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走れ!バカップル列車
第14号 特急はまかぜと余部鉄橋



   二

 JR尼崎駅から電車を乗り継いで弁天町にやって来た。
 ここからは気分を入れ替えて、交通科学博物館を存分に楽しみたい。私たち鉄道おたくにはたまらない魅惑の鉄道ワールドである。
 交通科学博物館は、大阪駅から大阪環状線で約10分、弁天町駅のすぐ脇にある。実は私がここを訪れるのは初めてのことで、さとしくん号と一緒に回れるとあって、とても楽しみにしていた。
 鉄道の近代化を担った初代湘南電車のクハ86や日本初の特急形ディーゼルカーキハ81など、ここにしかない貴重な車両がいくつも並んでいて、それだけで興奮してしまう。車内には入れないが、ガラス窓越しに旧型の二等寝台車マロネフ58の寝台や、湘南電車クハ86の座席が見える。丁寧にニスが塗られた木目が美しい。人間工学を取り入れた座席やプラスチックの内装など現代の車両もそれなりにきれいだが、自然の材料と職人の技が盛り込まれた往事の車両の方がなんだか落ち着きのある豊かな空間に思えてくる。
 早い時間に来れば、初代ブルートレイン20系客車の食堂車で食事もできたようだが、きょうはもう締め切られていた。
「『とうやき』って、なんだ?」
 さとしくん号が言う。
「京都だよ。右から読むんだ。『きやうと』って書いて『きょうと』だよ」
 屋外の車両展示場は、昔の京都駅を一部再現している。
「ひろともさん、『こだま』があるよ」
 今度は屋内の展示室に案内される。来てみると、東京〜大阪間を6時間半で結んだ東海道線の特急こだまの電車クハ151の運転台がある。
「おお、『こだま』だ」と感心しながら眺めていると、さとしくん号はクハ151の前を素通りして、新幹線0系の方へ行ってしまった。
「そっかぁ。私たちの世代の『こだま』っていうと在来線やけど、さとしくん号の『こだま』は新幹線なんやね」
 おくのさんが解説してくれる。
「わしらからすると、0系は『ひかり』だよね」
 交通科学博物館は東京・秋葉原にある交通博物館と比較されることが多いが、こちらの方が若干敷地が広く、実物の展示車両も多いようで見応えがある。
 4時半からの鉄道模型ショーが終わった後もさとしくん号に紹介されるままにあちらこちら見て回っていたら、突然、携帯電話が鳴った。「誰だろう?」と出てみると、みつこさんであった。
「ひろさん、どこにいるのう?」
 やばい。みつこさんをどこかに忘れてきてしまった。

 かくも楽しい交通科学博物館であったが、閉館時間になって追い出された。
 再び大阪環状線に乗って、私たちの今夜の宿に近い大阪駅に戻る。
「ひろともさん、夕飯はどうされます?」
 おくのさんが言う。
「どこでもいいんですよね。たこ焼きとか、お好み焼きとか、いかにも大阪っていうのじゃなくても。本当にふつうの食事でいいんですよ」
 そう答えてみたが、「どこでもいい」という返事ほど困るものはない。
「宿に近い方がいいかなぁ。大阪駅の北あたりにもいろいろありますよね」
「阪急が開拓してたあたり」
「ハハハハハ……阪急の高架下とか」
「そのへんで考えてみましょね」
 宿は梅田駅を出た阪急電車が国道を跨ぐガードのすぐ近くにあった。
 荷物を置いて再び四人で出発。ホテルサンルートの一階にある「くら寿司」に行ってみる。関西では有名な回転寿司の店らしい。
「混んでるかもしれませんね。三十分以上待つなら他にしましょう」
 店の前まで来てみると案の定、長い行列ができている。店の人に訊いてみると一時間以上待つらしい。
「まだいい方ですね。うちの近くの『くら寿司』なんか、八十組待ちとかありますよ」
「ええ! それって、何時間待つの?」
 みつこさんはとても驚いている。
 結局、イタリア料理の店に入った。
 寿司を食べようがピザを食べようが、鉄道おたくと鉄道好きの少年とその母が集まれば、自然に話題は鉄道のことになる。みつこさんには悪いがしかたない。
 何かの拍子でさとしくん号がカントの話をはじめた。
 曲線区間の線路は遠心力の関係から、カーブの外側が高く内側が低くなるように敷かれている。その時の外側のレールと内側のレールとの高低差を鉄道ではカントと呼んでいる。
 おくのさんが話をつなぐ。
「どうやって計算するんでしょうね」
「ルートとかなんとか小難しい算式があるんだよな」
 そこまで言いかけたはいいが、その算式などもう覚えていない。本当にルート(平方根)が入っていたかも定かでない。
「どっちにしても、そのカーブを通過する列車の平均速度を式に代入するんですよ」
「なるほど」
「路線によってはスピードの速い特急列車も、遅い貨物列車も走るところがある。そうすると速度を特急に合わせちゃうと貨物が倒れるし、貨物に合わせると特急が速く走れない。それぞれの交通量とかいろんなことを総合して列車の平均速度を求めなきゃいけない。そっちの計算の方が難しかったような気がするな」
「はあ」
 鉄道趣味もたいへんで、時には数学や物理学の知識も必要になる。
「計算っていうと車両基地の線路の長さを求めるのにシグマ(Σ)も出てきたな」
「数列の足し算の?」
「そう。等差数列だったか、忘れたけど」
「シグマかぁ」
 みつこさんも、さとしくん号もついていけない会話がしばらく続くうちに、さとしくん号が何か言いはじめた。
「シグマって……シグマって……」
「?」
「シグマって……火山の中の……?」
 おくのさんも、みつこさんも、きょとんとしている。
「それはマグマじゃ!」
 私がツッこんだ。
「アハハハハハハハ」
「最後の最後でいいボケかますなぁ」
 そうして四人でひとしきり笑って、スパゲッティも、ピザもおいしく食べて店を出た。またぷらぷら歩いて阪急梅田駅前の紀伊國屋書店のところまで来た。
「きょうはつき合ってもらってありがとう」
「こちらこそ! なぁ、さとしくん」
「またねえ」
 さとしくん号が手を振る。
「バイバ〜イ」
「ほら、後ろ見ながら歩くと危ないで」
 おくのさんに注意されてもまだ振っている。
「またなぁ」
 だんだん遠ざかって、雑踏に遮られてちらちらとしか見えなくなってくる。
「バイバ〜イ」
 いつまでも振り続ける。豆粒ぐらいに見えてくる。それでもこちらを向いて手を振り続けている。さとしくん号が遥か彼方でジャンプしている。一番向こうに角があって二人はそこで曲がったようだ。
 そうして、さとしくん号もおくのさんも見えなくなってしまった。



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