがない。
 特に春先はJRダイヤ改正の関係で乗りたい列車が増えてくる。「なくなってしまう前に、一度あの列車に乗りたい」という私の思いに、バカップルが追いついて来られなくなってしまうのである。
 経済的、時間的制約の他にも行けない理由がある。
 寝台特急「出雲」は、東京と島根県の出雲市駅を山陰本線経由で結ぶ列車だが、三月十八日のダイヤ改正で廃止される。
 この列車に乗れない理由は、みつこさんがもう夜行列車に乗りたくないというからである。昨年「あさかぜ」と「さくら」に連続で乗ったのが懲りたらしい。「なぜ、夜行がだめなの?」と訊いたら、「よく眠れないから」という。その理由には多少の疑問も感じるが、乗りたくないというのだからしかたがない。「出雲」には過去に上り列車に乗ったことがあるから諦めはつく。
 北海道ちほく高原鉄道・ふるさと銀河線は、列車ではなく路線であるが、北海道東部の池田と北見を結んでいて、四月二十日限りで廃止される。
 四月までに乗るとしたら、この地域は間違いなく氷点下の世界だろう。みつこさんは「寒いのはイヤ」というので、こちらも行くことが難しい。私は池北線と呼ばれていた時代も含めて、このふるさと銀河線には一度も乗ったことがない。冷静に考えてもなかなか諦められないが、消えていく列車や路線のすべてに乗っておくことなど、もともと無理なことなのだからしかたがない。
 そうして、急行「かすが」。名古屋と奈良を関西本線経由で結ぶ列車で、「出雲」と同様三月十八日の改正で廃止されてしまう。
 ここで三つ取りあげた列車・路線の中ではもっとも乗りやすい。みつこさんも「かすが」なら一緒に乗ってくれるだろう。
 さとしくん号からもらった年賀状を取り出す。
「みちゃん」
「なに」
「さとしくん号から、こんな年賀状をもらったんだ」
「急行かすが? なにそれ」
「名古屋から奈良まで走るJRの急行列車で、三月になくなっちゃうんだ」
「あ……」
 みつこさんは、私の言いたいことがもうわかったようである。
「さとしくん号からの指令だから。乗らなければならないんだ」
「う、うん……そうだな」
「奈良まで行ったら、大阪まで足を伸ばして、さとしくん号に報告もしたいんだ」
「いつごろいくの?」
「うーん、二月の頭ぐらいかなぁ」
「さとしくん号とおくのさんの都合もきいておかなきゃね」
「そうなんだ」
 とりあえず、急行「かすが」には乗れそうである。
「それで、どんな日程になるの?」
「うーん、こんな感じかなぁ」
 私は一冊のノートを取り出し、あるページを開いてみせた。
「ひえ! もう考えてあるんだ!」
「まあね」
 実は、急行「かすが」には、廃止の話を聞くもっと前から乗りたいと考えていたから、そのための計画も予め用意してある。
「朝、早いんだね」
「うん。『かすが』は一日一往復しか走っていなくて、朝に名古屋から奈良行き、夕方に奈良から名古屋行きがあるだけなんだ」
「ふうん」
「いまの時期は日が短いから、夕方の上りだと半分以上は夜で景色が見えなくなっちゃうんだ。それで朝の下りに乗るのがいいんだけど、名古屋発が08時55分だから、それに間に合うためには東京を6時台の新幹線に乗らないといけないんだ」
「そっかぁ」
「それだけは、すまんが、よろしく頼むよ」
「わかた」
 大阪に行くならばと、みつこさんが大阪の昔の友達にも会いたいというので、二月前半ごろを目途に、都合がついたらみつこさんの友達にも会うことにした。



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