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走れ!バカップル列車
第13号 超電導リニア試乗列車



   四

 参加者が全員着席したところで、スーツにネクタイの真面目そうなお兄さんが出てきて、車内の案内や試乗走行の手順などを解説しはじめる。
 デッキから室内に入るドアの上にある電光掲示板の説明もあった。左側の数字は列車の速度、右側の数字は列車の位置(実験線西端からの距離)を表しているという。
 出発前のいまは、
「0km/h 27・63km」
と表示されている。
 そうして、お兄さんが解説している最中に何の前触れもなくリニアは動き出した。
「おおうっ!」
 車内が一斉に歓声をあげ、次の瞬間、照れ隠しの笑いに包まれた。
 リニアは西方に向かってゆっくり走り出す。ガタガタと揺れて乗り心地はあまりよろしくない。子供たちの声が聞こえる。
「ちょっと揺れるねぇ」
 子供は正直だ。
 少し走ったら、トンネルの中でピタッと停まってしまった。乗降場は本線から枝分かれした線路上にあり、動き出したリニアは枝線から本線に出て、分岐器(ポイント)を本線側に移した上で本格的試験走行に入る。
 まずは東京方向へ先行区間の東端、車両基地付近まで走る。座席は回転させないので、みんな後ろ向きに座っている。最高速度は時速300キロ。山陽新幹線の500系「のぞみ」と同じである。
 速度自体は新幹線と同じだが、走り出してみるとものすごく加速が良い。まるで飛行機が離陸するときのようだ。お兄さんの解説によるとリニアの加速度は毎秒時速7キロだという。通勤電車の加速度が毎秒時速2・5キロぐらいだから格段の違いである。
 リニアは低速時はゴムタイヤの車輪を使って走る。時速160キロあたりで車輪が上がり、完全な浮上走行になるという。
 みつこさんが心配そうに話しかけてくる。
「後ろ向きに走ってるのに浮上しちゃうんだよ」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
 ふわっという感触とともに、ガーッという走行音が消えて静かになった。
「あ、変わった」
 浮上した瞬間を感じ取って、みんなが声を上げる。
 列車はみるみる加速して、あっという間に時速300キロ。トンネルの中をぐんぐん走る。高速でも耳ツンがなく、騒音も少ない。多少揺れるのが難だが、乗り心地としては及第点と言っていいだろう。そして減速。再び車輪が出てきて着地して、先行区間東端の森の中に停止した。
 次は先行区間西端まで18・4キロを大阪方向へ走る。
 ピロロンとメロディが鳴り、天井のモニターと音声が「本日の最高速度 500km/h」で走りますという解説を始めた。
(ついにこの時が来たか!)
 いよいよ動き出した。
 みつこさんの顔がムンクの「叫び」のようになる。驚いているが口をパクパクさせるだけで声になっていない。
 前方の電光掲示板の数字がみるみる増えていく。
 トンネル内の照明が点々と流れていき、さらに加速すると一つ一つの照明が見えなくなって一本の白い線に変わってゆく。走行区間の約80%がトンネルなので、速さを確認するものは速度計以外ではそのくらいしかない。
 停止時から時速500キロに到達するまで約80秒。
「480! 490!」
 車内でカウントダウンのようなものが始まる。
「500!」
 その瞬間、トンネルから抜け出て、窓の外がパッと明るくなった。
 山が、農村が、見学センターが、ものすごい勢いで飛んでゆく。
 この付近、実験線の中ではもっとも長い地上区間でおよそ1・2キロ。ここをわずか8秒で通過する。すぐにまたトンネル。
 そうして30秒ほど時速500キロで走ると、こんどはブレーキがかかりはじめる。ブレーキの効きもいいので、前につんのめりそうになる。速度が徐々に落ちて、時速180キロぐらいまでになると、もう遅く感じてしまう。
 わずか5分で18・4キロを走り切った。
 先行区間の西端、40パーミルの勾配の途中で停止する。真っ暗なトンネルの中だが、南4キロのところに太宰治の「富士には、月見草がよく似合う」で知られる御坂峠がある。
 リニアは再び東京方向に最高速度時速400キロで走って、乗降場の手前で一旦停止。分岐器が切り替わるのを待って、再びゆっくり動いて乗降場に戻って来た。
 何日も楽しみに待った超電導リニアの試乗は、こうして二○分ほどで終了した。
 記念撮影を終えて表に出てくると、すでに試乗列車第二便が走行を始めていた。丘の上の展望台に行って、時速500キロの通過を眺めることにした。
 トンネルの向こうからライトが見えてきた。こんどは正真正銘のリニアだ。
 速い! みるみるうちに近づいて、あっという間に走り去ってしまった。リニアが通り過ぎたころ、キューンという轟音が聞こえてきた。
 まるで地上を走る飛行機のようだ。

 八月のつくばエクスプレスに乗ったときもそうだったが、新しい路線、新しい列車に乗ったとき、私はいつも思うことがある。
(あの人が生きていたら、どんな顔をして乗るだろう)
 それは恩師であったり、高校の先輩だったり、予備校の後輩だったり……、その誰もが鉄道をこよなく愛していた。
 だからこそ、私たちだけが乗るなんてもったいない、申し訳ないと心から思う。
 それにしても、のんびりすぎる私に比べて、彼らはずいぶんと急いで行ってしまった。私などは置き去りにされたような心持ちである。
 のんびりでもなく急ぐでもなく、ではどうすればよいかと言えば、定刻通り、ダイヤ通りが一番であろう。難しいかもしれないが、鉄道おたくらしく、私たちはできるだけダイヤ通りの生き方を心がけてゆきたい。
 帰りは富士急行の田野倉駅まで歩くことにした。
 向こうの山裾に雲の切れ端が漂う。辺りは一面の田んぼで、頭を垂れた稲穂が風に揺れている。中央高速から離れれば、とても静かな農村である。小雨がぱらぱら降ってきた。
 深い谷を刻む桂川の橋を渡る。電線に大きな茶色い鳥が留まっている。
「あの鳥、なんていうの?」
「鷹かな? 鷲かな? やっぱりトンビかな? 飛んでればわかるんだけど」
「ひょーって飛んでたよ」
「じゃあ、トンビかな」
 時速500キロのあとの時速1キロ、2キロの旅。
 案内では実験センターから徒歩二〜三○分とされていたところを一時間もかかって田野倉駅に着いた。次の大月行きは一○分後だ。本数が少ないから二○分で歩いたとしても、結局乗る電車は同じである。
 このタイミングが私は好きだ。持てる時間を最大限に活かして、ダイヤ通りの散策ができたのではないか。
 気をよくしているところへ踏切が鳴り、青い電車が二両でトコトコやって来た。



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