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走れ!バカップル列車
第13号 超電導リニア試乗列車



   二

 九月十五日の夜であった。
 私が秋葉原の職場で残業していると、家にいるみつこさんから携帯メールが届いた。
「ひろさん! このお知らせを聞いたら元気がでると思います♪ なんとみちゃんの名前で出したのが当選したよ! リニア試乗会だよ 九月二四日でひろさんとみちゃんの二人の乗車券が届いてます」
 ハガキ投函から半月以上が経っていた。当選していれば今日か明日あたりに知らせが届くだろうとは思っていた。もちろん当たるはずはないだろうから、極力考えないようにもしていた。そこへこの知らせである。
(当たるもんなんだ……)
 まず驚いた。端から当たらないと思い込んでいたから、とにかく驚いた。しばらく呆然としていたが、だんだんうれしさがこみあげてきた。
(超電導リニアに乗れる。時速500キロだ!)
 仕事をすませて家路を急ぐ。ダイヤ通り走っているはずの京浜東北線がやけに遅い。ようやく家に着いた。
「みちゃん、ただいま」
「お帰り、ひろさん」
「乗車券は?」
「これだよ」
「わぁ、本当だ。ホントに当たったんだね」
 確かに「超電導リニア試乗会案内状」と書かれたみつこさん宛の定形封筒が届いている。
「最初、何かな?て思ったんだよね。よく見たら宛名の下に『当選』とか書いてあるから、あ、当たったんだ!て思って開けたんだ」
「へえ」
「中に乗車券が入ってるよ」
 封筒を傾けると、中から乗車券と案内状が飛び出てきた。
 案内状はA4サイズの紙が三つ折りにされたものだった。表に「超電導リニア試乗会案内状」とあり、開くと「ご当選おめでとうございます。」と書かれていた。
 乗車券はみつこさんの分と私の分の二枚である。縦8センチ、横20センチの厚紙で、昔の飛行機の搭乗券のような趣である。左側にラベルシールが貼ってあって、当選番号、試乗日、受付時間、座席、乗車する人の名前が書いてある。私たちの乗車日は二○○五年九月二四日、受付時間は10時45分。座席は2号車の14Cと14Dであった。
 試乗場所は山梨実験センター。山梨県都留市にある。山梨実験線の中間付近にあり、鉄道で行くとなると中央本線の大月から富士急行に乗って田野倉もしくは禾生(かせい)から二〜三○分歩くという。同封されていた交通案内には大月までの中央線特急列車、富士急行のダイヤが記載されていた。実際にはクルマで来る人が多いのだろう。駐車場も整備されているようである。
「みちゃん、すごいね」
「すごいな」
「ありがとな。当ててくれて」
「いいやあ」
 みつこさんが、ちょっと誇らしげに笑った。

 リニア試乗会の当選はとてもうれしいことである。
 うれしいことではあるが、一つだけ気になることがある。
(poohpapaさんに、どう伝えようか?)
 昨日今日の「悪徳」ブログを読む限り、リニア試乗会に当選したようには見えないので、おそらくはずれてしまったのだろう。とにかく私たちだけ当たったら「絶交」である。
 伝えるか伝えないかと問われれば、これは伝えるしかない。内緒で行ったとして、後に何かのきっかけでpoohpapaさんの知るところとなれば、そちらのほうが罪が重い。何より試乗会にこそこそ出かけるなんてことは自分で許せない。
 しかし連絡するにしても、どう言うか。いつ言うか。とにかく当選と言った時点で絶交である。決死の覚悟だ。どうしよう。今日言おうか、明日言おうか。
 迷い、逡巡しているところへ一通のメールが届いた。
 poohpapaさんからである。
 ドキッとした。何というタイミングであろう。やはり内容は「リニア試乗会、私は外れてしまいました」というものだった。
 迷わず返信を送った。
「実は当選してしまったのです。リニアに」
 すぐにお返事が来た。タイトルに、こうある。
「はい、もちろん、絶交です(爆)」
 言うまでもないが、本文には「当選、おめでとうございます」とあって、本当の絶交ではなかった。
 いや、「絶交ではなかった」なんてものではない。poohpapaさんは私たちの当選を心から喜んでくれたのである。
 実は、今回の当選については裏話がある。
 試乗会の応募では乗者人員を最大四人まで指定できる。私たちは出したハガキのうち、半分は私たち二人だけの名前を同乗者として応募した。そして残りの半分には私たちのほかにpoohpapaさんご夫妻の名前を書いておいたのである。
 私たちだけの分が当たったら二人だけで行こう、poohpapaさんご夫妻の分が当たったら四人で行こうと決めてハガキを投函した。もちろんお二人には内緒であるが、当選して声をかければきっと来てくれるだろうと信じて出した。
 しかし結果は、私たち二人だけの当選であった。
 やはり、家族同士でなければ当たらないのだろうか。しかたのないことではあるが、友達や仲間とみんなで乗れた方が楽しいのにと思う。
 そういうこともあって、今度のリニア試乗会はまさに後ろ髪を引かれる思いでの参加となった。
 私たちだけが乗ることになって、本当に申し訳ない気持ちである。

 そうして今日、私たちは小雨降る大月駅に降り立った。
 大月の駅はこれが特急停車駅かと思ってしまうほどの小さな駅である。駅舎もログハウス調の平屋建てでしかない。西側に富士急行の大月駅もあるのだが、こちらもずいぶんこぢんまりしている。駅前はやや道が広くなった程度の広場があって、その先はすぐ登り坂になっている。
 駅前広場で客待ちをしているタクシーに乗って、試乗会の集合場所、山梨実験センターに向かう。富士急と徒歩では時間が読めないので、とにかく往きだけは確実に到着しておきたい。
 タクシーは桂川が流れる谷間の国道を走り、田んぼの中を抜けて、およそ二○分ほどで実験センター着いた。小高い丘の中腹にあり、すぐ下を中央自動車道富士五湖線が走っている。
 試乗会集合場所は、丘の北斜面を切り崩したわずかな平地部分にあり、一番山側にリニアの実験線が東西に走っている。その手前に三階建ての建物、谷を背にしてその左側(東側)に平屋の小さな建物が、ずっと右側(西側)に駐車場がある。
 中央の三階建てが実験センターなのかと思ったが、それは間違いで、こちらは山梨県立リニア見学センターという施設であった。一階は土産物売り場、二階はリニア関連の展示室、三階が実験線を見下ろす展望室になっている。走行試験の中枢である実験センターは丘を少し下って道を隔てたところにあり、一般の人は立ち入れないようである。
 見学センター左側の小さな平屋建てが受付であるが、まだ受付は始まっていない。それでも先客は大勢いて、屋外に据え付けられたイスとテーブルには家族連れやおじいさんおばあさんが何組も座っている。
 送られてきた乗車券には受付時間が10時45分とあったが、二、三日前にJRの方から電話があって、正しい受付時間は10時15分であるとの連絡を受けた。念には念をということで早めの列車で来たが、まだ9時30分。さすがに時間が余った。
 ちょうど雨がやんできたので実験線をくぐった向こう側、丘の上にある展望台に行ってみることにした。眼下に複線のリニア実験線が見渡せる。中央高速を渡る箇所はアーチ状の陸橋になっている。
 実験線の東の先はトンネルである。そのトンネルからライトの光が見えてきた。ついにリニアが来たのだろうか。周囲の見学客たちも「なんだ、なんだ?」と騒いでいる。
 トンネルから何か出てきたが、遠いのでよく見えない。目をこらすがスピードがやけに遅い。なかなかこっちに来ない。
「ホントにリニアなの?」
 みつこさんがいぶかしげに訊いてくる。私にもわからない。
 だんだん近づいてきた。
「あ!」
 そこにいた誰もが驚いたことだろう。
 リニア実験線上を走ってきたのは、何でもないトラックであった。二台を背中合わせに連結した状態のもので、前後二箇所に運転席のある点がふつうと違うが、どこをどうみてもトラックである。
「トラック……走れるんだね」
「ふつうに走ってるね」
 体の力が抜けてしまった。



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